三話 お披露目会(下)

 お披露目会に出た全員が同じように皇帝陛下にご挨拶をして、指輪を貰って降りてくるのを私は立ったまま延々と待った。暇だ。セルミアーネとお話をしようとしたら「流石に儀式の間はお静かに」と止められた。


 何しろ、成人とはいえ13歳である。階段を上り損ねずっこけたり、挨拶をど忘れして固まって泣きそうになったり、手順をすっぽかしたりと、ああ、あたしだけがダメなんじゃないじゃん、とある意味安心する光景が繰り広げられた。ただ、皇帝陛下も皇妃陛下も余計な事は何一つ仰らない。声を出したのは私に対してだけだった。エスコート役の騎士にも声など掛けない。


 そうして全員の忠誠の誓いと指輪の授与が行われると、皇帝陛下たちが退席され、私達も解散となった。ただ、帰れるわけではなくそのまま帝宮で開催される記念の宴に出なければならない。


 私はタタタタっと走ってお父様お母様の所に行った。


「ちゃんと出来ましたよ。お父様、お母様」


 私が自慢げに言うと、お父様お母様は何故か絶句した。そして、私を追い掛けて来たセルミアーネに目を向ける。


「大丈夫です。侯爵閣下。皇帝陛下は別にご機嫌を損ねた風はございませんでした。それどころかずいぶん楽しそうでいらっしゃいましたよ」


 セルミアーネの言葉を聞いて両親はあからさまにホッとした表情を見せた。そして私の頭を撫でて下さった。


「ま、まぁ。立派だったぞ。ラルフシーヌ」


「そ、そうね。全く教育を受けて無い割には良くやったわ」


 ふふん。私は得意気に胸を反らしたわけだが、両親のこの時の気分はいかばかりか。私は両親とセルミアーネに挟まれるように、帝宮の大広間に入った。


 豪華絢爛な大広間も私には大した感銘は与えなかった。成人のお披露目に使われる大広間は帝宮の広間の中では中規模くらいだが、伝統を額縁に入れてはめ込んだように重工な様式で、要するに勿体ぶって古臭い。私には窮屈な感じでつまらなかった。


 両親とセルミアーネと私で歩いていると、何度も何度も足止めをくらう。位の下の貴族が次々に挨拶をしに来るからである。両親は慣れた感じで挨拶を返しているが、私はセルミアーネに教わってぎこちなく返礼する。私の事なんかほっといて欲しいものだが、私は今日の主役の一人だ。そういう訳にもいかないのだろう。


「こんなお美しいお嬢様がいらっしゃるとは知りませんでしたぞ、侯爵」


「いつもは領地にいる。帝都にはあまり連れて来ないのだ」


「なるほど、秘蔵の末娘ということですか」


 わははは、うふふふ、おほほほ、と世話話も尽きる事が無く、その間私はボンヤリしている他はなかった。まぁ、他の子女を見ると、その間中ニッコリと微笑みながら動かずにいるものらしい。私には無理よね。ぶっちゃけて飽きた。もう耐えられ無い。私はセルミアーネの袖を引いてこそっと言った。


