美人転校生はサキュバスだった。秘密を知ってからエグいくらい愛される件

みょん

現代に生きる人ならざる者

「くっそしくじったあああああああ!!」


 夕暮れに染まった坂を駆け上がる一人の少年が居た。

 少し癖のある黒髪と優しそうな顔立ちが目立つ彼の名前は咲場さくばすい、高校二年生の男の子だ。彼は今、一度通った帰り道を逆走している。学校帰りの生徒が不思議そうに見つめているが、彼にも理由があった。


「なんで小テストの参考問題忘れんだよクソったれがあああああ!」


 明日に行われる小テスト、その参考問題が書かれた用紙を忘れたのである。定期テストと違って成績にそこまで響くものではないが、その小テストで点が低ければ先生から小言をもらってしまう。それが嫌なのでこうして彼は学校に戻ったのである。


「はぁ……はぁ……あぁしんど」


 季節は六月の終わり、そろそろ夏が近づき暑くなってくる時期だ。そんな中を全力疾走すれば汗を掻くのは当たり前である。カッターシャツの袖を捲り、汗の影響でシャツが肌に張り付く気持ち悪さを耐えながら翆は教室に向かう。


「うん? どうしたんだ咲場」

「あ、先生……」


 既に部活をしている生徒くらいしか残っていないため、帰宅部の翆をこの時間に見るのは珍しかったのだろう。目を丸くして見つめてくる担任に翆は事情を説明した。


「ははっ、なるほどな。確かにあの先生は小言が多いから正解だな。早く回収して帰りなさい」

「は~い」


 ヒラヒラと手を振って担任は歩いて行った。

 その背中を見送り翆も急いで教室に向かう。野球部やサッカー部の活動する声が僅かに聞こえる中、教室に向かうまで翆は誰ともすれ違わない。


「ま、当然誰も居ないよな」


 そう、誰も居ないと彼は思っていた。

 しかし、教室に近づいた時僅かに気配のようなものを感じた。誰か居るのか、そう思ってそっと教室を覗き込むと、そこには制服を着た美しい少女が外の景色を眺めていた。


「……小清水さん?」


 教室に一人残っていたのは小清水こしみず沙希亜さきあ、四月に転校してきた女の子だった。絹のような白銀の髪とあまりにも整いすぎた顔立ち、燃えるような真っ赤な瞳が印象的だが何より、彼女は高校生離れしたスタイルの持ち主だ。


「……相変わらず美人だよなぁ」


 胸元を盛り上げる巨大な膨らみから視線を外し、翆は改めて彼女を眺めてそう呟いた。これだけ美しい少女だからこそ、沙希亜は転校初日から注目の的だった。この学校に来てもうすぐ三ヶ月だが、告白された回数が既に二桁に上るとは友人の話だ。


「……っとと、見惚れてる場合じゃねえ」


 美しい容姿と男の欲望を掻き混ぜたスタイル、一体この学校の何人の男子が彼女をモノにしたいと願うだろう。翆とて年頃なので彼女のような美しい少女とお近づきになりたいと思うのは当然だ。しかし、彼女に比べて翆はあまりにも平凡すぎる。それを理解しているからこそ、最初から翆は彼女に対して淡い期待は持ち合わせていないのだ。


「……………」


 戸に手を掛けたが、何故か中に入ることに抵抗を感じる。いや、抵抗というよりは緊張が大きかった。彼女とは話をしたことがないわけではない、それなのにあまりにも彼女が美しすぎて二の足を踏んでしまう。


「……よしっ!」


 気合を入れて彼は戸を開けて中に入った。しかし、その瞬間彼はあり得ないモノを目にすることになった。


「もう疲れるわぁ毎日毎日……ああもう!」


 突如声を上げた彼女の背に翼、そしてスカートの中から一本の尻尾が出現したのだ。


「……はい?」

「え……んなっ!?」


 突然のことに言葉を失う翆とそんな彼に気付いて盛大に驚く沙希亜、翆はこの一瞬の中で自分でも驚くほどに思考が冴えていた。


(……え、翼と尻尾? アクセサリーか何かな……でも、翼はパタパタしてるし尻尾はうねってるし)


 まるで沙希亜の狼狽えを表現するかのように羽と尻尾が動いているのだ。アクセサリーか何か、或いはコスプレの類かとも思ったがどうもそうは思えない。


「……………」

「……………」


 見つめ合う翆と沙希亜……最初に動いたのは翆だった。


「明日の小テストの参考用紙忘れたんだよなぁ……えっと~」


 どうやら何も見ていない体でいることを翆は決めたらしい。一切沙希亜に視線を向けることなく自分の机に向かうのだが、神の悪戯か翆の席は沙希亜の席の前……つまり、自分の席に近づくということは彼女の傍を通ることになる。


