ニゴウシエイション

「なんだここ……」

目を覚ますと知らない場所の知らない椅子に座っていた。どっかの西洋貴族の部屋みたいだ。

「ねね、やっぱり眼鏡ない方がいいんじゃないかな?」

という陽気な声と

「どうでもいいです。早くしてください!!!」

という誰かを叱る声が聞こえる。

「うわっ、ちょっと待っ!!!」

バタンッ!!!

ドアから1人の男性が押し出されて来た。閉め出されてきたドアの方を少し眺めてから、その男性はため息混じりに席についた。

部屋の雰囲気とは打って変わって黒い和装に身を包み、眼鏡をかけた銀髪の男性だ。

「やあ、ようこそ私の部屋へ」

不敵な笑顔を見せながら、仕切り直したように話しかけてきた。

「あっ、紅茶でもどう?良い紅茶が入ったんだ」

彼は僕の返答も聞かずに、テーブルを人差し指の関節で叩いて、召使い的な人を呼び寄せた。耳打ちして、少ししてから、紅茶と和菓子を差し出させたんだとわかった。

目の前にあるのは美味しそうな紅茶と和菓子だが、和洋折衷って言うより、和洋強行っていう感じを受け取った。

「ありがたくいただきます……」

とりあえず、紅茶を一口。フルーティな味わいが口全体に広がって、こんな訳の分からない状況だけど、ちょっぴり和めた。

「で、早速本題だけど、君をここに呼び出したのは、君と一緒に仕事がしたい、ってことを伝えたかったから」

と彼も紅茶を一口飲んでから、そう軽々しく僕に言ってきた。微笑んだその顔の裏には、何の悪意も感じなくて、ただ本当に、僕と仕事がしたいという彼の一心を感じた。

「え、僕なんかとですか?」

とは言っても、僕はバイトすらしたことがない高校生で、高校生といっても、バイト禁止の高校に通っている高校生だ。さらに、成績も悪くて、人に誇れるところなど一つもない、まじでドジで間抜けな役立たずな高校生だ。

だから、一緒に仕事がしたいと言われても、おそらくというか、ほぼ確実に僕は仕事ができないのだ。

「あっ、あぁ、もちろんタダでとは言わないよ。君の願いを一つ叶えてあげるからさ!」

ずっと優しく微笑んでくれるけれど、彼には僕じゃない僕が見えていそうだ。それに、願いを一つ叶えるなんて、今どき胡散臭い交渉方法だとも感じた。

「ちょっ、ちょっと待ってください。考えをまとめる時間をください」

頭ん中に疑問点が処理できないでパンクしたように一気にザーッと流れていく。もはやこれは夢じゃないか?という疑問すら出てきている。

「あぁ、ごめんごめん!君にとっては一大決心だもんね。いくらでも待つよ」

幸せそうに和菓子を食べ始めたその男性。本当に人柄は良さそうな人だ。

「えっと、あの……まず始めに、あなたは誰なんですか?」

と僕がたどたどしく質問すると、彼は少し考えた後に、またあの召使いのような人を呼んで、二人で話し始めた。そして、しばらくして

「……すまないがその質問には答えられない」

という返答が、申し訳なさそうな表情付きであった。

「あぁ、いいですよ。お気になさらず」

咄嗟に出た正解なのか分からない返答をした。その後に、ちょっと上から目線だったかな、と心配になった。

「悪いな」

そう彼が言ってから、沈黙の時間が流れる。カップを置く音が静かに響く。

僕の中で違和感が最も際立っているものがまとまった。

「あの……何故、僕と一緒に働きたいとおっしゃってくださるのでしょうか?あなたは僕のことを何も知らないでしょうし、僕があなたの役に立てるとは思いませんので……」

「何をごちゃごちゃ言ってんだぁ?」

その男性は頬杖をついて僕を嘲笑っている。

「私は君に惚れたんだよ。それ以外に理由が必要かい?」

最後にはそう優しく問いかけるように僕に訊ねた。

「ぼ、僕に惚れる要素なんてどこに……」

天地がひっくり返るような衝撃で、脳内が麻痺したように、すべての意味がわからなくなる。

「あるよ。外見はまあまあだけど、内面は完璧だ。君の考え方が気に入ったんだよ、私は。君はもっと自分に自信を持っていい。君はいい子だ」

見知らぬ人だが、そう言われて、自然と目頭が熱くなって、視界がぼやける。自分でも否定していた自分を誰かが認めてくれた。優しく包み込んでくれた。

「どうだ?私と一緒に来るかい?」

「あぁ、はい、行きますよ。僕もあなたに惚れたみたいですから」

僕は差し出されたその人の大きな手を掴んだ。

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