二 二人暮らし

 サツキの世話になることが決定した啓一は、連れ立って連邦警察分署を辞した。

「住むに当たって戸籍や住民票の作成、社会保険関係の手続きなどが必要となるんですけど、転移者の方の場合は警察や行政が代行するのでこのまま帰っても大丈夫ですよ」

 そう言われて送り出されつつ、出る際に渡された「転移証明書」をしまい込む。

 転移者としての身分証明書となるほか、各種補助を受けるために必要となるのだ。カードとデータの両方があり、後者を使うと専用サイトで補助金や生活物資の給付を受けることも可能である。

 こう考えると、システムとして実によく出来たものである。人がしょっちゅう転移して湧いて来る世界であるだけのことはあった。

(しかし、本当に未来都市って感じだな)

 天を突くような、いかにも未来的な意匠のたい高楼こうろう

 その中を人間と獣人がごちゃ混ぜになって歩き、時折空中ディスプレイを出してあれこれと操作しているという、元の世界では空想でしか有り得なかった風景が展開されていた。

 分署に向かう際は外をじっくり見る機会もなかったが、こうして見ると本当に異世界に来てしまったと痛感する。

 しかし「すばるまち」と書かれた交叉点を曲がると、その風景が変わった。

 一気に建物が低層化し、いかにも昔ながらの「住宅街」というような一戸建てが立ち並んでいる。

 これは実に意外だった。となると、あの光景は一部だけのものなのだろうか。造りもばらばらで、中には旧家と言っても通じそうな木造建築もあった。

 そんなことを考えていると、「真島」と表札のかかった家の前でサツキが立ち止まる。

 これもまた、啓一の感覚からしても余りに普通の家であった。

 疑問に思っていると、サツキが空中ディスプレイを出して認証を行い、鍵で解錠する。一応、こういうセキュリティ面だけは未来的なようだ。

「ここよ。気兼ねなく入って」

「じゃあ、失礼します」

 開けられた玄関をくぐり抜けた啓一は、そこで固まる。

「へ、『普通』だ……」

 何とそこには、啓一の知っている一般民家とほぼ変わらない姿の廊下があったのだ。

「………?そうよ?うちってそんなに他と変わらないけど?」

 サツキが心底不思議そうな顔で言うところをみると、本当にこれがこの街の標準的な住宅らしい。

「いや、何ていうんですか……。もう少しSFみたいな家を想像してたので」

 啓一がそう言うと、サツキは一瞬ぽかんとした後、

「ああ、なるほどね。金属の自動ドアがしゅっと開いたりとか、廊下がやたらメカっぽいとか、そういうのだと思ってたのかしら」

 苦笑しながら言った。

「うちの世界じゃそういうのは、よほど特殊な建物じゃないと採用されてないわよ。一般住宅で使うのはほんとの好事家だけね。身も蓋もない言い方だけど、そもそもそうする必要ないもの」

「そうなんですか……」

「科学技術の濫用は、社会にも人にも負担をかけるしね。大昔のSFの象徴みたいな空中ディスプレイが実用化されたのだって、いろいろと必要があってのことだし。必要ないものがあってもそれはそれでだけど、それだって限度があるわ」

「まあ、分からなくもないですが」

 どうも釈然としないが、話の筋そのものは通っている。

 人は技術が進歩するとすぐ使いたがるところがあるが、いざ現場で使ってみたら思った以上に問題だらけでけつまずき、下手をすればこじらせて後始末に苦労するなぞというのはよくあることだ。

 第一にして自分のいた元の世界でも、進歩に乗ってほしいままに滅茶苦茶をやっていたら、後でとんでもないお釣りが来たではないか……。

 そんな会話をしながら、廊下に上がろうとした時だ。

「あっ、靴脱いで上がってね」

「えっ……あ、たたきだわここ」

 見れば、確かに日本式に靴を脱ぐようになっている。

「そもそも日本人移民の作った国だから、みんなこうよ」

 そう言いつつサツキも靴を脱いでそばに置き、先に立って歩き始めた。

「どうぞ」

 途中で左の部屋の引き戸を開けると、そこは何と和室である。

「やっぱり日本の住宅と同じなんだな……」

 ほんぐさとおぼしき畳の上の真ん中に、薄いじゅうたんとちゃぶ台が鎮座していた。

 元の世界で見慣れている、ごく普通の住宅に和室という組み合わせ。

 その「異世界」を吹き飛ばすような懐かしい風景に、啓一はようやく心が落ち着く気がした。

「じゃ、そちらに」

 思わず柔和な表情になっていると、座蒲団を勧められる。

 奥に入り茶を持って来ると、サツキもその前に座った。

「改めて自己紹介を。私は真島サツキよ」

「あ、これはどうも……いな啓一けいいちです、よろしく」

 しっかりとした自己紹介に、啓一も深々と頭を下げる。

「あっ、敬語はいいわ。家族になるんだし」

「いいのか、じゃあそうするよ」

 サツキにそう言われた啓一は、敬語をやめて話し出した。

「しかし、宇宙コロニーか。信じられないな、地上と変わらないじゃないか」

「え?あなたの世界では違うの?」

「と言われてもね……まだ実用化されてないんだよ。ただ、俺が知ってる限りでは地上とまるで様子が違うものになるだろうと。少なくとも想定図によると、こんな青空はないはずさ」

