人力車発祥の日


 ~ 三月二十四日(木) 人力車発祥の日 ~

 ※鶏鳴狗盗けいめいくとう

  くだらない技能を持つ人。

  くだらない策を弄する人。




 夜八時。

 今日は早めに閉店したワンコ・バーガー。


 その店先に集まる四人は。

 二人の主人公を待ちわびていた。



 既に卒業してしまった二人が。

 最後の挨拶に来るとのことで。


 俺たち残留組の四人は。

 いつもよりも、制服をきっちりと着込んで立ち尽くす。


 まあ、最後と言っても。

 二人とも、ちょくちょく遊びに来てくれそうではあるんだが。


 そもそも、一人の職場は駅向こうだし。

 もう一人は、相方がいないと何もできない人だし。


「な、なかなか来ないね……」

「まだ待ち合わせまで五分もあるだろうに」


 そわそわと落ち着きなく。

 身だしなみを確認しっぱなしのこいつは。


 舞浜まいはま秋乃あきの


 今日も一日、学校で。

 旅行の誘いを華麗に受け流し。


 とうとう誰からも。

 誘われなくなってしまったんだが。


 そうまでしてやりたい事とは何なのか。

 そして、秋乃は本当に。


 俺と旅行に行くという約束を忘れたのか?


「なんでみんなの誘い断ってるんだよ」

「だって……」


 気になって、何度も聞いているんだが。

 返事の最後はこうして濁す。


 実験だったらそう言うだろうから。

 言えないような内容なのか?


 塾や予備校の短期講座。

 職場見学や職業体験。


 あ、そうだ。

 職場といえば。


 ……結局。

 小太郎さんは、雛さんとのバーター契約を断られたそうで。


 進学って人じゃなさそうだし。

 どこかで仕事をするんだろうけど。


「大丈夫なのか?」


 この店じゃ、コンピューターと荷物運び以外の仕事はできなかったからな。


 不安しか感じない。


「カンナさん、聞いてる? 小太郎さんってこの先どうするの?」

「さあ? ユーチューバーで食っていくんじゃねえのか?」


 ああ、そう言えば。

 それなり人気の忍者動画投稿者だったっけ。


 でも、それでずっと食っていくこともできないだろうし。


「大丈夫なのか?」


 そう、再び心配したところへ。


「なんだか物々しいな」

「こ、こ、こんばんは……」


 ずば抜けたセンスのお嬢様。

 白黒ダイヤ模様のパリッとしたワイシャツにギンガムチェックのミニスカート。

 そこに淡い色彩のスプリングコートを合わせた雛さんと。


 まだ朝晩は冷えるというのに。

 Tシャツデニムといういで立ちの小太郎さんが現れた。


 なんとも対照的なのに。

 誰もがうらやむ仲良しの二人。


 そう言えば。

 お付き合いしてるんだったっけ?


「しばらく旅行に行くことになっててね。今日くらいしか挨拶できそうになくて」

「お、お、お店閉めちゃったんですか!? ああ、なんかぼくたちのせいですいません!」

「いいってことよ! それより旅行だって? 二人でか? 相変わらず仲いいな!」


 二人とは、一つしか違わないのに。

 二人旅なんて、大人なことするんだなあ。


 でも、そういうことなら。

 やっぱり付き合ってたのか、この二人。


「あの……。雛さんが勤めるレストラン、ちょっとお高いからあまりうかがえそうにないですけど、必ず行きますから……」

「無理するなよ舞浜。あたしが遊びに来てやるから心配するな」

「あたしがって。雛さん、一人で来るのかよ。小太郎さんもつれて来いって」


 俺が苦笑いで突っ込むと。

 どういう訳か、雛さんは目を泳がせる。


「ん? 小太郎さん、雛さんと離れたら何もできないこと請け合いだから、どうせご近所でバイトするんだろ?」

「ぼ、ぼ、ぼく? ぼくは、東京のシステムエンジニア専門学校に行くんだけど……」

「「「「ええっ!?」」」」


 四人同時に声を上げ。

 そして四人がまったく同じ顔になる。


 こいつは驚いた。

 予想だにしてなかった。


「ぼ、ぼ、ぼくがエンジニアになるの、そんなに似合わない、かな?」

「いや、そうじゃなくて」


 小太郎さんのコンピューター技能は本物だ。

 でも、それ以外は雛さんがいなきゃ幼稚園児以下じゃないか。


「大丈夫なのか?」


 思わずつぶやいた言葉に。

 雛さんはこめかみを掻いて苦笑い。


「で、で、でも。PC関係は得意だし……」

「ええ、そうですよね。そこは心配してない」

「しかもエンジニアは仮の姿。本当の職業は、忍者なんだよ?」

「しかもから先が心配なんだよ!!!」


 なんだそのSFみたいな設定。

 本気で言ってるのかこの人?