「何とかして。駄目なら一人で脱走するわ」


 セルミアーネは少し微笑みを引き攣らせたが、かなり私の事を理解し始めたらしく、わずかに頷いた。


「侯爵閣下。お嬢様が席を外したいそうです」


 これはつまりトイレに行きたいという意味なので、お父様はああ、と頷いて許可を出した。助かったわ。私はセルミアーネに手を引かれて貴族に囲まれた状態から抜け出せた。


「ありがとう。ミア」


「でも、ああいう場で色んな貴族に顔を繋いでおくのも令嬢には大事なのですよ?ラルも成人したのですから、嫁入りの為にも顔を売らなくては」


 私は笑って言った。


「大丈夫大丈夫。私は領地で嫁に行くつもりだから」


「領地に貴族がいるのですか?」


「いないから、平民に嫁入りするんじゃない?よく分からないけど」


 セルミアーネは目を丸くした。


「侯爵令嬢が平民に嫁入りですか?」


「多分ね。私もその方が気楽で良いわ。あんまり弱い男の嫁にはなりたくないけどね」


 セルミアーネは珍獣でも見るかのように私を見た。なによ。


「そんな事を言う貴族令嬢は初めて見ました」


「私、侯爵令嬢の自覚無いからね。領地では庶民の暮らししてるし。だから貴族じゃ無くても全然平気。なんなら一人でも生きて行けるわ」


 セルミアーネはもう呆れ果てたというような顔をして何も言わなかった。


 私たちは軽食や飲み物が置いてあるテーブルの方に行った。そこここでは令嬢令息が何人か集まって談笑しているが、私は友達どころか知り合いもいない。多分二度と帝都に来る事も無かろうし、新たに友達を作る気もしない。こんなニヤニヤ笑ってる弱そうな奴等なんて私の子分には不足だし。私は軽食をとってもらい、モリモリ食べ飲みながら、セルミアーネとまた狩りの話をしていた。


「しかし、ラルは凄いですね。まさか熊を女性が狩るとは思いませんでした」


「あら、地元には私くらいの女狩人はたまにいるわよ。沢山はいないけどね」


「ラルは狩人になるのですか?」


「別に決めてはいないわよ。農家の嫁になったら世界一の農家になりたいし、商人に嫁入りしたら全力で商人やるわ。私は半端は嫌いなの」


「ラルは凄いですね」


 セルミアーネは感心したように微笑んだ。お世辞ではなさそうだが、私には何が凄いのか良く分からない。物事に全力で取り組むのは当たり前の事ではないか。


「ミアだって騎士になったからには帝国で一番の騎士になりたいでしょう?」


 セルミアーネは何故か絶句した。?なぜそんなに愕然としているのか。


「・・・そんな事は考えた事もありませんでした。そうですね。騎士たる者、帝国一の騎士を目指すべきなのかも知れません」


「そうに決まってるでしょ。あなた、素質はありそうなんだから、今から頑張れば皇帝陛下より強くなれるかもよ」


 何故かセルミアーネは更に驚いた顔をした。


「・・・皇帝陛下より、ですか?」


「そう。私が見た人の中で皇帝陛下が多分一番強いわ。でも、あなたも強くなれそうなんだから頑張りなさいよ」


 この時には、私はセルミアーネより私の方が強いな、と思っていたからちょっと上から目線だ。しかし、セルミアーネはなんだか凄く嬉しそうに微笑んだ。


「そうですね。頑張ります」


 私はセルミアーネがなんで喜んだのかは分からなかったが、彼が嬉しそうにしているのはなんか私も嬉しかったので私も笑った。


 そんな感じで美味しいもの食べて気の合うセルミアーネと話してご機嫌だった私だが、そろそろお父様お母様の所に戻りましょうと言われて、仕方無く歩き出した所でそれが目に入ってしまった。


 大広間の隅で、数人の少年が一人の少女を囲んでいたのだ。少女は泣いているようだ。背格好や着飾った服からして、今日のお披露目に出た者達だろう。成人と認められたとは言え、まだまだ子供だ。姿形もやることも。少女を囲んだ少年は嘲笑うような表情を浮かべ、近くにいる少女達も同様だ。


 私が思わず立ち止まり、眉をしかめると、セルミアーネも気が付いたようだった。


「ミア、あれは何をしているんだと思う?」


 セルミアーネは微笑みを浮かべながらも、不快そうな口調で話すという器用な事をした。


「多分、身分低いご令嬢を高位の者が苛めているのでしょう。エスコートの騎士は何をやっているのか」


 見ると、騎士は心配そうな顔をしながらも手を出せないようだった。この時の私には分からなかったが、騎士よりも遥かに高い身分の令息だったので、止められ無かったのだろう。


