胸騒ぎは基本警戒だ

 凛音の大学生活は特に変わったことはない。

 大学に向かい講義を受けたら友人に誘われない限りどこにも寄らずに家に帰ることが大半だ。

 しかし、最近は少し違う。


(……今も翆君と沙希亜は学校でぐんずほぐれつしてるんだろうなぁ)


 いやしてないから、そんなツッコミがどこからか飛んできそうなことを凛音は考えていた。

 何も考えずに講義を受けるのが今までだったが、最近はもうずっと愛する翆のことを考えている。


「……今日も小清水さんは綺麗だな」

「なあ、カラオケとか誘おうぜ」

「お前が行けよ」


 同じ教室に居る男子がどうにかして凛音を誘えないかと画策しているが、彼女はその一切に今まで応えることはなく、それは当然これからも同じことが言えた。

 翆のことを想像するだけで今までよりも更に凛音は色っぽくなった。

 ただでさえ見た目が優れてエッチな体付きをしているというのに、それが翆の影響で更にレベルアップしている。


(視線が鬱陶しいな。でも残念、私の全てはもう翆君のモノだから)


 そう心の中で呟き、早く学校を終えて夜になってほしいと願う。

 今までは沙希亜と一緒に彼の部屋に向かうことが常だったが、最近では翆のことを考えてどっちか一人で行かないかと話し合っている。

 そうなってくると一日でも彼と愛し合えない日々が増えるだけで心がきゅっと寂しくなるのだが……最近はそんなことを気にしなくてもいいかとさえ思い始めていた。


(……絶対翆君私たちの影響で体力とか諸々強くなってるよね。ただでさえ好きになって体が翆君の為に作り変えられているのに、これ以上翆君が強くなったら完全に敗北サキュバスになっちゃう)


 それはサキュバスとしてのアイデンティティの消失だ。

 とはいえ、翆になら好き勝手されたいと思うし負けても良いかなとは姉妹の共通認識でもあった。

 大学に居る間、ずっと翆のことを考えていれば時間は過ぎていく。

 一日の講義が終了し、帰る時間になると凛音はすぐに荷物を纏めた。


「こ、小清水さん!」

「?」


 帰り支度をしていた凛音に一人の男子が話しかけてきた。

 彼はそれなりにイケメンで大学内でもそれなりに人気の男子だった。性格も良く可愛らしい顔をしているということで年上にモテそうな顔立ちだ。

 彼の後ろにも何人か男子と女子が居るので、もしかしたら彼らも含めて一緒にどこか行かないかと提案してきそうな雰囲気だ。


「もし良かったらこれから一緒に――」

「ごめん」


 やっぱり遊びの誘いだったみたいなので言い切る前に凛音は断った。

 そのまま背を向けて去ろうとしたが待ってくれと声を掛けられる。


「小清水さんあまり一緒に遊んだことないからさ。同じ大学に通う同級生だし仲良くしておいても悪くないと思うんだ」


 それは確かにと納得できる言葉だった。

 同級生と仲良くすることに越したことはないし、凛音もちゃんと友人たちは作っておりそちらとの時間も大切にしている。

 しかし、サキュバスだからこそ彼らがもしかしたらを狙っていることも理解できてしまう。


「それでも行かない」

「そこを何とか!」


 童顔のくせに中々粘るじゃないかと凛音は少し苦笑した。

 まあそれでも凛音は彼の言うことを聞くはないので、ここはアレを見せようかと思ってスマホを手に取った。

 

