アンサング・ウィング

赤木フランカ(旧・赤木律夫)

1・ランチタイムのできごと

 いつ頃からそうだったのか、自分でもはっきりと思い出せない。それほど幼い頃から、馬頭めずアヤカは戦闘機が好きだった。


 アヤカが生まれ育った街には小高い丘があり、その上から東オウルランド空軍の基地を見下ろすことが出来た。アヤカは毎日のようにその丘に登って、日が暮れるまで戦闘機の離着陸を見ていた。


 母の話によると、ジェットエンジンの轟音が聞こえる中でも、アヤカはぐっすり眠っていたという。弟は目を覚まして泣き出すのに、アヤカの方はむしろ安心しきっていたらしい。


 そんなアヤカが十六歳になった今、東オウルランド空軍のパイロットとして空を飛んでいるのはごく自然なことだった。配属されたのは隣国・グラウクス王国のオリーブタウンに駐留する部隊だったが、慣れ親しんだジェット音のおかげで地元が恋しいとは思わなかった。


 また、地元では戦闘機が好きという理由で疎外感を覚えることもあったが、空軍にいる今、アヤカの周りには同じく戦闘機が好きという少年少女が多かった。空軍なのだから当たり前のことではあるが、同好の士に囲まれていることがアヤカには嬉しかった。


 だが、アヤカはある日、面と向かって「戦闘機が嫌い」と言う少女に出会った。基地の外のレストランで後輩であり僚機の天音ジュリと昼食を食べている時だった。



「あなた、もしかしてパイロット?」


 ゆっくりとアヤカたちの席に近付き、少女は訪ねて来た。アヤカは「そうだよ。東オウルランド空軍のね」と、羽織っていたジャケットのワッペンを少女に示す。二の腕のところには、東オウルランドの空軍旗と、アヤカが所属するプロミネンス隊の部隊章が縫い付けられていた。


「私、戦闘機が大嫌いなの!」


 少女は他の客にも聴こえるほど大きな声を発した。何人かが驚いた様子でこちらに目を向ける。


 いきなり話しかけられて「戦闘機が嫌い」と言われても、どんな言葉を返せばいいのか解らない。アヤカは黙り込み、店内が静まり返った。


「えっと……私たち、何か迷惑かけちゃったかな? 話し声がうるさいとか?」


 おもむろにジュリが口を開く。彼女の質問に少女は首を横に振る。


「違うの。私は戦闘機が嫌いなの。車も携帯電話も、この街の景色に似合わないものはみんな嫌い。だけど、うるさい戦闘機は特に嫌いなの」


 少女の話を聴いて、ジュリは困惑したように眉をひそめる。今まで反基地活動家に絡まれたことはあったが、そういう連中とこの少女は違うようだ。


 アヤカはこれ以上関わり合いにならない方が良いと、目でジュリに合図する。意図を読み取ったのか、ジュリはコーヒーカップを空にすると、チップを置いて立ち上がる。アヤカも残りのサンドイッチを口に押し込んで彼女に続く。


「ちょっと、まだ話の途中でしょ!」


 少女は引き留めようとするが、アヤカは「だったらご飯食べてる時に話しかけてこないでよ」と言って足早に店を出ていく。


「待ってよ!」


 店の外まで少女は追いかけてきたが、アヤカとジュリは路地に逃げ込んで彼女を振り切った。

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