 少年達は口々に少女を罵り、少女は顔を覆って泣くばかりだ。それだけでも私の忍耐力は限界だったが、少年が少女を突き飛ばして転ばせた所で堪忍袋の緒が切れた。


 私はセルミアーネの制止よりも早く駆け出した。


「こ~ら~っ!!」


 ハイヒールも既に私のダッシュの妨げにはならない。私は少年までの10m程でトップスピードに達すると、そのまま地面を蹴った。


「女に手を出すとは何事だ!恥を知れ~!!」


 私の跳び蹴りが暴力少年の土手っ腹に炸裂した。私の本気の蹴りは牡鹿を仕留めた事さえある。だから大分手加減はした。が、少年は軽々と宙を舞い、数メートル吹っ飛んだ。


「げふっえ!」


 とかカエルの潰れたような声を上げて少年は地面でバウンドし、動かなくなった。やり過ぎた?大丈夫でしょ。あの程度で人は死なない。


 その他の少年、見物していた少女の目と口がまん丸になる。私は華麗に着地を決めると連中を睥睨した。


「あんた達もよってたかって一人を苛めるとか、卑怯者が!私が相手になってやるから掛かって来なさい!!」


 そして、倒れていた令嬢の手を引いて助け起こす。泣きじゃくっていた彼女だが、何故か呆然としたように泣き止んでいた。


「大丈夫?ケガは、無いわね?」


「は、はい」


「あんたも!何で黙ってるの!誇りを汚されたら何時もは大人しい犬だって牙を剥くものよ!」


「え?その、身分が・・・」


 後で判明したが、彼女は最近授爵されたばかりの男爵の令嬢で、暗黙の了解として男爵の子女はお披露目に出ないものなのに、知らずにうっかり出て来てしまった為に、因縁を付けられたらものらしい。ちなみに私が蹴り飛ばした少年は伯爵令息だった。


「そんなもの!関係無いわ!誇りを忘れたら生きたまま死ぬ事になるわよ!誇りを汚されたら戦いなさい!!」


 私が怒鳴りつけると、男爵令嬢は下唇を噛んで頷いた。よし。私はそして慌てて近付いて来た彼女に付けられた騎士を睨む。


「騎士なのに、守護を任じられた女性の危機に駆け付け無いとは何事か!」


「は、いえ、その、身分が・・・」


「あなたは戦う相手を身分で選ぶの?命懸けの戦いで、相手はあなたの身分なんて気にしちゃくれないわよ!」


 私が言うと騎士はハッとしたように背筋を伸ばした。


「た、確かに・・・。申し訳ございません」


「よし!じゃあ、ちゃんとこの娘を守るように!」


 私は騎士に男爵令嬢を渡すと、改めて周囲を見回した。


「文句のある者は?いないの?その程度の根性しかないから女を苛めるような事しか出来ないのよ!」


 私は言って、ふふんとせせら笑って、立ち去ろうとした。すると、私の背後から大柄な少年二人が密かに近付き、飛び掛かって来た。


「甘いわ!」


 私はむしろ喜んでこの挑戦に乗った。身体を沈めて少年達の手に空を切らせると、そのまま袖と襟を掴んでフワッと身体を回転させる。少年の一人目がたまらず奇声を発しながら宙を舞った。続けてもう一人に足払いを飛ばし体勢が崩れたところを鳩尾に肘を突き刺す。少年は悶絶してひっくり返った。


 この狼藉を見て恐らく少年達の付き人や護衛騎士が慌てて飛んできて、私に飛び掛かってきた。特に騎士は私より大きく、強そうだ。私はもちろん大喜びだ。掴み掛かってくる騎士を投げ飛ばし、蹴っ飛ばし、ぶん殴る。騒ぎを聞きつけて大広間を守っていた騎士達も慌ててやって来て私を取り押さえようとする。おのれ、女一人に多勢とは卑怯なり。私はテーブルに飛び上がり、皿を投げつけ、シャンデリアを掴んで振り子のように飛び、ケーキを騎士の顔に叩き付けた。


 久しぶりに楽しい時間だったのだが、大広間を飛び回っている野人令嬢がなんと我が娘だと気が付いたお父様お母様が駆け付けて来て強制終了となった。残念。お父様お母様も驚いたが、乱暴狼藉を働いた猿みたいな少女の正体がなんと侯爵令嬢だった事を知ったその場の全員が仰天した。らしい。ボロボロの格好になってしまった私はセルミアーネに連れられて先に部屋を出されたので良く分からないのだ。その場の最高位であるお父様が一応謝罪した事でその場は収集されたということである。


 私は久しぶりに大暴れ出来たのでドレスはボロボロになってしまったもののご機嫌で、セルミアーネにエスコートされるというよりは手を引かれて、その手を振り回しながら鼻歌を歌いつつ馬車へ向かった。帝宮にいる人があまりの異様な令嬢の姿にみんな振り向いていたわよね。ただ、何だかセルミアーネが紅潮した興奮した顔で私の事をじっと見つめていたのは何故なのか良く分からなかった。


 侯爵家の馬車が停まる帝宮の車止めに着き、私はセルミアーネにエスコートされて、というか何故か手を放してくれないセルミアーネに手を引かれた状態で馬車に乗り込んだ。?セルミアーネも一緒に行くのかしら?私は座席にポンと腰掛ける。すると、セルミアーネは私の前に跪いた。???何?


