「お母さんね、悪役令嬢だったのよ?」と言い聞かせられて育ったが、別に母親の復讐とかしない。破滅するなら勝手にしてくれ。

レオナールD

第1話


「お母さんね、悪役令嬢だったのよ?」


 それが母親の口癖だった。

 物心ついたころから、母親にそう言い聞かされて育てられた。


 母親が生まれたのはこの国――リューン王国の隣にあるレンガルト王国だった。

 公爵家の長女として生まれ育ち、おまけに王太子の婚約者でもあったらしい。

 将来的には王太子と結婚して次期王妃になるはずだったそうだが……18歳の誕生日を迎えた日、人生の転機が訪れたそうだ。


『エヴァリア・マーティス! 貴様との婚約を破棄させてもらう!』


『え……?』


 王妃教育のために登城した母に向かって、その国の王太子はそう突きつけた。


 ちなみに……『エヴァリア・マーティス』というのは母がかつて名乗っていた名前。現在ではたんに『エヴァ』とのみ名乗っている。


 目を白黒させて驚く母に向かって、王太子は「妹をいじめた」、「使用人に暴力をふるった」、「敵国に内通していた」などとありもしない罪を並べていたそうだ。

 母も「自分はやっていない」、「証拠を見せて欲しい」と抵抗したものの、王太子は問答無用で兵士に命じて婚約者だった女性を王城の牢屋にぶち込んだ。


 この話を聞き、そんな無茶なと子供ながらに思ったものである。

 いくら王族だってやって良いことと悪いことがある。その国の王太子は法も道理も知らないお猿さんなのかと。

 しかし……その時、国王と王妃が外遊で留守にしており、王太子が代理として全権を与えられていた。

 王太子の無茶を止められる者はなく、母は抵抗もむなしく地下牢に入れられてしまったのだ。


『……大丈夫。国王陛下が戻ってくるまでの辛抱よ! それに、お父様がきっと助けてくれるはず!』


 そう自分に言い聞かせて苦境に耐える母だったが、救いの手は差し伸べられなかった。王太子は裁判すら開くことなく国外追放を命じたのである。

 さらに、母の父親――つまりはマーティス公爵はというと、娘が断罪されたことを知りながら、抗議することなく娘の処分を了承した。


「お父様は王太子と密約を結んでいたのよ。お父様は前妻との子である私を疎んでいて、後妻の娘であるマリーアのことを溺愛していたから。マリーアを新しい婚約者にすることを条件に、私の追放刑に賛同したんだわ。ひょっとしたら、お金や領地をもらう約束をしていたのかもしれないわね」


 ……というのは、後になって母が予想したことである。

 おそらく、その予想は当たっていたのだろう。

 母の腹違いの妹であるマリーアという女性が王太子の新しい婚約者になり、生家のマーティス公爵家は王家から領地の加増を受けてさらに躍進したのだから。


 ともあれ、一方的に国外追放を言い渡された母は嘆きに嘆いた。

 どうして自分がこんな目に遭わなくてはいけないのだ。いったい、何をしたというのだ……そんな風に涙を流す母に、王太子はさらなる追い打ちを放ってきた。


『お前は魔女のように最低の性格の女だが……身体だけは美しく、豊満に実っている。追放する前に味わわせてもらうとしようか!』


 王太子は顔こそ貴公子のように整っていたが、中身は発情したオークそのものだった。抵抗できない母に襲い掛かり、好き勝手に犯して辱めたのである。

 それはまさに鬼畜の所業。その国の王太子は人間などではなく、人の皮を被ったケダモノだったの。


『酷い……酷いわ……』


『フンッ! やはり身体だけは上等じゃないか。これでもっと素直な性格だったら、愛人の1人として可愛がってやったのにな!』


 王太子は母を犯すと、兵士に命じて国外へ捨てさせた。

 生まれ故郷を追い出された母に渡されたのはわずかばかりの水と食料。そして、小瓶に入った堕胎薬である。

 公爵令嬢だった母は地位も名誉も貞操すらも失い、見知らぬ異国の地をさまようことになった。

 不幸中の幸い。街道をさまよっていたところを親切な旅人に保護されて近くの町まで送ってもらい、そこで仕事を見つけたそうだが……かなり苦労をしたのは言うまでもない。


「そんなことがあって、お母さんは悪役令嬢になったのよ? めでたし、めでたし」


「……全然めでたくないよ。母さん」


 子供にそんなディープな話を聞かせないでもらいたい。

 普通の童話とか昔話とか読み聞かせてもらいたかった。

 そういうわけで……母親は悪役令嬢であり、俺はそのことを幼い頃から言い聞かせられて育ってきた。物心ついた頃からずっとずっと。


 リューン王国に流れてきた母はやがて俺のことを出産した。

 誰が父親であるかなど考えるまでもない。直接、母の口から父親の名前を聞いたことこそないものの、子供だって察することができた。

 渡された堕胎薬を飲まなかったのか。飲んでも効果が出なかったのか……母に訊ねるのも恐ろしい。


 ともあれ、悪役令嬢の息子として生まれた俺はすくすくと成長して、15歳になって成人した際に家を出て自立した。

 家を出たのは母親を嫌っているとかそういうことではない。

 冒険者という魔物や盗賊退治を生業とした職業に就いたのだが、大きな町を活動拠点にしたほうが稼げるからだ。

 母は10年ほど前に勤め先の従業員と再婚をしており、弟や妹だって生まれていた。俺が家を出たところで寂しがることはないだろう。


 お願いだから、弟達には凄惨な過去を寝物語に聞かせないでくれ――そんなことをくれぐれも母に頼んで自立したのである。

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