S2-FILE004(FILE205):カメラ映像のヒミツ

 彼女がしっかりと休息を取ったその翌日、アデリーンたちがたびたび溜まり場として使っている喫茶店【サファリ】にて。

 花のアーチが玄関を飾っているその店の中に、彼女は足を運んで、先に待ってくれていた友人、あるいは家族と合流する。


「ありゃ! アデレードでねーの。1日ゆっくりするだけでよかったの」


 フォーマルな装いの下にシンプルな黒のワイシャツとチノパンを履いているのは蜜月だ。

 ジャーナリストとしての取材の帰りか、もしくはこの後行くのかのどちらかである。


「まあでも、ロザリアやエリスとも本当久しぶりにじっくり話ができたしね? 関係性擦りたいわけじゃないけど、みんなからのお誘いを断るなんて無理無理」


「リスケはしないってのかい。もうちょっとリラックスせんと体もたないよ、きみ」


 そんな蜜月に応え、来てくれていた青髪の葵や、紅色の髪の綾女にも欠かさずほがらかに目を配って、アデリーンは空いていた席へと座る。

 カジュアル系ファッションやフォーマル系ファッションに身を包んだこのメンツを迎えるのは、エプロンやシャツの上からでもほどに豊満で背の高い女性マスターだ。

 髪は緑のロングヘアーで瞳は紫色、色香を漂わせながらも穏やかだ。


「まあいいでしょう。メロちゃん!」


「【ムーニャン】ちゃん今日は来てないから、私が代わりに皆さんにお見せしたいものをお見せします。これ見てちょうだい」


 快く応じたメロちゃんこと【メロニー】は、注文を聞く前にノートパソコンを出す。

 それにはある映像が映し出されており、アデリーンたちは思い思いのメニューを頼んでからその映像に見入った。

 ――約1名、に気を取られてしまったが気にしてはいけない。


『今朝未明、練馬区の蠣崎町で可燃性の悪臭ガスを使ってテロを起こそうとしていた、古怒田健誌こぬだ けんし容疑者が逮捕されました。事件前まで古怒田容疑者は帝国ガスに勤務していて、犯行に至る前に同期の男性とトラブルを起こして殺害、その後怪人の姿に変身するとガスを散布……』


「昨日の朝のやつじゃない」


 動画は口を細めた綾女が指摘した通りテレビで流れたニュース映像を録画したもので、スカンクガイストが起こした痛烈な事件が女子アナによって淡々と読み上げられている。

 ちなみに綾女の本日のコーデはというと、薄手のタートルネックにタータンチェックのスカート、あとはブーツなどだ。

 彼女は普段からバイクではなく車に乗っているため、スカートが巻き込まれる心配もなく気にせず履けるというわけである。


『……最近、以前にも増してディスガイストによる犯罪が多発しております。ジーンスフィアやマテリアルスフィアと呼ばれる危険なカプセルらしきものを見かけたら決してひねったりせず、近くの交番や警察へお電話を……』


「途中の防犯カメラの映像を見てほしいの」


 豊満で美しいメロニーが言ったように一同が巻き戻し、該当する部分にシークバーを合わせると――映っていたのは、古怒田容疑者と取引をしている怪しい男の姿だ。

 なにか怪しい商談を持ちかけている様子を見せる男のほうはというと、髪型は茶髪のオールバックで目元にはサングラス、人相は悪く鼻筋が通っており頬はこけていて――と、清々しいまでの悪人ヅラである。

 ジャケットはやけに派手なピンク色で、良くも悪くも自己主張が激しい。


「この多様化した社会の中でもダサく見えるイエロージャケット……ってそれは、古典的で残酷な処刑法をやってるの兵隊だったわ。違う違う、このダサピンクのジャケット着てるやつは……」


「タイト・シノノメ……」


 おどける蜜月の横で、アデリーンは神妙な顔をしてその名をつぶやく。

 勘の鋭いもの同士、綾女も葵も聞き逃さなかった。


「アデリンさん、そのシノノメさんは何かやらかしたのね? いかにも過去に何度も悪さしてそうな口ぶりだけど」


「察しがいいねぇ綾さん。そうなんだよ、その【東雲泰斗しののめ たいと】は……忘れもしない、ワタシらがデリンジャー君を守れなかった原因を作った悪党だ」


 アデリーンや蜜月、メロニー以外の2人が戸惑う。それもそのはずだ、綾女も葵も彼のみじめな最期を知らなかったからだ。

 店内に重たい空気が流れ出す――。

 綾女は会ったことは無いが弟の【竜平】をひどい目に遭わされたし、葵はその竜平とともにさらわれてしまったことがあり、危うく彼を殺されて慰められる寸前だった。

 しょうもない小悪党ではあったが、それでも死んでしまうのは――と、2人ともそう思ったようだ。


「エイドロン社CEOの、スティーヴン・ジョーンズのことはもちろん覚えてる? シノノメは彼の裏の顔において腹心を務めていた男でもあるの」


「あのブラック社長の!? なるほどね……。道理で嫌味ったらしい感じがしたわけだ」


 カジュアルな格好をした葵が驚く。映像資料に映っていた姿を見ただけでこれである。

 アデリーンから確認を取られて答えた彼女ではあるが、以前ジョーンズならびにヘリックス全体の悪行が世間一般に公開された際には浦和家ともども、エイドロン社製のものは一切買わないように心がけたほどだ。


「実際嫌な嫌な嫌なヤツ! だったしな。ヘリックスに雇われてた頃あんまり会うことなかったけどね、目に入れても余裕で痛いレベルだったわ」


 蜜月がその時のことを振り返りながらそう述べている中、メロニーは「まぁまぁ……」と言いたげに笑みをこぼす。


「よもや、彼が容疑者にスカンクのジーンスフィアを売っていたとは……ね。どちらにしても、私たちは彼を見つけて懲らしめなくてはいけなくなった」


「なんか飲んできます?」


 つらくても平常心を保ってほしいということか、ここでメロニーが、哀しみを背負って新たな戦いに向かわんとしているアデリーンに助け舟を出す。

 アデリーンはその気遣いを拒まず、ありがたく受け取った。


「コーヒーとチョコチップスコーン……のセットで」


 それから、しばらく軽食を食べながら盛り上がった。

 それは、「嫌なことばかり覚えてないで、忘れてしまおう」という葵や綾女なりの気遣いでもあったのだ。


「ゴチでした。腹ごしらえと言ってはなんだけど、調査に……行きません」


「それはなんで?」


 やがて完食、彼女らは清々しい気分になって解散しようとしていた。

 しかしその前に、この後遊びに行く予定を立てていた蜜月と葵と綾女にアデリーンがややもったいぶった口調で告知をする。


「寄りたいところがあるもんで……」

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