シンデレオ 5


「ガラスの靴、ガラスの靴……」


 まばゆい巨大なシャンデリア。

 深紅の絨毯。

 さざめく紳士淑女の会話とシャンパングラスを重ねる音。

 管弦楽団の甘美な調べに色とりどりのドレスが舞う。



 そんな華麗なる舞踏会会場を、シンデレオは軽やかにダンスのステップを踏んだ――のではなく、歩き回っていた。



(んー、やっぱりNIKEエアマックス最高! 履き心地ダンチに神領域!!)



 そんなシンデレオに、娘のエスコートでやってきた父や兄たちは鼻の下を伸ばし、フェアリードレスで着飾ったギャルたちはカラコン&まつ毛エクステでばっちばちになった目で睨みつけていた。


「もしかして調子乗ってる系?」

「とりまやばたん」

「ひとりごと激しくてマジウケる」


 そんな周囲の冷ややかな視線を気にもとめず、というか気付きもせず、シンデレオはひたすら舞踏会会場を歩く。

 NIKEエアマックス95モデルの、快適な履き心地を試すかのように。

 そして――。



「あった!!!」



 シンデレオは、ついに発見した。 

 深紅の絨毯が伸びる先、テラスに面した広間の隅。

 その場所だけ、舞踏会の喧噪からのがれてひっそりとしている。

 そこに、耐震性強化ガラスが四方を囲むケースがそびえていた。


「ひゃっほう! あれがガラスの靴!」


 シンデレオはうきうきとガラスケース向かって突進して――こけた。

 ものすごく見事に。

 まるでギャグか何かのように。


「ってえ……誰だっ、こんなところにバナナの皮を置いたのはっ」


 大広間の太い柱の影で、数人のギャルたちがクスクス笑っていた。


「ガチやば」

「てかバナナの皮でこける奴とかいる?」

「はースカッとしたからあっちでまたパリピろうぜ」


 爆笑したいのをこらえて、ギャルたちは賑やかな舞踏会会場へこっそりもどっていった。


「うわああ! 伝説のNIKEエアマックスに!! バナナが!! バナナがあああ!!!」


 シンデレオはガチギレ。

 しかし。

 その声は、どちゃくそ盛り上がっている舞踏会会場にはまったく届かなかった。人々は何事もなかったように舞踏会を楽しんでいる。





「うるさいなあ……」

 ガラスケースの裏側にちんまりと体育座りをしていた青年が、溜息をついた。

 彼は、子犬を抱くように、そっと何かを胸に抱いている。



「この至上の芸術品、神の創造物に月明りが反射して、とても風情があるっていうのに、台無しじゃないか」


 彼が胸に抱いているのは、ガラスの靴。虹色に輝く美しい靴だが、神が創りたもうたわけではない。魔法使いのおばあさんが作ったものである。


 そう、この青年こそ、この国の第一王子にしてこの舞踏会の主役である。


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