「あっ、もしかして……円筒や球の中に張りついてるようなのかしら。あとは車輪型とか」

「そういうことだね。それ以外じゃ無理なはずだろ」

 サツキが言う形の宇宙コロニーは、我々の世界では昭和四十年代から提唱されているものである。いずれもSFでは常連と言っていいほどよく使われるものだ。

 これらのコロニーでは、遠心力を用いて重力を得る。

 このため大地は内部に張りついている状態となり、反射で光を得るため太陽の姿はなく月は間近、ましてや青空など望めようもないのだが……。

 だがサツキはその話を聞くと軽くうなずき、

「それはね、こっちの世界では構想のまま終わって造られてないのよ。正確にはそれを超える技術が生まれたから、没になったっていう方が正しいかしらね」

 ぱたぱたと手を振りながらばっさりと切り捨てた。

「ぼ、没って……」

 元の世界の叡智の塊を没扱いされ、啓一は呆然として返す。

「言い方悪くて何だけど、新しい方を採用しない理由が一切ないってくらいだったもの」

 サツキによると……。

 この世界ではちょうど宇宙移民が本格的に計画され始めた頃に画期的な技術革新があり、遠心力をたのみにせずとも重力を得る技術が開発されたのだという。

 この技術によりある程度までコロニーの形や内部構造が自由となったため、あらゆる面で不自然を強いられていた従来案はついぞ実現することなく放棄されたのだ。

「それこそ乱暴に言えば、下半分が金属で上半分が透過素材の球に、土入れて大地作って街作れば出来上がり。大地が平面の惑星造るみたいな感じかしらねえ」

「だから地球上と変わらない形で、大地と空があるってわけか……」

「そういうこと。だから天文現象も一緒よ」

 太陽については、最初から適切な恒星を選べばいい。

 月は人工衛星などで擬似的に再現する場合もあるが、ここでは都合よく変わった公転をする小惑星があったため拝借したのだとか……。

「普通に東から陽が昇って西に沈むし、夕焼けもしっかりある。月も同じで満ち欠けが普通にあるわよ。さすがに星だけは、地球上とは見えるのが違うけどね」

「そ、それはまた」

 さすがにこれは予想外であった。

 元の世界では創作ですら荒唐無稽扱いされ、有識者の指摘や突っ込みの嵐を受けるようなことが、もう日常のこととして実現しているのである。

「自然の再現もあるわよ。山も海もあるし、川や湖もあるわ」

「海って……どうやって造るんだい」

「複数のコロニー同士をくっつけて、その境目に造るの。当然、海中や周囲の環境も再現するわ。さすがに余りあるものじゃないけど……」

「えらく根性の入ったことするもんだな」

「やるなら徹底しないとね」

 そう言うと、サツキは一つ苦笑して茶をすすった。

「気象も地球と一緒よ。雨も降る、雪も降る。四季だってきちんとあるし」

「ええ……四季はともかく、雨や雪かよ?コロニーなのにそれをやるのか?」

 啓一はいささかあきれたような顔をする。

 せっかく地球を離れて好き勝手の出来る天地を創造したのだから、生活に都合の悪いものは排除してしまってもばちは当たらないはずだ。

「やるのかって言われても……自然にそうなるのよ。だってほぼ地球に等しい条件で地球上にあるものを再現してるんだから、当然地球と同じ気象現象が起こるに決まってるじゃない」

「いやまあ、言われりゃ道理だが」

「それに自然には循環ってものがあるんだから、再現した時点でそういうのは覚悟しないと。無理矢理止めると、何あるか分からないわよ。さすがに災害につながりそうなものは止めるけど、あれもちょっと間違うと後に響くから大変なの」

「ううむ……」

 自然循環の話まで持ち出され、啓一はうなるしかない。

「要は造った部分もそうでない部分も含め、地球の生き写しになってるのね。一見不合理そうだけど、それが地球で進化して来た私たちにとっては自然なんだし」

 サツキの言うことは、実に理にかなっていた。

 そもそも人は、地球の自然の一部として生まれ育ち進化して来た存在である。

 地球と全く別の環境で暮らすことも充分可能だろうが、そうしようとすると適応に手間が非常にかかるのも事実だ。どうしても不自然を強いることになるので、後にどんな影響が残るか分からぬ。

 そんなリスクを冒すくらいなら、いっそコロニーの環境を地球と全く同じにして自然に暮らせるようにしてしまえ、技術があるならそれくらいは考えてもおかしくないはずだ。

「だからこの辺については、特に何もせず暮らしていてもすぐに躰が慣れるわよ」

「それはよかった、そこから慣れろと言われたら大変過ぎる」

「でしょう。……あ、お茶どうぞ」

「あ、こりゃどうも」

 サツキが茶を注ぎ終わるのを待って、啓一は話を再開する。

「でも、違うところは相当違うんじゃないのか。何せ警察が検査の上でそう言うんじゃなあ」

「一番はやっぱり、人間だけの単一種族じゃなくて多種族ってことかしら。ここ来る途中にも実際に見てると思うけど、犬も歩けば何とやらの勢いで人間以外の人に会うわ」

「今眼の前にいるしな」

「そうだったわね」

 啓一の言葉に、サツキは耳を倒してぽりぽりとかいてみせた。

「まあ多種族と言っても三つだけだから、この場ででもすぐに覚えられるわよ。まず一つ目の種族、これは『人間』ってことでまあ分かるわね」

 そう言うと、サツキは起こしかけた耳をちょんとつまむ。

「二つ目の種族が私たち『獣人』。猫、犬、狐、狼、うさぎ、牛、虎……それくらいが有名どころかしらねえ。姿を見ればもう明らかだから、公式の場合を除いては動物の名前に『族』つけて呼ぶのが習慣になってるわ。私たちも『狐族』で通ってるし」

