お姫様

 繊細そうな美少女が宝石を思わせるような赤い目で私達を見ていた。水色のドレスに、腰まで伸びた金髪にはティアラが乗っている。昔絵本で見た姫様みたいだ。


「聞いているんですの? 人間の分際でなにを無視しているんですの?」


 お姫様みたいな人が目を吊り上げて睨んできた。少し答えるのが遅くなったことに怒っている。あまり怖くないが怒らせたままでは良くない。


「家の中を見ておけっておじいちゃんが言っていたからこの部屋を見ていただけです」

「あら、そうでしたの。ところでおじいちゃんとはワタクシのお父様のことですの?」

「うむ、そうじゃ。今答えたのがエマ。その横にいるのがアレクシアじゃ。アレクシアがワシにおじいちゃんという愛称をくれたんじゃ」


 驚いた。お姫様はおじいちゃんの娘だった。似てない、どう見ても似ていない。というか見た目の年齢差がありすぎる。人間目線で言ったら60歳以上は確実に差がある。訳アリの親子なのだろうか。


「エマとアレクシアと言うのですか。ワタクシはこの里の姫ですの。最初の試験でワタクシの身の回りのお世話をさせてあげますの。光栄に思うといいですわ」

「よ、よろしくお願いします」


 このお姫様少し高圧的だ。でも薄いい胸を張っているのは少し微笑ましい。大人になりたくて見栄を張っている子供のようだ。私にもあんな時代があった、お母さんを安心させたくて頑張っていた頃の話だけど。


「アレクシア? どうしたのです? ワタクシに何か不満でもありますの?」


 横をみたらアレクシアがじっとお姫様を見つめていた。お姫様は試練の相手が自分であることに不満があると考えているようだ。でも、この場合はこの部屋を漁っていた後ろめたさを感じているのか、それともこの部屋を見た時同様お姫様に見とれているのみたいな理由だと思う。


「きれい……」


 後者だった。アレクシアは村を出てからいろんなことに目を輝かせていて、特にこの部屋は惹かれていたからお姫様にも同じようになっているのだろう。


「ッツ!! あなた、このワタクシの魅力が分かりますの!?」


 お姫様が急に凄い顔をしてアレクシアに詰め寄った。鼻息が荒い。さっきまでの高圧的な雰囲気が完全に壊れていて、ただの興奮している少女になっている。


「うん、お姫様すっごくきれい」

「そうですの! ワタクシは綺麗ですの! この里の者たちは可愛いとか言いますけれどワタクシは綺麗ですの! 美しいですの! アレクシア、あなたは良く分かっていますの! 褒めて差し上げますの!」

「お姫様は綺麗なものが好きなの?」

「そうですの! ワタクシのお母様は綺麗なお方ですの。だからワタクシもお母様みたいに綺麗になるのですわ。それなのに里の皆は揃って可愛い可愛いと、いつまでも子ども扱いは止めてくださいましと言っているのに聞かない方々ですの」


 自分の胸に手を置いて堂々と告げる姿からお姫様はそのお母様の事が大好きで憧れていることが伝わってくる。私と一緒だ。お姫様はそんなお母様を目標にしていて、綺麗なお母様みたいになりたいから可愛いと言われるのが嫌だといった。その姿勢は私も可愛いと思う、母を追いかける子供って感じだ。それを言ったら私も怒られそうだから絶対に言わないが。でも一つ気になることが出来た。


「でもこの部屋は可愛いよね?」


 綺麗なものがいいと言っている割には部屋が可愛すぎる。本当は可愛いものが好きなのではないのだろうか。お母様を追うばかりにその気持ちに気付けていないだけではないのだろうか。


「これはお父様とお母様から頂いたお部屋ですわ。 ワタクシが生まれた時にワタクシのために作って下さったの。だからワタクシはこの部屋をこのまま使うのですわ」


全くの見当外れだった。生まれる時にここまで凄い部屋を作ってもらえるのは愛されている証拠だ、お互い愛し合って一緒に居られる家族。とても羨ましい、私にはもう無いものだから、お姫様には大切にしてほしいと思う。


「お母様もお姫様のこと大好きなんだね」

「そうですわ、だからワタクシはお母様が胸を張って自慢できる娘であり続けるのですわ」

「ボク、お母様にも会ってみたい! お母様はどこにいるの?」

「そうですわね……あなた達なら良いでしょう。最初の試練が終わったらお母様にお会いさせてあげますわ。まずは試練ですの。最初の試練は数時間後に夕食を作り始めるところから開始、せいぜい落ちないように頑張るといいですの。その話とこれとは別ですの」


