山菜の日


 ~ 三月三十一日(木) 山菜の日 ~

 ※歳月不待さいげつふたい

  時間は待ってくれない




「三百五十円!?」

「そう」


 日本中、どこにでもある。

 ごく一般的な品なのだが。


「あんこクリームパンに、ツナコーンサラダが付いて!?」

「そう」


 代表的な都市はと問われて。

 名古屋と答える者は少なくないはずだ。

 

「ゆで卵とソーセージも付いて!?」

「そう」


 原価割れお構いなしというこのサービスは。

 店の人に言わせると、『趣味』とか『意地』とか『しょうがないから』とか。

 商売とは対極的な単語で表現されるものらしく。


「とろけるチーズのかかったフライドポテトも付いて!?」

「そう」


 安くて軽い朝ごはんという枠から飛び出して。

 がっつりしっかり、テーブル満載おなかもいっぱい。


「山菜の胡麻和えも付いて!?」

「ここだけ和風で、なんかほっこりするね」


 洋食にそろえる必要もない。

 そんなルール無用の、モーニングという品に。

 たった一つだけ共通のルール。


 それは。


「しかも、コーヒーまでついてるのに!?」

「それはついてない」

「?????? ……え? ついてる……」

「ついてない」


 俺が発した最後のセリフ。

 意味を理解できずに首をひねるのは。


 舞浜まいはま秋乃あきの


 モーニングについて、唯一無二のルール。

 この商品は、あくまでもコーヒー。

 お客はコーヒーの代金を支払うのだ。


 どれほどの品が並ぼうとも。

 それらは全て、ただのおまけ。


「せっかく名古屋界隈に来たんだ。これを食わねえとな」

「さ、三食これでもいいくらいだけど、朝しか食べれないんだよね?」

「夜まで注文できる店もあるらしいぞ?」

「……モーニングなのに?」

「モーニングなのに」


 名古屋の中心部だと。

 さすがにこんな安値で食えないと思うけど。


 何駅か外れて、路地を探ればこの通り。


 見た目もおしゃれじゃないけれど。

 盛りつけもずいぶん野暮だけど。


 こんな代金では申し訳なく思うほどの。

 美味しさとボリュームを堪能することができる。



 ……こんな店をわざわざ探したそのわけは。

 もちろん、自分が名物ものを食べてみたいという欲求が五割だが。


 残りの半分は。

 秋乃のためだったりする。


 いろんな文化を体験することで。

 秋乃の常識が、人並みになればいいかなと。

 そんな思いで連れてきてやったら。


 これですよ。


「じゃ、じゃあ……。ごはんとお味噌汁貰ってくるね?」

「ごはんみそ汁食い放題は昨日の網焼き屋のシステム!」

「あ、そうなんだ……」


 一般人なら持っているであろう、ベースとなる知識がないから。

 ひとつ教えたことが、悪い意味で他に生かされる。


 しかも食い過ぎだよ。

 何番目の胃に入るんだよ、ご飯。


「ほんと良く食うね」

「ゆ、ゆっくり食べれば食べきれる……」


 普通はゆっくり食ったら満腹中枢が満たされて。

 少量で満足できるはずなんだけどな。


 体のつくり自体が非常識なお前にどう向き合えばいいのかしらと考えつつ。

 何の気なしに、秋乃に合わせてゆっくりと食べてみたら。


「……やっぱり、すぐお腹いっぱいになった」


 最後に食べた、大きなソーセージ。

 これが余分と感じた上に。

 食後のコーヒー、どうやって押し込んだらいいのさ。


 残すのは忍びないし。

 そもそもコーヒーを買ったわけだから。

 無理やり飲み込んではみたけれど。

 しばらく動けそうにないぞこれ。


「ちょ、ちょっと足りない……、かも」

「うそだろ?」

「一品だけ、お代わり貰ってこようかな……」

「ああ、お願いしたら出してくれるかもしれん」

「じゃあ、コーヒーを……」

「やめねえか全部出てくるやろが!」


 席を立った秋乃のパーカー。

 そのフードを掴んで椅子に押し付ける。


 でも、この暴挙は。

 お代わりを止めたわけじゃなく。


「そ、そこまで怒らなくても……」

「しずかに……っ!」


 ふくれっ面が、俺をにらんでいるが。

 そうじゃないんだ、勘違いするな。


 信じがたい話なんだが。

 今、喫茶店に入ってきたのは。


「ほら言った通りでしょ? 裏路地最強なのよん!」

「すげ~! 宿のそばだと五百円以上したのに~!」

「なあ二人とも。往復の電車代って言葉、お前らの辞書にちゃんと載ってるか?」


 今は大阪にいるはずの。

 きけ子と甲斐と、そしてパラガス。


 俺が必死に組んだ、誰とも合わない計画が。

 みんなの気まぐれのせいで、連日エンカウントという奇跡を生んでいるんだが?


