第三十話 引き金をひく

 あるホテルの一室。小綺麗でシックな部屋は橙色の照明で淡く照らされ、足元は暗い。窓辺のカーテンも全て閉じられており、白いベッドの存在だけがその部屋の中で浮いていた。

 マーリンは机の上に置かれた見慣れぬ物に気づき、目を引かれた。もしかして、あの黒い物が噂に聞いたところのだろうか。青い瞳がきらりと光る。


「おじ様は、悪い人を懲らしめていらっしゃるんでしょう?」


 ベッド横で腕時計を外している男に声をかけると、男はちらりとマーリンに目をやり、口の端を上げた。


、な」


 長身の男で肩幅は広く、スーツを着てはいるが筋肉質な体格は格闘技でもしているようにがっしりとしている。男は背広を脱いで椅子へと引っかけると、マーリンの腰掛けたベッドの横へと並んだ。ベッド脇に置かれたワイングラスへと手を伸ばす。


「初めて見たか?」

「えぇ、覚えてる限りでは」


 なんだそりゃ、と男はグラスに口を付けて笑う。いかめしい顔で、頬に大きな傷のある男で、笑うと肌が引き攣ったように吊り上がった。


「人間の作る武器に興味があったの」

「そりゃあ、いい。このご時世だ。銃の一つも扱えねぇとな」


 机の上に置かれた銃を、マーリンはじっと見つめている。人形みたいに綺麗な顔してんな。青いビー玉のような目をした少女を見つめ、男はそんな事を思う。そしてその綺麗な顔が羞恥で歪む様を想像して、また頬が引き攣るように持ち上がった。


「嬢ちゃんも裏の人間相手に商売しようってんなら、知っておいても損はねぇだろうさ」


 言いながら、男は少女の太ももへと手を伸ばす。細い足は、大人の男の手のひらにはおさまってしまうほどの太さしかない。握れば折れそうなその繊細さが、かえって男の弑逆心を攻めたてるのだった。


「これは人を殺した事があるのかしら?」


 マーリンは男のそんな行動には眉一つ動かさず、淡々と言った。何の反応も示さない少女の様子に少しの不満を表しつつ、二人な、と男は答える。言った後に、ちらと傍らの少女の様子を盗み見た。震えてはいないが、机の銃を見つめたままじっとしている。


「嬢ちゃんには少し怖かったか?」


 まだ少女だし、身売りを始めたのも最近だろう。柄ではないが、ベッドの上でくらいは女を甘やかしてやってもいいだろう、そう思っての気遣いの言葉のつもりだった。情事の間だけは見えない所に置いてやろうか、そう言おうとして、


「いいえ」


 振り向いたマーリンは、にっこりと笑っていた。彼女は手を伸ばすと、両手でそれを掲げ持つ。そのまま矯めつ眇めつ、全体を眺めた。怖いもの知らずなのか、銃口の中まで覗きこんでいる。そして照明に照らすように掲げると、黒光りする銃身を見つめた。


「結構重いのね」

「ガキの玩具じゃないからな。丁重に扱えよ」

「綺麗だわ」

「……俺にはお前の方が好ましいがな」


 男は少女の太ももに置いた手を、スカートごと上へと滑らせていく。指はゆっくりと動いていき、より内腿へ、柔い方へと向かっていく。そんな雰囲気を無視して、無邪気な声でマーリンが尋ねた。


「これ、どう使うの?」

「ん? あぁ……、そこに安全装置があるだろ。それを外して、引き金を引くだけだ。簡単だろ?」

「ふーん」


 マーリンはそのまま、かちゃかちゃと銃を弄り始めた。男は眉を寄せ、少女の髪を掻き上げると、少しの腹いせにその覗いた首筋へと甘噛みをしてやった。


「そろそろ客の相手をする時間じゃねぇか? 終わったらまた触らせてやるよ」

「そう思っていたけど、気分じゃなくなってしまったの。おじ様よりこっちの玩具の方が面白そうよ」

「……今さら嫌だと駄々をこねる気か?」


 男はドスの効いた低い声を出す。こちとらもうその気になってんだ。ただで帰してもらえると思うなよ、と男は腕に力を込める。少女の柔い肌が、男の指に沿ってぐにゃりと曲がった。


「おい、ガキ。痛い目見たくなきゃ――」

「あ、こうかしら」


 少女の明るい声と、かちゃりという軽い音がする。男が顔を上げると、銃口の向こうに、青く澄んだ瞳が見えた。

 あ?と間の抜けた声が出る。


「これで合ってる?」


 少女は、躊躇いもなく引き金を引いた。


 硝煙が細く上っていく。銃口の熱が引いたのを確認すると、マーリンはゆっくりとベッドから腰を上げた。太腿にかかっていた男の腕が、ずるりとシーツの上へと転がっていく。


「これ、頂いていくわ。暇潰しをありがとう、おじ様。帰って弟子達と遊ぶことにするわね」


 返事をする者は、もうその部屋には誰一人、いない。

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