 最後また少し高圧的になった。お姫様は仕事とプライベートは分けるタイプで、仕事にはプライドを持って挑む人の様だ。元の性格もあるだろうが。

 お姫様のお母様は今実家にいると教えてくれた。お姫様はアレクシアと同じくらい美しい容姿をしている。この二人は日本も含めた私の人生で見た女性の中でもトップクラスの容姿を持つ人達だ。そのお姫様のお母様だ、今まで見たことないくらい綺麗な人なのだろう。


「じゃあまだ時間があるね。 ……お姫様、ボク一個だけお願いがあるの」

「あら、どうしたのかしら。あなたたちのお願いなら台歓迎よ。ワタクシにできることなら何でも致しますわ」

「ボク、お姫様が着ているようなドレスを一度だけでもいいから着てみたかったの。お願いします、ボクにもドレスを着させてください!」


 そうって頭を下げるアレクシア、目をぎゅっと閉じてお姫様の答えを待っている。アレクシアとしてはまたとないチャンスだ、私が錬金術で作れないこともないがここにあるドレスは見るだけで分かる高級品だ。私はドレスを仕立てる技術があるわけでは無いから私が作ると見よう見まねになってしまう。プロが作ったものには適わないだろう。


「いいですわ。特別に許可しますの。あなたたちはワタクシの美しさが分かる方々、ともに母様の美しさを目指すのですわ」

「やった。ありがとう、お姫様」

「これくらい当然ですの」


 アレクシアは私とキスした時と同じくらい可愛い笑顔を見せている。お姫様にちょっと妬けた。アレクシアのあの笑顔は私だけのものと思っていたのに。


 それからお姫様が全く話に参加していなくて私は完全に存在を忘れていたおじいちゃんを部屋から追い出して部屋のクローゼットを開け、三人がお互いドレスを着て見せ合うファッションショーが始まった。クローゼットには赤、緑、紫、黒など様々な色のバリエーションやプリンセスラインやバルーンラインなど形の違うものがずらりと並べられており、丈の長さもまちまちであった。

 アレクシアはどんどん新しいドレスを引っ張り出しては自分出来たり私達に着せたりしている。脱いだドレスはベッドやソファに散らかしているのでお姫様に怒られるかと思ったが、アレクシアがドレスをほめちぎっているおかげで気になっていないようだ。二人で盛り上がっているうちに少しでもドレスを片付けておく。


「このドレス何?」

「えっと、これは……」


 ドレスの種類が多いのでドレスを出してはアレクシアが質問してお姫様が答えるというやり取りを何回も繰り返している。中にはハロウィンの仮装用のドレスのようなものまであったので、本当に美しい女性を目指しているのかと少し思ってしまった。


「アレクシアはドレスが似合いますわね。宝石なども身に付けて飾ってみましょう、こちらをどうぞ」


 お姫様は宝石の付いたネックレスを取り出してアレクシアの首にかける。アレクシアはその場で一周回って私に見せてくれる。こうしてみるとアレクシアもお姫様みたいだ。


「エマはその指輪があるから他の装飾は必要ありませんわね。どこで手に入れたんですの?」

「おばあちゃんの形見みたいなものかな」

「まぁ、そうでしたの。大事なものですのね」


 今考えればこの指輪が手元にある唯一の方形見になる。なんとなくこの指輪を外さなかったのは無意識でそのことが分かっていたからだろうか。そう考えているうちにドアの外から声がした。


「そろそろドレスは着終わったかのう」

「あら、もうそんな時間ですの。今から片付けますの。少しお待ちを」


 そろそろ試練が始まる時間の様だ、私達は散らかったドレスを片付け始めた。


「お姫様、ボク、もう一つお願いがあって」

「なんですの、もう時間が無いから答えられる願いは少ないですの」

「ボク、寝る時ここで寝てみたい、エマとお姫様と一緒に」

「その程度、いつでもどうぞですの。二人はもう大事な友達ですの。里にいる間はここで寝るといいですの。」

「いいの? やったー! 料理頑張るから、楽しみにしててね!」

「ふふ、期待していますの」


 アレクシアは嬉しさのあまり飛び跳ねて喜んだ。お姫様に注意されている。今日はここで寝る事になったのは私も嬉しい。私も女の子だ、こういうお部屋に住んでみたいという願望はある。ドレスをしまい終え、お姫様は部屋のドアを開けた。


「さて、では行きますの。試練の開始ですの」

「いや、最初の試練は精霊と仲良くなれるかを見る試練じゃから、エマとアレクシアはもう合格じゃぞ」


 私達は最初の試練に合格した。

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