「人種や民族の感覚でいいのかね」

「そうそう。ただ同じ動物でも、獣耳と尻尾持ちの人と全身動物の人との二種類がいることがあってね。あと猫族や犬族とかだと、本物と同じように猫種や犬種が存在してたりとかするわよ。ヴァリエーションに関してはかなりのものね」

「そこまでいろいろだと大変そうだな」

「そうでもないわよ。まあそれ関係でトラブル起こす人もいないじゃないけど、日常ではまず出食わさないから安心していいわ。むしろこのね、どんどんどんな人がいるか観察して結構よ」

「おいおい、動物園じゃないんだから……」

 サツキがふざけて手のひらを上にし両手でそれそれとばかりの手つきをするのに、啓一はそれでいいのかと苦笑してみせる。

「で、三つ目が『アンドロイド』。この世界では人権ありで一種族の扱い受けてるの。二十一世紀末に生まれた一番新しい種族よ」

「アンドロイド?未来のお約束でやっぱりいるのか、さっき見た時は気づかなかったけどな」

「慣れてないと分からないと思うわ。何せ人間にそっくりで、見分けるにはそれなりの知識やこつが必要になるから。それと分かるような格好してる人もいるけどね」

「まあ、本来そっくりを目指して造られてるんだから当たり前じゃあるが……。やっぱり生物じゃないのに種族扱いってのもちょっと妙な感じだな」

「そう思うのも分からないではないけど、人の姿で自我を持って生まれ落ちたからには、自立した一種族として扱うのが筋ってものよ」

(……ん?)

 ここで啓一は、妙な含みを感じた。

「自我を持ってるの前提なのかい?昔ながらのどっちかというと『ロボット』に近いような、命令に忠実に従うタイプはいないのか?」

 このことである。

 アンドロイドは「人造人間」の和訳の通り人が造るものだ。元の世界の感覚からしても、自我がないものもあって当然のはずである。

 この問いに、サツキは髪をさっとかき上げた。

「いるけど、それは『アンドロイド』じゃなくて『機械人形』よ」

「でも、姿は一緒だろうに」

「違うわよ、露骨に機械だと分かるような姿してるもの。……というよりね、そういう姿にして差別化しないといけないって法律で決まってるのよ」

「法律だって……!?そんなもんあるのか!?」

「ええ。出自が出自だから、他の種族とのすり合わせが必要でね」

 そもそもアンドロイドという存在は、「他人に造られて生まれる」という時点で特異である。

 それに人権を与えて生物と同等の種族にするには、かなり苦労がいるだろうということは想像出来たが、まさか姿形からして定義するような法律があるとは思わなかった。

「人工皮膚などを一定以上使って人間に似せて造られ、人間と同等の自立した自我や感情を持つ者だけが『アンドロイド』の扱いになるの。逆に言うと、製作者にもそれだけのものを造るという覚悟が求められるってことになるわ」

「つまり『人』に近い存在を造るからには、中途半端は厳に許されないということか」

「そういうこと。『アンドロイドは傀儡くぐつに非ずして一個人なり、製作者みな創造主の重責を深く自覚すべし』っていうのが、技術者の間での合言葉よ」

「随分とまあ厳しくやるもんだな……」

「いやいや、これくらいで厳しいなんて言ってたらしょうもないわよ。生まれた後も保護するために、造った人物のみならず周りも多くの法律を守る必要があるの。この辺、とっても厳しくてね。何せやろうと思えば、すぐに尊厳も何も破壊されて『種族』として成り立たない状態になるから……」

 よく考えればアンドロイドは機械部品と人工知能の組み合わさった存在であるから、専門技術さえあればその躰や頭脳に容易に手をつけることが出来る。

 こうなると扱う者が悪心を起こせば、本人の意思なぞまるで無視していくらでも躰も頭脳も好き勝手にすることが可能になってしまうのだ。

 つまりは生殺与奪権を握られ尊厳を脅かされるということが、いとも簡単に起こる立場にあるわけである。そのまま投げ出しておいては到底ならぬと考えるのも当然のことだ。

「なるほどな……理屈じゃある。しかし、法律で保護しきれるもんなのかい?この世界じゃアンドロイドをいじくれる技術者なんて山ほどいるんだろうに」

「大丈夫よ。破ったら最低でも無期懲役や無期禁錮、場合によっちゃ即刻十三階段だもの。よほどの命知らずか馬鹿でない限り、それだけで怖がって誰もやろうと思わないわ」

「げえっ……」

 この言葉に啓一が青くなったのは言うまでもない。

 即刻十三階段、つまり法定刑が死刑のみということだ。

 元の世界の日本の刑法や特別刑法でこんな峻烈な罰則がある罪はただ一つだけ、しかも一度も適用されたことがない代物である。それがごろごろあるとなれば、嫌でも震え上がろうものだ。