 セルミアーネはなんだか赤い顔で私の顔をじっと見つめ、そして握ったままだった私の右手の、手の平にそっとキスをした。私は目をパチクリだ。手の平にキスをされる意味なんて知らないからね。


「ミア?」


「良いですか、ラル。私がその呼び名を許すのはあなたに対してだけです。その事を良く覚えておいてください」


 ・・・何でしょうね。セルミアーネは私に向けて切なげに微笑むと、名残惜しそうに馬車を降りて行った。


 はっきり言って、私がやらかした事は大不祥事だったが、幸いな事に最大の加害者たる私の保護責任者があの場で最上位の侯爵たるお父様であり、身分が低い被害者から責任を強く追及し難かった事。最初の段階で周りに大人がおらず、誰も詳しい事情が分からなかった事。大怪我をした者がいなかった事(もちろん私の手加減の結果だ)。私があまりにも乱暴者過ぎで一般的貴族の常識を外れ過ぎて、誰もが理解不能、関わりたくないという結論に達した事。からうやむやになった。


 それでも私が以降に社交界に出て行くのならその後の社交や侯爵家の立場に影響が及ぶのは避けられないところであったが、私は領地に帰ってしまうし、二度と被害者の前に出る事も無いのだから問題無かろうという事で、私は不問に付され、お父様お母様が私を叱る事は無かった。ただし、大事にしていた思い出のドレスをボロボロにされたお姉さまからはしこたま怒られた。


 そして長居させると何をしでかすか分からないという事で、お披露目式の次の日には私は馬車に乗って領地へと帰る事になった。なんだ、帝都の森に行こうと思っていたのに。流石に昨日の今日では抜け出す暇はもう無かった。


 お父様お母様に抱擁されお別れすると、私は長距離用の馬車に一人乗り込み、ガラガラ揺られて領地への帰途へ付いたのである。遠ざかる帝都の城壁を窓から眺めながら、まぁ、そこそこ楽しかったかな、と私は思っていた。色んな新しい事が知れたし、貴族の真似事も遊びだと思えばまぁ、一回くらいはやっても損は無かったという感じだった。心残りは帝都の森で狩りが出来なかった事だったが、二度と帝都に来ることも無かろうから、もう灰色の大熊と対決する機会は無いだろうな。


 そんな風に帝都の日々を思い出していると、ふと、セルミアーネの事を思い出した。薄茶色の輝く髪を持つ少年。帝都で会った人物の中で一番好印象で、仲良くなれたと思える人物だった。まぁ、もう二度と会わないだろうけど。だけど、最後のあれは、どういう意味だったんだろうね。私は自分の右手の手の平を見ながら首を傾げた。




 お披露目から二年後。15歳になった私は領地で相変わらずの日々を送っていた。


 ただ、流石にもう成人年齢を越えたし、私も子分たちも悪ガキで済まされる年齢ではない。悪さはもうあまり大規模には出来なくなってしまった。そもそも平民は成人年齢を越えたら本格的に仕事を始める事になっていて忙しくなってしまい、子供の頃のように遊びまくる訳にはいかなかったのだ。子分と遊ぶこともめっきり減ってしまった。


 そうなると私は暇になってしまった。


 私は基本、一人で森に入って狩りばかりをしていた。勿論これも仕事の内で、毛皮や肉や牙を売るのも立派な収入になるのだが、そもそも父ちゃんは男爵であるし、お父様からきちんと領地経営についての給料も貰っている。質素に暮らしてはいるが、私が稼いで来ないと困るという経済状況に無い。私の稼いだ分は私のお小遣いになってしまう有様で、何となく半分仕事で半分遊びみたいな気分になってしまうのであった。


