第12話 師匠と一緒!

 女はいつものように午後5時に漁村の船泊りに車を停めた。


 車から降り、白灯台の方を見遣るといつも居る男の姿がなかった。


 女は男のことが急に心配になった。


「師匠、脚が悪いから…、海に落ちたのでは…」と思い、


 バラック小屋の前に停車している男の軽自動車を見遣りながら、白灯台まで走り出した。


 女は白灯台まで行くと息を切らせながらも防波堤によじ登り、テトラポッドの先を見ながら、右へと走った。


 男の姿は何処にもなかった。


 女は白灯台の方へ引き返す途中、船の掃除をしている正栄丸と目があった。


 女はなりふり構わず、正栄丸に問い掛けた。


「あの?師匠、福永さん、見かけませんでしたか?」と


 正栄丸は「しまった!」と言うような表情を浮かべ、何をどう女に説明して良いのか迷った。


 女はその正栄丸の不安気な表情を見遣ると防波堤から滑り降り、正栄丸の前に行き、


「何かあったんですか!」と詰め寄った。


 正栄丸は女の慌てぶりに戸惑い、こうも思った。


「ほんまこの子、福永はんの恋女房みたいやわ!


 なんとかせんとあかんわ…」と


 そして、正栄丸は男の居るバラック小屋を見遣りながら、女にこう説明した。


【福永はんは、明日から自分とこの船に乗り遊漁船の仕事を始める。

 イカ釣りはもうしない。

 出港は朝の5時

 福永はんはもう寝ている頃だ】と


 女は息を切らせながら聞き終えると、いきなり頭を下げ、


「私も一緒に乗せて下さい!」と正栄丸に頼み込んだ。


 正栄丸は困り顔をしながら、


「あんた、船乗ったことあるん?」とだけ聞いてみた。


「ありません!」と女はキッパリと言い切った。


 それを聞き、正栄丸が船の掃除を再開し出したのを見て、女は、


「でも、大丈夫だと思います。


 お願いです。


 私も一緒に乗せてください!」と


 正栄丸は甚だ困った表情を浮かべ思案した。


「そうやなぁ、この子、何週間もここに通って福永はんと釣りを楽しんどったなぁ。


 それをワシが邪魔したさかい…」


 正栄丸は掃除の手を緩め、こう女に問うた。


「あんた歳は?」


「22歳です。」


「学生さん?」


「いえ、大学は辞めました。」


「ご両親と一緒に住んどるか?」


「はい、両親と住んでます。」


 ここまで聞くと正栄丸は至極当然の条件を女に投げかけた。


「そやったら、ご両親の許可が必要や。」と


 女はきっと正栄丸を睨み、こう言った。


「私はもう22歳です。子供じゃありません!」と


「そやけど、ご両親、びっくりしなはるわ!

 あんたになんかあったら、ワシは責任とれんでぇ!」


「分かりました。両親の許可を貰ってきます。

 絶対、私、乗りますからね!」と


 女はほっぺを膨らませ、正栄丸を睨みながら車に戻ろうとした。


 その時、既に正栄丸の気持ちは、女も一緒に乗せるつもりでいた。


 正栄丸はプンプンと怒りながら車に向かう女を見てこう思った。


「あの子、よっぽど福永はん、気に入っとる。


 自分の父親みたいな福永はんを…


変わった子やわ!


 ほんま、あの2人は変人やわ!」と


 そう思うと正栄丸は何か楽しくなり、車に戻る女に野暮を放った。


「あんた、どうして、そんなに船に乗りたいんや?」と


 女はスッと立ち止まり、正栄丸に向かって大声で叫んだ。


「師匠と一緒に居たいからですよぉー!」と


 正栄丸はしたり顔をし、「分かった、分かった」と笑いながら、女に手を振った。


 午前4時半


 男はバラック小屋を出て、新正栄丸に向かおうとした。


 すると、船泊りに見慣れた京都ナンバーのSUVの車が止まっている。


 男は首を傾げながら白灯台を見遣った。


 当然、女の姿は無かった。


 その時、


「師匠!」と女の声がした。


 男は驚いた。


 女が既に新正栄丸に乗り込んで、こちらに手を振っていた。


 男は狐に摘まれたよう新正栄丸に乗り込み、操舵室に居る正栄丸の方を見遣った。


 正栄丸は不貞腐れた表情を浮かべ、


「どうしても福永はんと一緒に居たいんやとさ!」と言いながら、女に顎で促した。


 女は照れ笑いを浮かべながらスマホを男に、


「これ、見て!」と言い、手渡した。


 女はニコニコ笑って、男がどんなリアクションをするのか待ち望んだ。


 女のスマホには動画が録画されていた。


 男は再生ボタンを押した。


 動画が流れ出した。


 動画には女の両親と推測される夫婦が和かに顔を並べていた。


 そして、


「亜由子の母親です。


 この度はご迷惑をお掛けします。


 正栄丸さん、福永さん、どうか、この子を船に乗せてあげてください。


 私どもからもお願いします。」


 その動画は母親が話し、隣で父親らしき男性が和かに何度も何度も頭を下げていた。


 事の成り行きが全く分からない男は、したり顔の女にスマホを戻すと、


「正栄さん、どうなってますの?」と正栄丸に問い掛けた。


「かまへん、かまへん、ワシと亜由との約束やから!


 かまへんのや!」と、正栄丸は笑いながら女を見遣った。


 女は男の肩をポンポンと叩きながら、


「そう言うことや!かまへんのや!


 福永はん!」と正栄丸の口真似をした。


 男も流石に笑顔を見せて、


「よう分からんが、頼むぞ相棒!」と言いながら、女の肩を叩き直した。


 女はニコニコ笑っていた。


「さぁ、行くでぇ!今日は下見や!


 あんた達には魚を釣って貰うさかい、頑張ってや!」と


 正栄丸が事の顛末を逃げるかのように出港の合図をした。


 正栄丸はゆっくりとバックで船を動かし、方向転換をし、白灯台の方から外海に船を出した。


 海は朝日でオレンジ色に眩しく輝いていた。


 男は隣で潮風に靡く女の髪の毛を見遣り、そして、髪の毛の間から見えるオレンジ色に照らされた女の華麗な横顔を和かに見つめ、


「猫みたいに懐きやがって…」


と、心の中で独り言を呟いた。


 

 

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