 だが逆に言えば、そこまでしてでもこの国がアンドロイドの尊厳を守ろうとしているということであり、まこと苦労のしのばれるところでもある。

「……そこまでするからには、やっぱり生活や仕事も他の種族と同じように?」

「そうね。昔ながらにメイドさんとかやったりする人もいるけど、普通に会社勤めもしてるし、公務員やったりもしてる。というよりね……今日会ったシェリル、あの子もアンドロイドよ」

「へっ?」

 突然明かされた真実に、啓一は間抜けな声を上げた。

「だっておかしいと思わない?あんな見た目中学生くらいの子が刑事やってるのよ?しかも警視なんて高い階級……。もし人間なら、到底有り得ない話じゃない」

「ま、まあそりゃそうなんだが……異世界だから自分の常識で計っちゃいけない、何かこの世界独自の事情があるんだろうと思ってさ。それ抜きにしても、躰に何かあることもあるだろうし」

「ああ、そう思ったのね。事前知識がなければ無理もないかしら」

「要は考えすぎだったってわけか……。でも人間にしか見えなかったから、ついな」

「まあアンドロイドだと分からなくても仕方ないわ、あの子は組立線が見えそうで見えないから。ただでさえ余り目立たない仕様なのに、さらに分かりやすい腕と膝を隠してる状態だもの」

 サツキが言う「組立線」は、創作のアンドロイドキャラで躰の継目を示すために時折入れられる「メカ線」と呼ばれるものである。

 サツキの言葉からするに、あのアーム・カヴァーやサイハイソックスは本人の趣味というだけでなく、この組立線を隠す意味もあったようだ。

「アンドロイドは製造時の設定年齢に基づく躰と心を持って生まれて来るんだけど、あの子はそれが十四歳だったのよ。躰を造り変えてないから、何年経っても外見がずっとそのままってわけ」

「だからあんな小さかったのか……」

「そうそう、でも心は成長するから中身は違うわけでね。設定年齢に製造後の年数足して見なし年齢にするんだけど、あの子は製造後十六年だから三十歳。実は私より年上になるのよ」

「何てこった、見なしとはいえあの子が俺のちょい下って……」

 正直信じられない話である。しかし社会的地位の高さもさることながら、刑事としての働きぶりや性格を見ていると、中身が三十歳であっても驚きではないかも知れぬ。

「……ん?ちょっと待てよ、警視だってのにわざわざ出て来て俺の事件を処理したのかい。普通は現場へ出ず、課や捜査本部で指揮を執る管理職だろうに」

「あの子は例外よ。どんどん自分から現場へ出て行って捜査しちゃうのよ。それでしっかり戦果上げて来るから、お偉いさんも黙ってるみたい」

「はあ……」

「造ったのはお父さんの親友の大庭博士って人なんだけど、自由で柔軟な発想と自らの手による実践が何より大事って考え方の人だから……。性格的にも束縛が嫌いでマイペースだし、多分あの子もそれに似たんじゃないかしらねえ」

 啓一はもはやあきれ返っていた。そもそも肚から生まれるわけでもないアンドロイドが「製作者に似る」という発言が平然と出る時点で、既に彼の常識を超えてしまっている。

「……あ、製作者がお父上の親友ってことは、君らも親友同士?」

「そういうこと。だから敬語なんかじゃないのよ。啓一さんも今度からそれでいいわ」

「会うことがあればそうするよ」

 もっともいくら知り合いとはいえ、第一線で活躍する刑事だ。ミステリーの探偵でもないのだからそうやすやすと顔を合わすことなぞあるまい。

 しばらく啓一はぬるくなりかけた茶を飲んでいたが、ややあって、

「そういや、仕事は何してるんだい?」

 そう訊ねてみた。一緒に住む以上一応訊いておかないと、生活に差し支える。

「『国立重力学研究所』っていう研究所があるんだけど、そこの研究員をしてるの」

「『重力学』か……聞いたことない学問だが、ともかく国立研究所なんて大した勤め先だ。しかも研究員となると、こりゃすごいじゃないか」

「そ、そうでもないわよ、そうでも。もし興味があるなら、見学出来るから言ってもらえれば」

(………?)

