CO2削減の日


 ~ 四月二日(土) CO2削減の日 ~

 ※淳風美俗じゅんぷうびぞく

  情に訴えかける、定期的に

  お届けするお約束パターン。

  もとい。

  そんな風習とか習慣の事。




「こっちが海。こっちが湖」


 右と左に広がる水面。

 それぞれの名は、遠州灘えんしゅうなだと浜名湖。


 弁天島駅から歩いてすぐ。

 浜名湖の水が遠州灘へそそぐ、丁度境にあたる小さな公園で。


「こっちが海。こっちが湖」


 小さな不思議に。

 こう見えて、結構楽しくなっている俺がいた。



 ふぁぁぁああああああん!!!



「……そして今のが新幹線」



 やれやれ。

 面白い場所だ事。



 ――今回の長期旅行。

 俺は、凜々花の勉強をみてやった駄賃として親父から随分巻き上げたおかげで旅費をまかなえているが。


「必要な経費だな」


 今日、秋乃がそばにいないのは。

 浜松に仕事で来ていた親父さんと一緒に飯を食っているからというわけで。


 まあ、平たく言えば。

 スポンサーに媚びを売りに行っているわけである。



 秋乃は、いままできけ子たちと大阪を堪能して。

 このあと王子くんたちと能登半島へ行くと、親父さんにはそう見せかけている。


 その合間を縫って。

 せっかくのお休みだからと会いに来た。


 そんなシナリオに、親父さんが騙されているであろうことがうかがえる証拠は。


「いいなあ。浜松でウナギかよ……」


 こっちは肉まんをコーヒー牛乳で流し込むという寂しい昼飯だというのに。

 ギャップが激しすぎる。


 でも、万が一にでも一緒に旅行していることがバレたなら。

 途端にバイオレンス動画に早変わりすることになるからな。


「そう。気を抜く訳にはいかん」


 今回、いろいろと計算違いな事ばかり起きてるし。

 ひょっとすると、今日も何かが起こるかもしれん。


 特に不安なのは、秋乃が一緒に出掛けていることになっているきけ子たちと。

 名古屋で遭遇してしまった事。


 あいつら、ユニバのマクドでタコパをマイドして来るとかはしゃいでたのに。


 そんな情報を、もしも親父さんが掴んでいたとしたら怪しまれるだろう。


 秋乃の方は、もう任せるしかないわけだが。

 せいぜい俺も気を張ろう。


 そう考えて。

 ベンチから離れた、幾人かの様子に目を凝らす。


 さっきからずっと話し込んでる女性が二人。

 ジョギングしながら通り過ぎていくお兄さんが一人。


 そして、木陰から姿を現した男が一人……?


「げえっ!?」


 俺は慌てて手荷物を抱えて。

 ベンチの裏に身を隠す。


 黒帽子にサングラス。

 真っ黒スーツのあの男!


 クソ親父のとこのエージェント!!!


「まじか……。秋乃のヤツ、白状したのかな?」


 もともと、親父さんを騙すような行為はしたくなさそうだったからな。

 あり得そうな話だ。


 ベンチの背もたれ。

 木板の隙間から様子をうかがうと。


 明らかにきょろきょろと。

 誰かを探している様子。


「しかし俺、よく気付いたな」


 虫の知らせというか。

 第六感というか。


「しかも、隠れるのもうまくなった」


 あっという間にベンチの裏に滑り込んだこの手腕。

 我ながら自慢できるレベルに達している。


 でも、こと隠れる事に関しては。

 まだまだ俺なんか未熟だって事がよく分かった。


「先輩。この仕事長いんですか?」

「…………あさから」


 思わず爆笑しそうになる言葉を返してきたのは。

 俺に気付かれること無く、先にベンチの裏に隠れていた三才くらいの女の子。


 片方の手でスカートを握って。

 もう片方の手で俺の服をぎゅっと握った先輩が。


 静かに俺を見つめていた。


 いやはや、女の子で良かった。

 これが男の子だったら、大はしゃぎするところだったと思う。

 

 でも、ひとまず危機は回避できたものの。

 脅威が過ぎ去ったわけじゃない。


 黒服は、女性二人が会話するそばに立って。

 未だに注意深くあたりを見渡しているからな。


 なんとか、一旦逆の側を探ってもらえないだろうか。

 無茶な姿勢のまましゃがみ込んだから。

 立ち上がって体勢を変えたいんだけどな。


「先輩は、立っていてもベンチから頭が出ないんですね」

「てんしょく」


 ……子供って。

 笑いのバーゲンセール会場。


 知ってる言葉の内、一番近いものを無理やり使うから。

 こんな面白いことがあたりまえのように発生する。


 でも、立つことに関しては俺も負けてませんからね、先輩。

 今度廊下で勝負しましょう。


 そんなくだらないことを考えながら黒服の様子をうかがっていたんだが。


 小さな異変が発生した。


 女性二人のうち、一人が。

 慌てた様子で何かを探し始めた。


 ……この子のお母さんだよな。

 ここにいるよって教えてあげないと。


 でも、お母さんの後ろには。

 黒服もいるから何もできん。



 なんとか、お母さんだけに知らせる術は無かろうか。

 ちょっと考えて、一つの作戦を閃いた。


「秋乃が喜ぶと思って買っておいたんだっけ」


 俺は、カバンから。

 水族館で買った品を急いで取り出す。


 それは、イルカの形を模した。

 ストローと液体の、シャボン玉セット。


「先輩。これ知ってる?」

「……じゅーす」

「ちがうなあ」


 こいつをあげれば、椅子の裏から飛び出して。

 お母さんに自慢することだろう。


 俺は、遊び方を教えてあげようと。

 シャボン玉を吹いてあげると。


 女の子は、はしゃぐでもなく。

 でも確実に興味を持ったキラキラな目で、空を見上げて。


 風にのったシャボン玉を指さして。

 シャツを握る手を、くいくいと引いて。

 俺の顔を、しっかりと見つめながら。


 可愛らしい声で呟いた。


「しーおーつー」

「うはははははははははははは!!! 先輩、面白過ぎっ!!!」


 流石にわざととは思えんが。

 受け答えが面白過ぎる女の子。


 俺は、彼女のせいでお母さんと。

 そして黒服に見つかったのだが。


 ……どういう訳だろう。

 黒服は、俺を取り押さえるどころかばつの悪そうな顔をして。


 お母さんにしがみついて、嬉しそうにシャボン玉セットを掲げる女の子を無言のまま見つめた後。


 帽子を脱いで、俺に頭を下げたのだ。


「まじ?」


 黒服の奥さんと子供だったのか!?

 いや、オフタイムも同じかっこしてるんじゃねえよお前!


 口をあんぐりと開けたまま。

 地面にしゃがみ込む俺に。


 黒服は、サングラスの向こうから。

 視線だけで、次はこうはいかないからなと語ると。


 お母さんと娘さんを連れて。

 公園をあとにしたのだった。



「いやはや。なんだったんだよ今のは」


 そんな独白が。

 聞こえていたのかと思うほどのタイミング。


 秋乃が送って来たメッセージは。



< 黒服さんのよわみを握った!



 そうか。

 俺も今知ったとこ。



< 子供が一人いるって!



 それを弱みと感じるとか。

 お前も大概あくどい時あるよな。



< その子の名前は、翔太くん!



「うはははははははははははは!!! スカート!」



 こうして、秋乃とは違う意味で。

 俺は黒服の弱みを握ったのだった。

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