エマの精霊

「どういうことですの?」

「何で? 私精霊と契約したことなんてないよ?」


 私とお姫様がおじいちゃんに詰め寄る。お姫様はさっき私と契約してくれるみたいなことを言いかけた気がした。お姫様も私と一緒に居たいと思っていてくれていたのだろう。


「なんじゃ、本当に気付いとらなんだのか。少し待てば来る。ワシは薬を作ってくるから、ここに居ればよい」


 そう言っておじいちゃんはどこかに行ってしまった。何の説明も無かった。


「エマ、何で既に契約した精霊がいるのに試練を受けているんですの?」

「そうだよ! ボクも聞いてないよ!」


 今度は私が詰め寄られた。二人は少し怒っているようだが、そんなこと言われても私にも分からない。


「私にも分からないよ。そもそも精霊との契約の仕方も知らないし」

「精霊との契約はエマが精霊へ名をつけて精霊がその名を受け入れれば完了ですの。今まで誰かに名を付けたことはありませんの?」

「そんなこと無いと思うけど」


 今まで私が人に名を付けたことは無いはずだ。動物はあるけどお姫様似たいな人に名前を付けたことは無い。


「エマ、試練が終わったと聞いたから来たぞ。ずいぶんと早かったな。早くてももう数日はかかると思っていたが」

「あ、お母さん」


 ヴァレリーさんが部屋に入ってきた。後ろにはグレースもいる。


「私いつの間にか精霊と契約していたそうだけど、何か知らない?」

「ヴァレリー佐様、だから言いましたのに。エマ様が困惑しておられますよ」

「良いんだよ、アタシはこの顔が見たかったからねえ。困ってるエマも可愛いな」


 二人はどうなっているのかが分かっているらしい。私を困らせる為だけに黙っていたようだ。本当にこの人は……。

 ふと、ヴァレリーさんの後ろから誰かが顔を出した。


「あなた、戻ってきていたんですの?」


 私は誰か分からなかったが、お姫様は誰か分かっているようだ。他の精霊だろうか。長い金色の髪に黒いコートを着ている。背が高く、豹を思わせる目も相まって、格好いい人だ。髪から猫耳が生えている。猫耳!? その人と目が合った。彼女は少し首をかしげている。


「エマ、シュラのこと忘れた?」

「シュ、シュラ?」


 自分の事をシュラと名乗った彼女はヴァレリーさんの元を離れて私の元へ近づいてくる。少し低い声だ。ハスキーボイスと言うものだろうか。私の知っているシュラは豹の様な猫で人間じゃない。この子は私の知っているシュラではない。

カノジョは私に近づいて、後ろを振り向き、コートを脱いだ。彼女のお尻の上からは尻尾が生えていた。その尻尾に鈴が付いた、黒いリボンが巻かれていた。


「あなた、本当にシュラなの?」

「シュラは、シュラ」

「エマが里に来る途中で拾ったこの猫は精霊だったんだよ」

「じゃあ、シュラがエマの精霊?」


 シュラはコートを着直して私に寄り添ってきた。顔をぺろぺろ舐めてくる。くすぐったい。


「ちょ、ちょっと! ワタクシ達にも説明して欲しいですの!」


 お姫様が急に声を上げた。気持ちは分かる、私も状況が完全には理解できていない。


「分かったよ。エマ達が試練をしているうちにシュラの話も聞いたからまとめて説明するよ。グレースが」

「かしこまりました」


 この人流れるようにグレースに丸投げした。グレースは当たり前のように受け入れる。この人達私が来る前はずっとこんな感じだったのだろうか。


 そこからグレースの説明が始まった。まず、シュラが何故川で傷を負って横たわっていたのかというところから始まる。シュラはお母様が病で倒れたことを知って、一人で薬草を取りに旅に出たところだったそうだ。猫の姿になっていたのは目立つから精霊だとばれないためにだった。傷を負っていたのは偶然近くを通りかかった熊に襲われたからだった。辛うじて逃げ切ったのはいいものの、傷を負ったため一端里に帰ろうとしていたところを私達が偶然助けたのだった。その後、色々面倒を見てくれた恩返しで、私の精霊になってくれたという話だった。


「大体分かりましたの。それで今はシュラというのですね?」

「ん、エマがくれた、名前」

「それにしても傷を負うのは自業自得ですの」

「死なせたく、無かったから」


 そう言ってシュラはお母様の方を向いた。シュラもお母様が元気なころは面倒を見てもらっていたらしい。お母様はシュラを見て微笑んだ。


「ありがとう、でもシュラにも怪我して欲しくないのよ?」

「ごめん、なさい」


 シュラがしたことは危険なことだ、実際被害が出ている。でも誰かのためにためらいなく行動に移せるのは凄いと思った。私は台を作り上に乗ってシュラの頭を撫でる。そのままだと私の身長ではシュラの頭に届かない。シュラがあの猫だと分かった今は完全に猫扱いをする。シュラは「にゃ~」と鳴いていた


「すごいね、シュラは」

「ん、エマも、すごい」

「私?」

「薬草、作った」

「それは私だけじゃなくてアレクシアがいたからだよ」


 私とシュラは横にいるアレクシアに目を向ける。シュラはアレクシアの黒い眼をのぞき込んで。


「あれがとう」

「うん、ボクも頑張ったんだよ! だからエマ、ボクも撫でて!」


 アレクシアは「ん!」と言って私に頭を向けてきた。シュラが羨ましかったのだろうか。シュラと一緒に撫でてあげると二人とも同時に顔を緩ませた。


「アタシも撫でろ!」

「手が空いてない」

「そうか、じゃあアタシが撫でる!」


 バッサリと断ったはずだがさらっと受け流して私の頭を撫でてくる。頭を撫でられて揺れた髪の毛が視界に入る。未だこの銀髪には慣れない。私の髪じゃないみたいだ。


「そこまでですの。薬草ができたとはいえまだお母様は病人。病人の前ではしゃがないで欲しいですの」

「ごめんなさい」


 みんなで謝り撫でるのをやめる。忘れかけていたがここは病人の寝る寝室だった、あまりはしゃぐのは良くない。


「ふふ、元気なことは良いことですわ。私も回復したら混ぜて下さいな」


 お母様はあまり気にしていないようだ。単に優しいだけかもしれないが。


「薬ができたから持ってきたぞ。ほら、飲むのじゃ」


 おじいちゃんが戻ってきた、手には青汁の様な緑色のスープの様なものがある。匂いも青汁の匂いだ、私は嫌いではないが人によっては苦手かもしれない。シュラとお姫様は顔をしかめている。アレクシアは大丈夫そうだ。お母様が薬を飲んだ。お母様も平気な顔をしている。


「薬も頂いたことですし、少し寝させていただきたいのですが」

「皆様、今日はこれまでですの。ワタクシはお母様の世話をしますので、また明日ですの」


 薬を飲んだので、お母様は休むことになった。私達は邪魔になってはいけなので挨拶をして家を出た。お姫様とおじいちゃんは看病のため家に残った。

 私達はお寺に戻る。何気にヴァレリーさんとグレースは初めて来る。昔来ていたかは知らないが。


「早く薬が効くといいね」

「そうだね、お母様には早く元気になって欲しい」

「今、何て言った?」


 急にヴァレリーさんの声が低くなった。ハイライトを失った赤い目で私を見てくる。


「お母様には早く元気になって欲しいって言ったけど」


 私はさっき言ったことを繰り返す。するとヴァレリーさんは次第に目に涙を溜め、


「うわあああああ! エマに、エマに捨てられたあああああ!」

「ちょっと!?」


 大声で泣き始めた。

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