 サツキが妙におたつくのに、啓一は一つ首をひねった。

 仕事自体に関しては何か特別に思うところもなさそうなのに、なぜ素直にほめた途端にあわて出すのかさっぱり分からない。

 いぶかしがられているのに気づいたのか、サツキは、

「と、ともかく……他にもいろいろ訊きたいことあるんでしょ?」

 無理矢理話題をそちらに変えた。

「ああ。社会制度とか、生活習慣とか、あと科学技術に関しても」

「その辺は追い追い覚えて行けばいいわ。まあそれでも足りないところは、百聞は一見にしかずってことで市内の案内がてら話すから……」

「いいのかい?首都だから広そうだけど」

「だからまずはこの区内からね。うちは区境に近いから、出来れば隣に足を伸ばしてもいいけど」

 サツキはそこで少々考え込むように頬杖をつくと、

「とりあえずこうして話しててもきりがないわね。疲れてるでしょうから部屋に案内するわ。後でしっかり考えておくから」

 立ち上がりながらそう言った。



 サツキは廊下横の階段を上がって二階へ行くと、奥の方の部屋を指差した。

「ええと、右奥ね。すぐ使えるようになってるから、気兼ねなくどうぞ」

「ありがとう、使わせてもらうよ。よく部屋があったもんだね」

「そりゃ小さくても一戸建てに一人だもの、部屋全部は使い切れないわ」

「……今さら言うのも何だけど、一人暮らしで一軒家って何気なくすごいよなあ。てっきりマンションか何かだと思ったんだけど」

「ここね、元はうちが借家にしてた家なのよ。長いこと借り手がつかないでいたから、独立する時に両親がきちんと維持するのを条件に住まないかって」

「なるほど、有効利用ってわけか」

 どうやら真島家、相当裕福な家庭のようである。家二軒持ちというのはなかなかないものだ。

「実家はお母上だけなんだっけか。お父上とお兄さんは地球へとか言ってたけど……」

「そうなのよね。まさか二人とも一緒に行くことになるなんて思いもしなかったから、お母さんも私もびっくりで。親子でそれぞれ一人暮らしなのもどうかって思ったんだけど……独立した手前、戻るってのもそれはそれでちょっとなって」

「そういうものかねえ」

「こっちとしては、家一つ貸してもらってるし余計にね……」

 と、その時、携帯電話とおぼしき呼出音が鳴る。

「ちょっとごめんね」

 サツキが顔の横で何かを持つような手つきをすると、空間にホログラムのスマートフォンが出現した。獣人用なのか、上に耳に入るとおぼしきスピーカーが浮いている。

「もしもし、シェリル?何か啓一さんのことで……違う?」

 本体を動かしてうまくスピーカーを耳にはめると、廊下の端の方に引っ込み会話を始めた。

「そっち?……ええッ、違ったの!?」

 聞くまいとするが、どうしても聞こえて来る。打って変わって声に深刻なものがあった。

「……うん、うん、なら今度はそれでお願いするわ。じゃあ、よろしくね」

 そう言って電話を切ると、サツキは決まり悪そうな顔でこちらへ戻って来る。

「ごめんなさいね、急に電話来ちゃって」

「いや、別にいいさ」

 啓一は手を振って答えた。

 何やら面倒ごとでもあるようだが、そんな私的な話にずけずけ首を突っ込むほど無神経ではない。

 それを察してか、サツキもそのまま部屋へ啓一を案内した。

「ここ。とりあえず家具はそれなりそろってるし、押し入れの中に蒲団もあるから。みんな古くなっちゃってて申しわけないんだけど……」

「いや、充分充分」

「そう?……あ、そうだ。パソコンも使えるわよ」

「パソコン?あの空中ディスプレイか……でも常にあんなタブレットみたいに画面タッチしての操作じゃ使いづらくないか」

 分署で使ったきりであるが、空中にディスプレイが出るはいいものの全部手で直接触れての操作である。屋外や少々使いたい時くらいはいいだろうが、本格的な作業には向かないはずだ。

「いやいや、あれきちんとキーボードも出せるのよ。その要領でデスクトップパソコンも構築出来るわ。テーブルに座って、すっと片手を出してみて。画面が出るから、それを垂直に立てて……」

 言われる通り空中ディスプレイを出し、手を垂直に立てると、追従して画面が持ち上がる。

「そこでもう片方の手をぽんと横に置くとキーボードが出て、デスクトップパソコンの出来上がり」

「おお!」

 確かにそうしてみると、半透明のパソコンが見事に出現した。

「透明度はキーボードで調整出来るから。デスクトップモードの場合、透けてると見えづらいし」

「こいつはいいな。ちゃっかりマウスもついてるじゃないか」

 マウスを手に取りくるくると動かしてみると、これがなかなか具合がいい。パソコンなぞ専門外の啓一にも、相当な性能のものだと知れた。

「あれ?これ、俺専用ってことでいいんだよね?」

「そうそう。本当は申請して使用権をもらう必要あるんだけど、それは後からでも大丈夫だから。というより、あなたの場合はその手続きも警察や行政が代理でやってくれてるはずよ。この世界じゃ、これがないと本気で困っちゃうもの」

「まあ、そうなるよな」

 そもそも啓一が元いた世界も、「情報社会」ということで一家に一台以上ないと済まなかったのである。いわんやそこより情報化が進んでいるだろうこの世界をやだ。

「あと電話の使用権も。さっき私がやったみたいにすれば」

「こうな。……お、出た」

 先ほどのサツキの手つきを真似すると、果たしてスマートフォンのような電話が出る。

「形は任意に変えられるわ。もっとも人間の人だとその形を使う機会が大半だと思うけど。使い方は触ってれば大体分かるけど、後で軽く説明するわね」

「地道にやってみるさ」

 どうやらこの世界では、こういった情報関係や通信関係のものは全て実体がなく、空間からこうやって適宜呼び出すもののようだ。

 実体がないということは、電源や電池残量を気にする必要も、破損や紛失や盗難を心配する必要もないことを意味する。

 そこへ来てさらにいつでもどこでもいとも簡単に呼び出し使うことが出来るようになっているとなったら、もうこんな便利な話はないはずだ。どれだけこの世界の技術は進んでいるのだろうか。

