クレープの日


 ~ 三月二十九日(火) クレープの日 ~

 ※胸中成竹きょうちゅうのせいちく

  なにか、事を始める前に、あらかじめ

  準備をしておくこと




 海なし県民にとっての憧れ。


 潮風。

 砂浜。


 港。

 船。


 そして、島。


 今日はそんなフルコース。

 河和こうわ港から、フェリーに乗って二十分。


 三河湾に浮かぶ日間賀島ひまかじまへとやって来た。


 ごく普通の女子を相手にするならば。

 絶対に組まないであろうファミリー観光プラン。


 でも、二年もの付き合いだ。

 こいつが喜ぶツボなんてお見通し。


「タコ、タコ、タコ、タコ!」

「そうだな」

「タコだらけだよ立哉君!」


 ここまで一辺倒だと、普通なら閉口するところだが。

 のんびり二時間で一周できるような小さな島に。


 むしろ一貫性という言葉で表現できるほど。



 右も左も。

 タコだらけ。



「たのしい!」


 そう。

 こいつが喜ぶツボなんてお見通しなんだ。


 ……タコだけに。


「た、立哉君!?」

「どうした?」

「たこ阿弥陀如来像だって…………」

「なんでもタコだな」


 島中に見られるタコの絵にタコのオブジェ。


 日間賀島ひまかじまは。

 タコで有名な島なのだ。



 そんな、一風変わった土地で。

 俺の読み通り、楽しそうにはしゃぐこいつは。


 舞浜まいはま秋乃あきの


 娘に接する父親の気持ちになれば。

 有名な場所を選ばずとも喜ばせることができる、ちょろい子で助かった。


 下手に有名どころに行くと、知り合いとエンカウントする確率が上がるからな。



 ……とは言え。

 本来の目的を忘れているわけじゃない。


 もうすぐ夕刻。

 ちゃんと、ムードのあるシチュエーションだって考えてある。


 まあ、子供みたいにはしゃぐこいつを見ていると。

 今のところは、ムードもへったくれも無いんだけどな。


「じゃあ、次のとこ行くか」

「つ、次はどんなタコ?」

「タコじゃないんだけどね」

「えー!? タ、タコがいい……」

「なにそのわがまま!?」

「……お腹が空いた」

「子供かっ!」


 うわあ、なにその脈略のない我がままの連投。

 こいつ本気で子供になっとる。


 この辺からムードのある会話でもしようかと思ってた計画が台無しなんだけど。


 でも、これだけタコを並べられると。

 たしかに食いたくなるよな、あれ。

 

「しょうがねえなあ。港の方にあったあれでいいか?」

「…………お好み焼き食べたい」

「うはははははははははははは!!! タコ焼きではなく?」

「あるいは、クレープ」

「似た様なとこ攻めるな! この島にいる間は諦めろよ。どう考えても粉物は一つしか……」

「そこに、屋台がある……」

「はあ!?」


 言われた方を見てみれば。

 仲良く並んだ二つの屋台。


「うおおおい! それこそタコの出番だろうが!」

「あ、あたし買って来るね……」

「まったく……。どっちかだけにしろよ?」


 路地に入って行く、呆れた子供を見送って。

 盛大にため息を吐きながら考える。


 もし仮に、ムードの欠片も無い、今の一部始終を見せるとするなら。

 誰に見られてもひやかされたり、妙な噂を流されたりしないことだろう。


「でも、一瞬の切り抜きを見られたら結局アウトなんだよな……」


 本当は。

 こんな、誰も来なさそうなところじゃなく。

 もっとデートっぽい場所を回ってみたい。


 でもそんなところで、雰囲気のいい二人の姿を誰かに見られたら。

 妙な噂が立って、舞浜父の耳にも届いちまうだろう。


 それを逆に言えば。


「もっと、他人に見られたら恥ずかしいような展開が待っていてもいいはずなのに」


 蓋を開けてみれば、子供のおもり。

 これなら他の連中と一緒に旅行に行った方が良かったんじゃねえのか?


 今現在、一番近くにいるのは。

 苅谷あたりで合宿中の、王子くんたち演劇部員か……。


「あっは!」

「……え?」


 ちょうど考えていたから頭に浮かんだという訳じゃない。


 風に乗って耳に届いた聞き馴染みのある声。

 俺は咄嗟に、タコのオブジェの裏に身を隠して。


 そーっと覗いてみると……。


「なぜここに!?」


 噂をすれば影。

 先頭を歩く王子くんと姫くんに、ぞろぞろと続くは演劇部員の皆さん。


 秋乃が屋台へ方向転換してくれて助かった。

 あのまま歩いていたら鉢合わせしてたぞ。


「ねえ姫ぴょん。ここに来れば、芝居のイメージ掴めるって言ってたよね?」

「まったくの無駄骨だった……。急いで帰って読み合わせするぞ!」

「そんなこと言って、実はデートの下見に来たんじゃないの?」

「突っ込みたいところだがそんな気にもなれん。だれが好き好んでデートに選ぶというのだ」

「あっは! 確かにムードはないかな! 楽しいとこだったけどね!」


 おいおい勘弁してくれよ。

 姫くんの思い付きでここまで足を運んだってのか?


