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「女性客一名様」


 バックヤードに入ると棚に消毒用のスプレー、布巾を戻した。

 モニターの前に立っていたチカちゃんは、私かもしれないと呟いて、バックヤードを出ていく。

 棚からフットバスを下ろし、ラベンダーのエッセンシャルオイルを垂らしては手でかき混ぜ、湯を減らしては足し、温度を調整して蓋をする。

 壁に掛けられた時計を見ながら、トングを使って保温ボックス内から湯に浸るホットパックを取り出し、余分な水気を拭ってタオルでくるむ。


「女性のショートだけど、これいい?」


 バックヤードに戻ってきたチカちゃんが尋ねる。

 いいよ、と返事。


「ありがとう」


 脇にインフォメーションブックなどを挟み、フットバスを持ってフロアへと出ていった。モニターで彼女のお客様はパウダーのコースだと知り、彼女の分のホットパックを作っていると、


「お疲れ様」


 チカちゃんが戻ってきた。


「ホットパック作っておいたよ」


 彼女に手渡し、壁の時計を見る。そろそろ施術に入る時間だ。


「雨宮さんのお客様って、あの田原さん?」

「あのって、どの?」

「ほら、朝まで生テレビとかで出てくる司会の」

「あー、番組見たことある。えっと……名前が」


 二人して、顔は浮かぶのにフルネームが思い出せない。モニターの稼働表を見ると、『タハラソウイチロウ』と表示されていた。


「あー、こんな名前だ……けど本人?」


 私は思わず首をひねる。


「案内してフットバスつけたんでしょ。本人かどうかわからない?」

「マスクしてて目元しか見えないし、あんなに小柄なのかな。同姓同名ってこともありえるんじゃない?」

「接客してないのに、わかるわけないよ」


 チカちゃんは眉間に皺を寄せている。対面して言葉をかわしたのは私と受付のリーダーだけなのだ。


「おっしゃるとおり、確かに。本人かどうか気にしてみるよ。けど、私たちは相手が有名人や政治家だからって特別扱いしない。誰であっても、目の前にいるお客様に全力全開で、自分のもてる技術で癒しを提供するだけだよ」

「そうだけど、有名人が来るなんてすごくない? テンション上がらない?」


 そうねと答えながら壁の時計を見て、「それじゃあ行ってきます」と、カーテンが翻らないよう気をつけながらフロアへと出た。

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