 ちなみに決まった形がないため、この世界では二つ折りのフィーチャーフォンであろうとスマートフォンであろうと、呼び分ける必要がない限り「携帯電話」呼びが普通だ。こちらでもこの習慣に従い、以降特別の場合を除き「携帯電話」と記述する。

 ちょいちょい、と手の中の携帯電話をいじっていると、サツキはふっと時計を見て、

「あ、いけない!ごめんなさいね、お夕飯作らないと。呼ぶから、それまでゆっくりしてて」

 おたおたと耳の裏をかいた。

「ほんとだ、陽が落ちかけてら。諒解した」

 啓一は盆の窪に手をやりつつ、こくりとうなずく。

「一時間くらいで出来ると思うわ、じゃまた」

 扉を閉じてサツキが出て行くのを見届けると、啓一はぱたりと寝て天井をあおいだ。

 中途半端な空き時間であるし、少々ぼんやりと過ごしたかっただけなのだが……。

 これが、いけなかった。

 しばらくして、ずんと暗い感情が心にのしかかって来たのである。

(……何でこうなったかね。何でこんなんならなきゃいけなかったかね)

 このことであった。

 シェリルに一生懸命になだめられ、サツキの明るい話しぶりに引き込まれたことで忘れたかに見えたが、やはり精神的な衝撃はぬぐい去れるものではない。

 いやむしろ、さっきまで意識の横に追いやられていた方が奇跡と言っていいくらいだ。「住め」と言われて必死に知識を吸収しようという気持ちが、うまいこと蓋をしてくれていたのだろう。

(異世界転移なんてな……あれは創作だからいいんだよ。実際に起こったら、はいそうですか、なんて誰が言えるか。残して来たものに思いをはせないわけがない)

 人は誰しも、なにがしか人にせよ物にせよ大切なものを持っているものである。

 元の世界に戻れないということは、それを永久に失うということに他ならないのだ。

(残された側だってかわいそうだ。自分の息子や知人が、生死不明の行方不明のままっていう宙ぶらりんの存在として、自分たちをずっと苦しめて来るわけだよな……)

 啓一は、自嘲の笑いが自然とこみ上げるのを感じた。

 人が縁者知人を失う中で、残酷なものの一つが「理由なき失踪」である。なまじ生きている可能性があるだけに、残された側にいつまでも思いを残させ苦しめるのだ。

 自分の親も縁者も知人も、この件に気づいたら恐らくそうなってしまうに違いあるまい。

 そのくせ本人はのうのうと生き永らえこうして寝っ転がっているのだから、実にいい気なものだ。

(無理だよ、割り切りなんざ。いっそこの世界が創作で、作者が神として降りて来たなら……袋だたきにした後、首に縄つけて元の世界に戻させるものを)

 思考がぐるぐる回り、繰り言めいて来る。

 誰に文句を言っていいか分からぬ状況下で、啓一の頭はだんだん正常な思考力を失い始めていた。

 それに気づき、はあ、とため息をついて眼を閉じる。

(ああ、やめだやめ。こんな空想の話、うだうだしてたってしゃあないや……)

 そうしてすっと眠気に見舞われた時だった。

 ノックがして戸が開いたかと思うと、

「啓一さん、お夕飯出来たわよ」

 サツキが呼びにやって来た。

「へ!?……あ、一時間過ぎてら」

 そう言って即座に眠気を振り払うと、啓一は下の居間へと降りて行く。

「こりゃまあ、うまそうな……」

 眼の前のちゃぶ台には、いかにも「和食」のお手本のような料理があった。

「ごめんなさいね、あり合わせのもので」

「いやいや、しっかりしてるよ」

 これはお世辞ではない。正直なところ、量を除けばそこいらの旅館の食事でも通るものだった。

 日本的すぎていささか「異世界」の風味に欠けるが、その方が今は都合がいい。

「では、いただきます。……おっ、こりゃおいしいなあ。結構料理得意なくち?」

「そんな、私なんて普通よ」

 サツキは謙遜して笑うが、尻尾がぱたぱた揺れていた。

 そもそも、料理がうまいと言われてうれしくない女性はいないだろう。

「ああ、それはともかくとして。実はね、明日どうしても出勤しないといけないのよ」

「えッ」

「本当はしょっぱなから保護した人を一人にするのはまずいし、本当は休みたいところなんだけど……ちょっとどうしても外せない仕事があって。ごめんなさいね」

「家で適当に過ごしとくからいいさ、気にしないでくれ」

 啓一はそうは答えたが、まだ会って間もない男を女性が自宅に一人置いて行くというのは正直どうなのか、と思わなくもなかった。だがサツキも勤め人である以上、簡単に休みますとも言えまい。