「大丈夫なのか?」


 そして改めて雛さんにたずねると。

 とうとう目を逸らしてあさっての方を向く始末。


「ぼ、ぼ、ぼく、頑張って独り立ちするんだ……」

「いやできる事とできないことが」

「頑張って、エンジニアの忍者になる」

「前者だけにしとけ! おい雛さん、口笛吹いてないでなんとか言え!」

「か、か、かっこいい先輩がいてね? 僕はその人を目標にしてるんだよ!」


 呆れながら聞いていた俺に。


 珍しくはっきりと。

 握りこぶしで目標を告げた小太郎さん。


 まさか、その人を追って東京の専門学校に?


「なるほど、ぐだぐだ言って悪かった。そうなんですね、目標にしてるエンジニアがいるんですね」

「ううん?」


 え。


「そっちじゃないよ?」


 そっちじゃないってどういうこと?


 ……まさか!?


「忍者なんですかその人!?」

「忍ぶことについては世界一」

「そんなの目指して東京に出るな!」


 あきれた話だなおい!

 そんなの雛さんが可哀そう!


「小太郎さん! こう言っちゃなんだが、一人でやって行けるのか!? バイトとかどうするんだよ!」

「ぼ、ぼ、僕の特技、ここにきてようやく見つけて……」


 そう言いながら、ワンコ・バーガーに入って行った小太郎さんが。

 店から手押し車を一台持ち出して来た。


「カ、カ、カンナさん。これ、ほんとに貰っていいんですよね?」

「餞別だからな! 大事に使えよバカ太郎!」

「は、は、はい! 滑車が壊れても土台が壊れても、部品を交換して一生使って行きます!」

「テセウスの船……」


 将来それでワンコ・バーガーの台車と呼べるのだろうか。

 いやそれより。


「台車でどうする気だよ!」

「ア、ア、アルバイトの光景で、これ使ってるよね、よく……」

「台車でもの運ぶのはオプション! メインの仕事があって、台車はツールとして使うもの!」

「ええ!? そ、そ、そうなの?」

「雛さん! ほんとに大丈夫なのか?」


 とうとうすっぱい顔になって悩みだした雛さんの様子を察するに。


 限界まで考え抜いて出した結論だったのだろう。


 そんな彼女の気持ちを無にするわけにはいくまい。

 これ以上悩ませるのは酷というものか。


 じゃあ、せめて。


「……しょうがねえな。秋乃、これでほんとに金を稼ぐことができるよう、なにか付けてやれ」

「了解……」


 秋乃の工作技術があれば大丈夫。

 きっとこいつをスーパー台車に変身させることができるはず。


 一体どんなカスタムをするものかと待っていたら。

 どういう訳か、秋乃は。



 台車の上に体育座りした。



「……タクシーのつもりか? 遊んでないで、何か付けろよ」

「つ、付ける……」

「何を」

「自信」

「うはははははははははははは!!!」

「れっつごー!」

「は、は、はい!」


 そして秋乃の合図で走り出した小太郎さん。

 台車を押しながらびっくりするほどのスピードで遠くまで走っていくと、急旋回。


 スピードを維持しながら蛇行しながら。

 でこぼこ道で跳ねる秋乃を落とすことなく戻って来た。


「なんだ今の!?」

「ぼ、ぼ、ぼく自身驚きの事実……。でも自信付いたかも……」

「いや確かにすごいな! 秋乃はこの才能、知ってたのか!?」

「…………びっくりした。悪ふざけのつもりだったのに」

「おい!!!」


 思わず突っ込んだものの。

 これは忍者修行でバランス感覚を身につけて来た小太郎さんだから可能な技術なのかもしれん。


 でも。


 一同揃って目を丸くさせているところへ。

 店長が口を挟んだのであった。


「あの……。それで?」

「それでってなんだよ! 今のスゴ技見てなかったのか!?」

「いや、それがどんなバイトに役立つの?」

「あ」


 ……確かに。

 さっき、これはツールに過ぎんと言ったのは俺自身。


 いくら台車技が凄くても。

 この人きっと、他のことなんかまるで出来ん。


「ま、ま、まあ……、なんとかなるよ」


 そしてどこまでも楽観主義な小太郎さんに。

 一同揃って、腕を組んでのむむむむ。


「雛さん! ほんとにほんとに大丈夫なのか!?」


 俺は、改めて確認してみたが。

 雛さんも、みんなと同じ姿勢で天を仰いでいたのだった。

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