 そしてその頃には日帰り出来る森の中は庭のように行き尽くし、めぼしい獲物は狩り尽くしてしまっていた。泊まり掛けの狩りは父ちゃんが許してくれなかったのだ。あんまり滅茶苦茶に獲物を狩ってしまうと動物の関係性に影響が出て森が大変な事になってしまうから、狩人にとって狩りのやり過ぎは禁忌だ。つまり私は狩りも思う存分出来なくなってしまっていたのだった。そもそも赤い毛の大熊もこの頃には単独で楽々狩れるようになってしまい、最早面白くない。ワクワクしない。


 仕方が無いので私は父ちゃんの領地経営についての仕事も少し手伝った。読み書き計算は父ちゃんに前から習っていたし、領地中を遊びまわったから領地内部の知識もある。書類整理を手伝ったり、有力者の所にお使いに行ったり、何かトラブルがあれば駆け付けたり、納税の季節には搬入される作物を記録して事前申告と差が無いか確認したりした。


 しかしながらこれもそもそも父ちゃんが庭師の片手間で出来てしまった事であるので、それほど仕事も多く無い。領地屋敷の庭園の管理、お屋敷の管理なども私はかなり徹底して覚えてしっかりやったのだが、それも大した仕事量ではない。家の炊事洗濯掃除も全部私が率先してやったがそれもあっという間に終わってしまう。


 暇だ。マンネリだ。つまり私の一番嫌いな状態。退屈だ。


 私は変化を欲していた。そもそも領地は田舎であるから変化が少ない。変化を嫌う。十年一日のごとし。何か新しい事を提案しても領民にはまず却下された。あまりにも古い水車のお陰で非効率なので、商人に聞いた最新式の水車の導入を提案しても「新しい事を覚えたくないから変えないで欲しい」と言われる始末なのだ。そんな土地で私の満足出来るような劇的な変化など起こる筈が無い。


 変化、と言えば、私はもう成人を過ぎたので、嫁入りの話は色々来ていた。領地の有力者の中で歳の近い者が候補に上げられているようだった。しかし、領地なんて狭い世間である。私の悪名はかなり広く大きく轟いており、ぶっちゃけ知らぬ者はいなかった。話を持ち掛けられた大農家は「あんな野蛮な娘なんてトンデモねぇ」と断り、狩人組合の会長の息子は私の名前を聞いて震えあがり謹んで辞退したという事だった。


 ただ、私の名誉のために言えば「嫁に欲しい」という話もそれなりに来ていた。主に私より少し年上の人から。どうも私の子供の頃の所業は知らず、父ちゃんの仕事で、比較的きちんとした格好で領主代理として訪れた家の男性が私に惚れる例が多かったらしい。「あなたほどの美しい方を初めて見ました」とか「一目見て心を奪われました」と言われた事もある。どうやら私の容姿はそれなりに整っているらしい。ただ、来ている話がちょっと年上過ぎるとか、離婚や死別をして次の妻を探しているなんていう事情があったりして、お父様の許可が出ないようだった。


 どうもお父様も私の扱いを決めかねているらしく、年に二回領地に来て私に会う時も縁談を推すような事もしなかった。領地に嫁入りさせるためにわざわざ領地で育てさせたにしては歯切れが悪い。こんな話があるがどうだ?くらいに言うだけなのだ。お母様に至っては来るたびに私に服や宝飾品を持ってきて、私を着せ替え人形にして楽しんでは「お嫁に出すのは惜しいわね」とかいう始末だ。なんだかな。実はこの頃にはお姉さまは全員お嫁に出し終えて、侯爵家の財政には少し余裕が出てきたらしい。勿論、私の姪や甥ももう生まれているがまだ二人しかおらず、これなら予算的に私を貴族に嫁に出せるかもしれないと少し悩んでいたそうだ。性格や作法や行動は兎も角、かなり美しく育ったし、平民には勿体無いとも思ったらしい。


 なんだか宙ぶらりんの立場になっていた私は退屈を抱えて日々悶々としていた。本音を言えば早くどこへなりと嫁入りして現状に変化を付けたいと思っていた。

 

 そんな日々が予想外の形で終わりを迎えたのは、私の16歳の誕生日が近づいたある秋の一日だった。


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