 ここで啓一は、ようやくサツキのことをしっかりと見た。

 病院で見た時にも思ったのだが、頭の上で直立した大きな耳が目立つ。

 絵で見られる狐耳の中でも、一番「狐」を主張している形だ。稲荷神社の神使の狐の絵や像にも見られる伝統的なスタイルである。

 それは新鮮で済むのだが、少々童顔のきらいがあって歳が分からないというのに戸惑った。未成年に見えなくもないが、言動をはじめほぼ全てが明らかに成人のそれである。

(二十代なのは間違いないだろうが……どうにもこいつは見当がつかないな)

 と、そこで啓一は、にわかに分署で手を握られた時のサツキの顔を思い出した。

 あの時、ちょいと片眼を閉じて人差指をあごに当て、いかにも「かわいらしいお姉さん」という顔をしていたような……。

「どうしたの?何かつっかえた?」

「あ、いや、何でもない、何でもない」

「ならいいけど」

 妙なところでサツキに問われ、必死になって否定する。一体どんな顔をしていたというのだ。

(ま、まあ、美人だからいいとしよう)

 そんなことをしている間にも、箸は進む。気づくと、結構な量を一人で食べていた。

「あッ……いや悪い。食い過ぎた」

「いいのよ、いいのよ」

「いいのかい。いやあ、昔より食えなくなったはずなんだがなあ」

 照れ隠しにそんなことを言ってみせる。元より今の自分にとって元の世界の空気を多少なりとも再現する存在であるこの夕食を、残す気なぞさらさらなかった。 

「ごちそうさま」

「お粗末さまでした。……ええと、それでお風呂なんだけど、今気づいたことがあって」

「ん?いかれでもしてるのかい」

「そうじゃないのよ。衣類の給付手続きをしてもらうの忘れてたの……」

「あッ、そうだった」

 ひどく申しわけなさそうに言うサツキに、啓一は思わず声を上げる。

 そうである。完全に着の身着のままで来たため、着替えなぞあるわけがないのだ。

 サツキは大あわてで空中ディスプレイを出し、どこをどうやったのか転移者向けの案内文が載っているページを出してみせる。

「ここにしっかり書いてあるわ。これ啓一さんしか申請出来ないから、自分で選んでもらわないといけないのよ。シェリルに言われてたのに、すっかり頭から抜け落ちてたわ……」

 ディスプレイから手を浮かせたサツキは、やってしまった、とばかりに頭を抱えた。

「……じゃあ、下着や寝間着はどうしたらいいんだ?」

「それは今からでも大丈夫みたいね。『よくある質問』見ると、警察と役所から業者や郵便局に通達が事前に行ってるから、簡単なものはすぐに届けられるようになってますって」

 のぞき込むと、確かに対象として「下着」「パジャマ」が入っている。

「それじゃ頼んじゃうか。サイズは分かってるし……他は後回しにして、とりあえずそれらだけ」

 まさかサツキの画面を使うわけに行かないので、啓一は大急ぎで自分の画面を出し選び出した。

 とりあえず当座必要となりそうな分だけを選び、配達時間を確認する。

「一時間かからないな、これ。何とかなりそうだ」

「そう、ほっとしたわ」

「いやあ、互いに気づいて本当によかったよ。上はまだ許せるにしても下着はな……」

 いくら異世界でも着たきり雀でよいわけがないはずだ。着替えをしない男なぞ、美少女はおろか年輩のおやでも避けて通るだろう。

(……こういうところをうやむやにしておけない辺り、やはり現実なんだな)

 啓一は思わず、表情を暗くした。

 さて……。

 それから二時間ほど後、頼んだ衣類が届いたのを見計らって風呂に入った啓一は、頭をふきながら部屋でくつろいでいた。

 順番はサツキが先である。衣類待ちであったのもあるが、啓一が遠慮したのだ。

(いい湯はいい湯だったが……気を使うなあ)

 実は啓一、ほとんど鴉の行水に近い状態で風呂を出ている。

 これが普通の家ならゆっくり出来たのだろうが、何せ女性の一人暮らしにむさい男が割り込んで共同で使うのだから気が気ではないのだ。

(彼女全然気にしてないみたいだが、あれで大丈夫なのかね)

 分署での言葉通り受け取ればこちらを信用しているということなのだろうが、まさか何年も一緒に暮らしている兄弟でもあるかのように気安い扱いを受けるとは、一体誰が思おうか。

 男に対し警戒心がないのか、それとも無頓着なのか。どうにも分からぬが、あそこまで気にする気配もないと逆に心配になってしまうほどだ。

 そんなことを考えつつ、啓一は再びテーブルの上にパソコンを呼び出してネットにつなぐ。

 この世界について多少調べてみることにしたのだ。

「ちょっと説明してもらっただけであの長さだ、せめて国やこの街の基礎情報くらいは先に仕入れないとサツキさんが大変過ぎる」

 このことである。

 啓一は基本的に行動を起こす際、環境が許せば必ず関連情報を仕入れておくことを心がけている。

 特に今回の場合、全く知らない世界だけに質疑応答が烈しくなるのが目に見えているのだから、基礎的な部分は押さえておきたいと思ったのだ。

「首都はこの街として……政体は連邦共和制、元首は大統領。国号からしてそうだとは思ったが」

 だが大統領制ではあるが、ここの大統領はあくまで「国の象徴」としての権限しか持たず、実際の政治は首相が行っているという。

「まあ妥当な線じゃないかね。元々立憲君主制の国の国民が大統領制に慣れそうにも思えないしな」

 また連邦制も国土が「コロニーの集合体」という形を取っているために半ば形式的に採用されているようなもので、実質は中央集権制のようだ。

「一つのコロニーが一つの『市』の扱い。『市』が唯一の自治体で都道府県の類はないのか」

 多段階で設けられていないというのは実に意外な話だが、コロニーの新規建造ですぐに国土が広がるという性質上、上位の自治体を作ってもそのたびに改変が続き面倒になるからという理屈らしい。