「今の声……」

「バレないように出るぞ!」

「お、お金払わないと……」


 ベンチシートに横になって隠れる俺たちに。

 苦笑いする店員さん。


 手招きして千円札を手渡して。

 お釣りを受け取ると。


 パーカーのフードを目深にかぶって。

 そそくさと店を出たんだが。


「ん? およよ?」

「どうしたんだよ」

「今、秋乃ちゃんの匂いがしたような……」

「え~? まさか、今出ていった二人~?」

「ほほう。面白そうだからついて行ってみるか!」


 閉じた扉の向こうから。

 不穏な声が聞こえて来た。


「急いで食え! 追いかけるぞ!」

「おー!」

「お~!」


 冗談じゃねえ!

 でもあいつらの早食いは常軌を逸してるから、下手すりゃ追いつかれる!


「は、走るぞ秋乃!」

「お、おなかぱんぱんなのに?」


 そりゃ俺だって同じだ!

 そしてきっとあいつらも同じはず。


 ひとまず最初の角を曲がって死角に入って。

 次の十字路に差し掛かったところで……。


「ご馳走様!」

「急げよお前ら~!」

「美味しかったですまた来ます! さあ、どっちに行った!?」


 ウソだろ!?

 アイツらの声が聞こえるってどういうこと!?


「やば……!」

「い、急がないと……!」


 そして始まる食後の腹ごなし。

 向こうは三方向に分かれて探せる上に、きけ子が秋乃の香りを追えるという犬みたいな特殊能力を持ってるせいで何度もニアミスした。


 でも、さすがに走りつかれて神社の狛犬の裏に身を隠して休んでいたら。

 玉砂利を軋ませながら迫る三人は。


 目と鼻の先でとうとう諦めた。


「やば。そろそろ戻らないとチェックアウトの時間なのよん!」

「くそう。なーんか、二人の気配感じるんだけどな……」

「ちらっちら、それっぽい人影見かけたわよね?」

「気のせいだよきっと~。こんなに走ってバカみたいだ~」


 そして三人の声が遠ざかっていくと。

 俺たちは揃って物陰から立ち上がって。


 隠してくれたお礼にお賽銭をした。


「た、楽しかったけど、へろへろ……」

「楽しいもんか。見つかってたらどうなっていたか」

「そ、そうだった……」


 かれこれ一時間は全力疾走していただろうか。

 さすがにへろへろだ。


 でも、共通の敵から逃げおおせた達成感。

 こういう時って、惹かれ合ったりしがちだよね?


「なあ秋乃」

「ん?」

「ひょっとして、今、なにか考えてること無い?」

「…………た、立哉君と同じこと考えてるかも」


 おお、ビンゴ!

 これがつり橋効果というやつか!


 なにもラブロマンス的なものだけじゃない。

 アクション映画のクライマックスシーンでも、惹かれ合う男女の心情ってやつを見かけるもんな。


「そうか。これはまったく計画外だったけど……」

「うん。そうね」

「それじゃあ、お前がどう思ってるか聞かせてくれ!」

「さっきの店がいい」

「………………は?」


 さっきの店で告白するって事?

 いや、さすがになにかおかしい。


「えっと、俺とお前が……」

「同じこと考えてるよね?」

「そうだと信じてるけど。念のために聞かせてくれないか? なにを考えてる?」

「お腹空いた」

「うはははははははははははは!!!」


 俺は考えてねえ!

 それどころか食ったもんが逆流した感じがして、今は水の一滴すら口にしたくねえわ!


 でも、ぐいぐいと俺を引っ張って歩く秋乃が。

 ジグザグに走って逃げた道をショートカットして店にたどり着くと。


 俺を置いたまま、嬉々として扉を開いて。

 そして、勢いよく飛び出してくるなり。


 こう叫んだ。


「ランチ!」

「うはははははははははははは!!!」


 そりゃそうだ。

 あれから二時間近く経ってるもんな。


 モーニングのハシゴは失敗。

 そして本日のチャレンジ結果も。


 色気より食い気ということで失敗だ。


 ……また明日。

 頑張りましょう。

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