「あ、あったあった~」

「……………」


 分かりやすいほどの棒読みだ。

 見てはいけないモノを見てしまった、そう翆は考えているのだ。もしもこの翼と尻尾が本物だとしたらそれは世紀の大発見とも言えるだろう。しかしながら翆が生きるこの世界に翼や尻尾が生えた人間は存在しない……この世界にはそんなファンタジーは存在しないのだから。


「よし帰るか」


 目的の物は回収した。

 俺は何も見ていないと自分に言い聞かせ、翆はそのまま立ち去ろうとしたがガシッと肩に手を置かれた。


「待ちなさい」

「……………」


 肩に置かれた手、それは間違いなく沙希亜の物だ。どこからそんな力が出ているのかと思うほどに力強くまるでビクともしない。小さな足音を立てるように、彼女は翆の前に立った。


「見たわね? 私の翼と尻尾が出たところを」

「……あの」

「見たのね?」

「はい!」


 ギロリと光った真紅の瞳に翆はビビりながら頷いた。

 その瞬間、間違いなく彼女が人ではない何かだと直感で翆は気付いた。まだまだ信じきれないのは確かだが、現に今も彼女の背には翼と尻尾が見えているのだから。


「……はぁ。まあ気を抜いた私が悪いのだけどね。そういう意味では咲場君は何も悪くないわ。えぇ、悪いのは私よ」

「……………」


 自分で悪いと言う割には翆を見つめる視線は鋭い。もしかして殺されるのか、そう翆は物騒なことを想像したがどうも違うらしい。


「私の目を見なさい」

「……あ」


 目を見ろ、そう言われて彼女の瞳を見た。

 すると脳が痺れるような何とも言えない感覚に翆は包まれる。同時に甘い香りすらもするようで、とても気分が良くなってきた。朦朧とまではいかないが、ボーっとする頭で翆は沙希亜を見つめていた。


「今見たことは忘れなさい、あなたは何も見ていない。良いわね?」

「……分かった……やっぱり」


 夢見心地な気分だからこそ、翆はつい呟いてしまった。


「綺麗だな……小清水さん」


 もちろん、翆は訂正しない。それだけ頭が働いていないからだ。しかし、今の言葉に沙希亜は一歩退いた。


「い、いきなりにゃにを言ってるの!?」


 顔を赤くした沙希亜だったが、すぐに自分を落ち着けるように深呼吸をした。相変わらず顔は少し赤いが、指の爪を噛むようにして言葉を続けた。


「せっかく今まで隠していたのにサキュバスだってバレたら大変だわ。お母様に怒られてしまうし、広がったら逃げないといけなくなるじゃない……まあでも、ちゃんと今見られたことは忘れさせられたしバッチリね!」


 沙希亜はそこまで呟いてパンと手を叩いた。

 翆はまるで眠りから覚めるようにハッと我に返り、目の前に居る沙希亜を見た。


「こんにちは咲場君、どうしたの?」

「……いや……あの」


 クスッと口元に手を当てて笑った沙希亜は翆に背を向けた。そのまま彼女は鞄を手に教室の出口に向かい振り返る。


「寝ぼけるのは良いけれど学校で一夜を明かすようなことはやめなさいよ? それじゃあまた明日」

「あ、あぁ……」


 教室から去った沙希亜を見送り、翆はボソッと呟いた。


「……なんか、全部覚えてるんだけど」


 そう、翆は全て覚えていた。

 彼女から聞いた言葉も全て、しっかりと記憶に刻まれている。


「……サキュバス」


 彼女はサキュバスだと言った。

 数多の漫画やゲーム、アニメにも出てくるサキュバスと言う名の種族だが……まあいやらしい話ほとんどの作品でエッチな魔物として描かれている。


「いやいやそんなまさか……でも」


 流石に信じられないが、だとするならあの尻尾と翼はどう説明すればいい。目が光りまるで暗示を掛けられたようなあの感覚もどう説明すればいいのだ。多くの疑問は尽きないが、それ以上に彼女が苦しそうに口にした逃げないといけなくなるという言葉が翆は気になった。


「……分からん……分からんけど、小清水さんは辛そうだった」


 何かに耐えるような様子の沙希亜が忘れられない……やはり色々と気になることはあるが、翆はこのことを心の底に仕舞っておくことにした。今日見たことは夢だと、そう翆は気にしないことにしたのである。


 だが、この出会いがある意味彼にとって騒がしい日々の幕開けだったのだ。

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