 複数コロニーで『地方』として緩やかな連帯を行い、最も栄えたコロニーを中心扱いするようなことはあるようだが、それで自治体を作るということもないようだ。

 このような構造のため各コロニーの行政は、日本なら都道府県が行うものも市が全て行う形となっており、その権限は地球の「市」よりはるかに大きい。

 もっとも一部に関しては市のみにまかせず、連邦政府が一緒に担当するものもあるようだ。

 警察が代表的なもので、市の「市警察」と国家警察の「連邦警察」の二つが存在している。

「連邦警察って、市を越えた広域犯罪や組織犯罪の捜査を行うための警察か。特殊犯罪や異常犯罪も管轄となると……要は米国のFBI(連邦捜査局)みたいなもんか」

 市警察と同じく地域の市民相手に動くこともあるため完全に同じとは行かないが、それ以外はまさにその通りで、シェリルはあんな小さななりをしてとんだお偉いさんだったわけだ。

「ああ、防衛はやっぱり『自衛隊』なのか。日本だなあ……」

 日本人としては、どうしても日本にあるのは「自衛隊」という意識が強い。ここも日本人移民の国ということでそれを踏襲したもののようだ。

 当然方針は「専守防衛」であり、実戦経験が全くないというところも一緒である。

 もっともこれは、コロニー国家同士での戦争が条約で禁じられているということが大きかった。

「戦争行為は最終的に移住者の全滅を招くため」

 というのが禁止理由であるが、本来人の住めない場所に無理矢理暮らしているのだから、よく考えれば当然といえば当然の話である。

 それでなくとも戦争なぞ積極的にするものではないのだから、これはいいことだ。

 この他の基本的な政治体制や社会体制は、日本のそれをほぼ受け継いでいるとも書かれている。もっともこの世界の日本を知らない身、こわごわと自分の世界の日本とどれだけ違うのか比べてみたが、見る限り違う点はぽつぽつとしか見当たらなかった。

 さらにいろいろと新星市に関して地図などを見て情報を仕入れたが、

「どのみち案内してもらうんだし、百聞は一見にしかずってなもんであとはそっちに投げるか。必要があったらまた追加で調べればいい」

 この辺りで切り上げてしまった。こういうことを調べ始めてはまってしまい、夜が明けていたなどというのは一度や二度ではない。

「あと、どうするかねえ……ニュースでも見てみようか」

 適当にのぞいてみると、元の世界でも見るような話題や記事が多く並んでいた。

 多少種族に関する話などこの世界らしいものもあるが、いつの時代でもどこであっても人のやることはさして違わないらしい。

「『特集・女性連続失踪事件』か……ぞっとしねえもん起きてるな」

 単独特集記事になっているところを見ると、かなり深刻な事件のようだ。

 全国で若い女性が月当たり二人から三人程度失踪しているという不気味極まりない事件で、特異かつ重大な事件として連邦警察が捜査しているらしい。

「シェリルんとこも大変だな……。あいつの部署の担当かは知らんけど」

 細かいことが分からない以上読み込んでも仕方ないので、戻ってまた記事をつまみ出す。

 その時であった。

「……ん?『UniTuberユニチューバー界の新星・エレミィ登録者数十万人達成』だって?」

 芸能記事として、少々異質なものが載っていることに気づく。

「『UniTuber』ってあれか?俺の世界の『YouTuber』と同じもんかね」

 見て行くと、どうやら当たりらしかった。「UniTubeユニチューブ」という動画サイトを主体として、雑談や歌、ゲーム実況などの配信活動をしている者がこう呼ばれているようである。

 こちらでの「UniTuber」はどうやら老若男女に受け容れられて芸能人に準ずる地位を獲得しているらしく、大手から中小までさまざまなUniTuberの動向を追った記事が掲載されていた。

 さっと斜め読みしてみると、どうやら「エレミィ」という個人の女性UniTnberが最近急速に登録者数を伸ばし、にわかに注目を集めているらしい。

 記事には長めのゆったりとした白いワンピースを着た、緑色の腰まである長髪と紫の眸を持つおとなしそうな童顔の女性の写真とコメントが掲載されていた。

「ほう……なかなか清楚な人だな。人気なのも何となく分かる」

 少々興味を示して、せめて自己紹介動画でも見るかと思って検索しようとした時である。

 視界の隅に入った時計が、今しも十二時を指さんとしていることに気づいた。

「やべっ、てっぺん回る!」

 そう叫ぶように言い、大急ぎで電源を落としそのままベッドへ飛び込む。

 闇の中啓一はしばらくじっと天井を見上げていたが、疲れがどっと来ていつしか眠りへと落ちて行った。

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