悪魔はカナリアを探している

宵月碧

プロローグ



「──まいったな。子どもは得意じゃないんだ」

 

 漆黒のロングコートに身を包んだ長身の若い男は、そう言って大袈裟に肩を竦めた。

 高級感溢れる皺ひとつないコートの裾を掴む汚れた小さな手に視線を落とし、形のいい薄い唇を妖しく歪める。

 

「望むものがあるのなら、対価をもらおうか。子どもであっても、例外はないよ」

 

 ぼさぼさの長い髪の隙間から、ペリドットの宝石のように輝く新緑の瞳を覗かせ、年端もいかない少女は男を見上げた。

 雪のちらつく季節にもかかわらず、たった一枚の薄汚れた布切れの服に素足の少女には、支払える『対価』などあるはずもない。分かっていながら素知らぬふりで微笑む男を見つめたまま、少女はごわついた赤茶色の髪を両手でぎゅっと握り締めた。

 

 期待に満ちた無垢な瞳を向け、握った髪を前に突き出す少女の姿に、男は眼帯で隠れていない方の目を丸くする。

 

「──……キミのその自慢の髪を対価にしたいって?」

 

 こくりと頷く少女を見下ろし、思わず、といった様子で男は吹き出した。すぐさま片手で目を覆い、押し殺したようにくっくっと喉で笑う。

 

「確かに、充分な対価だ」

 

 目元を覆う手から覗かせた鮮やかな金色の左目を光らせ、心底愉快そうに呟いた。

 

「では、先払いということで」

 

 男が目を細めて言い終えたのと同時に、──パチン、と大きく指が鳴った。

 

 弾けるような合図に合わせて少女の長い髪が耳下から突然ばっさり切れると、ふわりと宙に浮き上がって男が差し出す手のひらへと引き寄せられていく。一本たりとも逃さず集まった少女の髪は、くるくると円を描きながら男の手の中心でひとつの塊となり、赤く発光した。

 

「まあ、こんなものかな」

 

 男の手のひらの上で輝く豆粒程の真っ赤な美しい宝石に、少女はすっかり短くなった自身の髪に触れ、大きな瞳をぱちくりと瞬いた。

 つい今しがたまで少女の髪の毛であったものが、あっという間に艶めく宝石へと変わってしまったのだ。

 

「魔法……」

 

 消え入りそうな声にどこか感嘆の色を滲ませた少女に向かって、男は左手を腹部に当てながら紳士的にお辞儀をすると、蠱惑的な微笑を浮かべた。

 

「それじゃあ、キミの望みを叶えようか」

 

 差し出した手に小さな手がそっと重なると、男と少女はその場から忽然と姿を消してしまった。



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