シンデレオ 7


 しかし、必死な王子のプロポーズにも、シンデレオは塩対応。



「はあ?! なにふざけたこと言ってんだゴルァ!! こんなレア靴ずっと履いたら汗とケラチンで汚れるだろうがボケェ!! てかさっきから国宝を素手で触りすぎなんだよ!!」


 シンデレオは有無を言わさず、王子からガラスの靴をひったくった。

 王子は素手だが、シンデレオはオペラグローブをしているので問題ないと判断したのだ。


「な、なにをする!」

「あああ!! やっぱりケラチン付きまくってるし!! おい王子っ、ハンカチーフを貸せっ!!」

「はいっ」



 シンデレオの勢いに、思わず王子は純白のハンカチーフをシンデレオに渡す。



「てか、あんたさあ、靴のこと語るのはいいけど、ガラスケースにもケラチン付きまくりだし。マジ引くわ」

 

 シンデレオは意外と綺麗好きだった。日々の家事労働でいつの間にかしみついた潔癖症ともいえる綺麗好きかもしれない。


「ほんとすんません」

「靴ってのはさあ、コレクションするだけじゃなくて、アフターケアも大事なんだよね。そこんとこ、わかってないっしょ。アフターケアっていうのはさあ……」


 シンデレオは王子の最高級シルクハンカチーフを真っ黒にしてガラスの靴とガラスケースを磨き、ウンチクを垂れていた――のだが。



 そのとき、がこん、という不吉な音がした。



「……がこん?」

 見れば、ガラスケースのガラス板が外れてしまっている。


「えっ……コレ、マジやばたにえん」


 シンデレオ呆然。

 王子硬直。

 しかし、次の瞬間には丸出しになったガラスの靴をシンデレオはガン見している。


「ワンチャン、いけるんじゃね?」

 シンデレオはそっと、ガラスの靴に手を伸ばす。

「ガラスの靴、もらったぁあ――」



 リンゴーン、リンゴーン



 ちょうどシンデレオが怪盗のごとき台詞セリフを叫んだそのとき、爆音でお城の鐘が鳴った。


「やば、十二時の鐘じゃん!」


 ガラスの靴を持って逃走するには、あの超絶長いリムジンに乗りこんで爆走しなくてはなるまい。


「あばよ王子!」

「えっ、ちょ待っ、待ってくれ僕の花嫁!!」



 シンデレオは逃げる。王子は追いかける。



「はっ、このNIKEエアマックス95に追いつけるわけねえだろ!」

 一般のそれとはダンチに長い外階段をも軽やかに駆け下りるシンデレオ。

 ドレスを着ているとは思えない走りをみせる。もちろんNIKEエアマックス95はガラスの靴のように脱げたりはしない。

 対する王子、日ごろの運動不足も祟り、シンデレオとの差は開くばかり。

「うわあ!」

 しかも、階段の途中で見事にすっころんだ。

 今日はパーティー用にきばって出した革靴を履いていたため、滑らかなビロードの絨毯が敷かれた階段では滑りやすかったのだ。


「うう、僕の花嫁が……ガラスの靴が……」

 王子はしたたか打ったおしりをさすって、どんどん遠ざかっていくシンデレオを為す術もなく見送った。



「ふう、ここまでくれば大丈夫」

 やっと階段を下りきると、あの超VIPリムジンが停まっていて、あの黒づくめのオジサンがドアをサッと開けてくれた。


「さあシンデレオ様。お急ぎください」

 まるで図ったかのようなタイミングだが、シンデレオ的にはただただ感謝。

「あざっす!!」

 VIPリムジンにダイブ。扉がばたん、と閉められる。



「っしゃあ! ガラスの靴ゲット!!」

 

 滑るように走り出した超VIPリムジンの中で、シンデレオは歓喜を叫んだ。


「まあアレだよな。王子、あたしに一生ガラスの靴を履いてくれって言ってたし、合法的にいただいたってことで☆」


 状況を極めて都合のいいように解釈し、シャンパングラスに手を伸ばそうとしたとき――。


 ぼん、という大きな音と共に、気が付けばシンデレオは見渡すかぎりの野っぱらの中にいた。


「え? え? どういうこと? 魔法が解けた、ってこと??」


 そう、十二時の鐘が、鳴り終わったのだ。


「ニャーオ」


 いつの間にか、大きな太った黒猫が、シンデレオの手からガラスの靴をそうっと引っこ抜こうとしている。


「あっ、なにしやがるっ、このドロボウネコめ!!!」


 シンデレオはあわててガラスの靴を押さえたが、文字通りの泥棒猫の方が素早かった。ガラスの靴を片方だけくわえて、黒猫は走り出す!


「待てーっ!!」

 シンデレオは必死で追いかけるが、さすがのNIKEエアマックス95も猫の足には追いつけない。

 黒猫は、夜中の野っぱらの闇に一瞬で溶けてしまった。


「くそっ……ま、いっか。片方は手に入ったわけだし」

 ガラスの靴は、実際に履くことはまずないだろう。飾るなら片方だけでも問題はない。シンデレオはそのへん、考え方がフレキシブルなのだ。


「ああ疲れた。さあ帰ろっと……っていうか、ここどこ??」


 シンデレオは、真っ暗な野っぱらの中できょろきょろと立ち尽くした。




「あらあらお帰り、私のかわいい黒猫ちゃん……って、あら? 右足だけ?」

 魔法使いのおばあさんは、太った黒猫がくわえたガラスの靴を見て、がっくりと肩を落とした。


「もー、片方だけじゃネットオークションに出せないじゃないのっ。くそう……アテにして今夜もドンペリ開けてきたってのにぃ……」


 しかし百戦錬磨のおばあさん、ここであきらめたりはしない。


「そうだわ! テーマパークか何かに売りこんで、レンタル料を取りましょう! そっちの方が売っちゃうよりもずっと儲かるじゃない! あたしってやっぱ天才ね!」



――こうして、某巨大テーマパークの素敵なお城には、今もガラスの靴が飾られていて、魔法使いのおばあさんは人々に夢を振りまくレンタル料で、悠々自適の老後を送りましたとさ。


 そうとは知らないシンデレオは――。

 王子がガラスの靴と消えた花嫁を探しに家を訪問したときも居留守を使い、靴マニアの知識とコレクションしてきた大量の靴を活かしてセレクトショップを開いて独立、ネットで靴を売りまくり、世界中で大人気のカリスマショップ店長となって、継母や義姉妹をドヤ顔で見返してやりましたとさ。



 めでたしめでたし。





『シンデレオ』おわり


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