「はい」

「え……っ!?」


 凛音はちゃんと彼だけでなく、その後ろに居る人達にも見えるようにした。

 そのスマホの画面の写真は裸の凛音の胸に翆が顔を埋めている写真であり、それは正に情事の後に撮られたと思わせる艶やかさがあった。


「私、もう大切な人が居るんだ。だからこういう時間は彼に使いたいの」

「……………」


 呆然とする彼らに背中を向け今度こそ凛音は歩き始めた。

 彼らだけでなく、廊下を歩けば多くの目を向けられる。

 大学生ということもあって大人の仲間入りをした子たちは大勢居るので、一握りではあるが凛音のようにスタイル抜群の女子は当然居る。

 しかし、そんな彼女たちよりも凛音が視線を集めるのはそれだけ彼女の魅力が溢れて止まらない証明だ。


「……?」


 そんな時、僅かに凛音の視界の隅で何かが空を飛んだ気がした。

 それは鳥だったのか、果たして別の何かだったのか、気のせいかと思いながらも凛音は帰り道を歩く。


「……急ごうかな。何だか胸騒ぎがする」


 凛音は走った。

 向かう先は特に約束はしていないが翆の家だ。

 逸る気持ちで大きな胸をたぷんたぷんと揺らしながら走る。サキュバスの体のおかげか疲れることはなく、かなりのスピードで翆の家に辿り着いた。


『私も今日はちょっと買い物があるから途中で別れるつもりよ』


 朝に沙希亜はそう言っていたので今翆は一人のはずだ。

 インターホンを鳴らすと足音が中から聞こえ、いつもの様子で翆がドアを開けて現れた。


「あ、凛音さん。いらっしゃい」

「翆君!」

「うおっと!」


 無事な姿を見れれば安堵して抱き着きたくもなる。

 まだ玄関先だが凛音は思いっきり翆に身を寄せ、彼が無事であることを確認してホッと息を吐いた。


「どうしたんですか? 何かありましたか?」

「ううん、ちょっと胸騒ぎがしただけ」

「はぁ……」


 翆は何のことか分かっていないようだが、こうして少しでも胸騒ぎを感じる時は警戒しておくに越したことはない。

 まああり得ないとは思いつつも、もしもの事態が起きた時にあの時ああいしていればなんて思いたくはないからだ。


「取り合えず入ってください」

「うん。エッチしよっか」

「……どういうこと?」


 突然の言葉に翆は呆然としており、そんな表情が可愛くて凛音は翆をお姫様抱っこして持ち上げた。


「凛音さん!?」

「軽いなぁ翆君は」


 翆の体重は五十キロ以上はあり決して軽くはないのだが、そこはサキュバスの肉体だからこそ軽いと思えるのだろう。

 翆の両親は帰っていないので実質この家には翆と凛音の二人きりだ。

 翆をお姫様抱っこしたまま彼の部屋に向かい、床に下ろしてやっと解放した。


「……なんつうか、凄い力ですねやっぱり」

「うん。お相撲さんも持てるよ?」

「マジで? すっげえ見てみたいんですが」


 機会があったらねと凛音は笑った。

 それから流れる動作で翆を思いっきり甘やかせたくなり膝枕の状態へ。


「……翆君の顔が見えない」

「あはは……俺も凛音さんの顔が見えません」


 二人の視線の先には共通の存在があり、それが二人の視線が絡み合うのを邪魔してしまっていた。

 こういう時に邪魔だと思いつつも、翆が喜んでくれる物でもあるので困る。


「翆君、親御さんはいつ帰るの?」

「え? あぁたぶん五時は過ぎるかなぁっと」

「分かった。それじゃあ早速しよっか」

「……本当に突然ですね」


 サキュバスと二人きりならそれも仕方のないことだ。

 それから翆との熱い時間を過ごし、何とか五時までに全てを終わらせた凛音の下腹部にはピンクに光る紋様が浮かび上がっていた。


「ふふ、温かい……」

「契約……ですね」

「うん」


 それはサキュバスとの契約の証、お互いに魂までをも縛り付ける幸福の呪いだ。

 これで少しだけ感じていた不安も打ち消されるが、だからといって凛音は気を抜くつもりはない。


(……まあ翆君なら逆にサキュバスを返り討ちにしそうだけど……ううん、それでも翆君に少しでも嫌な思いをさせるのは誰であっても許せない)


 もしもあの時感じた何かがサキュバスなのだとしたら……万に一つ可能性であっても気にしておくに越したことはない。

 ルージュのようなサキュバスであれば単に様子を見に来ただとか、旅行といった感じで男を襲うようなことはないがそれ以外で害のあるサキュバスも当然居る。


「翆君、出来るだけ私や沙希亜から離れないでね?」

「え? ハイ分かりました」

「うん♪」


 翆が頷いたことで凛音も満足したように頷いた。






 翆と凛音が濃密な時間を過ごしていた時、カーテンで閉め切られ中は見れないが漏れ出す空気をその身に浴びる存在が居た。


「……ふ~ん? 中々……というよりも凄い子が居るのねぇ」


 誰にも気付かれずにその家を見下ろすのは美しい女性だった。

 ペロッと舌なめずりをした彼女はニヤリと笑みを浮かべた――そして。


「何をしているのかしら? 取り合えず捕まえるわね」

「え?」


 速攻で捕まった。

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