 離れていくみんなの背中を見送りながら。

 あまりのことに呆然としていると。


「お、お好み焼きを泣く泣く諦めて、クレープにしてみました……」

「うひゃい!?」


 背中から、秋乃に声をかけられて。

 思わず声をあげて飛び上がる。


「ど、どうしたの?」

「お好み焼きも買おう! 今すぐ路地へ引き返せ!」


 ひとまず距離を取らないと。

 俺は必死な思いで無理やり屋台へ向かうと。


「…………タコお好み焼きにタコクレープ」

「そ、ソースとカツオブシをかけて食べるんだって……」


 俺は、姫くんたちがそばにいなければ。

 きっと大声でツッコミを入れるであろう品を口に運んで。


 口の中に広がる。

 タコ焼き以外のなにものでもない味に。


 心の中で大笑いし続けていた。




 ~´∀`~´∀`~´∀`~




「……ちょ、ちょっとだけ抵抗があります」

「名前を知りたいって言ったの、お前じゃねえか」


 海を足下に見下ろす丘の先端に生えた木の枝から。

 大き目のブランコがロープで下がっているんだが。


「で、では、立哉君ひとりでどうぞ」

「安心しろ。ここまで小さいとは思ってなかったから、お前ひとりで乗れ」

「そ、それなら遠慮なく……」


 名前のせいで。

 てっきり二人で乗れるもんだと思ってたんだが。


 大人が並んで乗ったら壊れそうな、こいつの名前は。

 恋人ブランコと言うらしい。


 ムードのありそうな場所を必死に探して足を運んでみたけれど。

 

「すまんな。恋人ってフレーズに騙された」

「う、うん……」

「ろくにデートプランなんか練ったことが無い男の仕事じゃこんなもの、か」


 そう言いながら。

 ブランコに腰かけた秋乃の背中をゆっくりと押してやった。


「うわ……。て、手を放したら、海に飛び込めそう」

「やめてくれ。幻想と現実ごっちゃにすんな」

「……そう、か。頑張って探したんだ……、ね」

「ああ。俺の方こそ、幻想と現実ごっちゃにしたわけだがな」


 苦笑いする俺の表情は。

 振り返りもしない秋乃にもお見通しだったんだろう。


 くすくすと、小さな笑いを漏らすと。

 俺に、これじゃムードなんて無いよねと言わんばかりの顔で振り向き……?


 あれ?


「な、何を照れくさそうにしてるんだ?」

「け、結構ドキドキした……。あ、ブランコよ? ブランコの方」


 どうしてだろう。

 こんな失敗プランで、秋乃が照れるようなところ、あったか?


 背中を押した、小さなスキンシップが気に入ったのかな。

 経験値ゼロの俺にはよく分からないが。


「船が出る前に、もう一カ所だけ寄って行かないか?」

「……うん。どんなところ?」

「サンセットビーチって場所」

「へえ……! そ、それはドキドキするかも」


 キラキラと光る秋乃の瞳が眩しくて。

 俺は嬉しさよりも、二連続で失敗するわけにはいかないと、急に緊張し始めた。


「そ、その……。告白するためのコンセプトで予定なんか組むの初めてだから!」

「う、うん」

「上手くいくかどうかなんてわからんから期待すんな?」

「……そう、ね。素敵な所だったら、ね」


 素敵な所だったなら。

 彼女になるのをOKしてくれるという事か!?


 俺は、隣を歩く秋乃の期待に満ちた表情を横目で見ながら。

 祈るような気持ちで砂浜へ足を踏み入れる。



 すると、目の前には。

 海に半身を浸からせて。

 春のおぼろげな空を照れくさそうな色に染め上げる、真っ赤な夕日が…………。




 ない。




 慌てて秋乃へ振り向くと。

 ふくれっ面が指差した看板に書かれた文字は。




 サンライズビーチ




「うはははははははははははは!!! 東海岸!」

「……笑えません」

「そ、そうでした。でもこういうコンセプトで予定組むの初めてだから……」

「本日のチャレンジ結果は」

「……はい」

「お友達で」


 ……また明日。

 頑張りましょう。


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