第6話 続く悪夢

 一ヶ月後。

 二人からの連絡は……まだ、こなかった。


(早く。早く助けに来てくれ……二人ともッ!)


 かつて交わした約束を胸に、必死になって生き急ぐ。

 しかしそれから更に二ヶ月も経過すると、僕の心と体はとうに限界を超え、こらえようのない怒りと不満、苛立いらだちだけが鬱屈うっくつつのっていった。


 どうして二人は連絡をよこさないんだ?

 シズ姉ぇは毎日手紙も電話をくれるって、あんなにも泣きながら言っていたじゃないか!


 孝太郎はどうだ? 遊びに行くと言いながら、あいつは今何をしている?

 あいつはMASKの嫡男ちゃくなんだ。権力のある御曹司なんだ!

 僕の引っ越し先を不審に思い、調査をしてくれたっていいはずじゃないか。

 なのにどうして、どうして何も連絡がこない!?


 極度のストレスと、肥大化した疑念が自分の中でち満ちていく。

 それでも僕は、やがていつかは、いつかは二人がきっと助けにきてくれると……そう信じ、ただ地獄のような日々を過ごしていた……。



 ある日僕は、看守同然の部隊長に連れ出された。

 連れて行かれたのは妙に広い盆地ぼんち

 そして施設から伸びる長いパイプ……それはダストシュートだった。


 僕にシャベルを渡した職員はこう告げる。


「お前の仕事はゴミ係だ、このダクトから流れてくるゴミを埋めろ」


 混乱している僕に、ダクトからドサリと落ちてきたものを男が指差す。


 それは、人間の死体だった。

 訓練や人体実験に耐えられぬ者は命を落とし、ここに葬られるという。

 僕に与えられた仕事は墓堀はかほりのそれであった。


 彼らの悲惨な末路を目の当たりにしながら、明日は我が身と不安に陥る。

 底知れぬ恐怖に駆り立てられながらも、僕はただただ与えられた仕事をこなすしかなかった。


 ――そして悪夢のような日々は、ある日を境に転換を迎える。


 それは、絶望という言葉が形を得て目の前に現れたと断言できるほどに、辛いでき事だった。


 いつもの死体処理。

 怪我や病気、訓練のミスで命を落とした者。新薬の被検体で異常な姿となり果てて命を落とした者など、死因は様々だが、僕は土気色つちけいろの……かつてヒトだった者を掃除するために、日夜無惨な遺体を墓地へと葬る。


 そしてそれは、いったいどのような経緯を経てここに運ばれてきたのか……。

 僕が相対したその人物は、あれほどまでに再会を切望していた家族の変わり果てた姿だった。


「か……母さん……?」


 既に温かみが失われて久しい、蒼白の遺体。

 母の亡骸を眺めながら、僕は力なく呟く。

 家では明るい笑顔を絶やさなかった母は、今や物言わぬ屍となり……それはもう、母であった肉塊でしかなかった。


「うっ、ぅぁ、ぁぁっ……。あ、ああっ……ああああァァァアアアアーーッ」


 声にならぬ絶叫。

 慚愧ざんきの念に、ただただ声を上げて嘆き悲しむ僕は、一切の救いなどないことを思い知らされていた。


 なぜッ、どうしてッ、こんなことに! こう……なってしまったのか……。

 希望である幼なじみの二人。

 彼らの助けがもっと早くにあったなら、母さんとて命を落とさなかったかも知れないのに!

 だけども、もう……遅い! 大切な家族は失われてしまったのだ。


「ぅぅっ、うううっ、うあぁっ、母さん……母さんっ……ううううぅぅぅッ」


 ひどい。怖い……!

 イヤだ。もう、何もかもいやだッ! 早く助けてくれ!!

 僕を見つけ出して、さっさとここから連れ出してくれ!

 この地獄から僕を救うことを、MASKの御曹司と令嬢であるあの二人なら……きっとできるはずなんだ!

 信じるんだ。泣きながら別れた、あの時の絆を信じよう……!


 僕は母の遺体の前で泣き続けながら、自分の無力さを詫びることしかできなかった。


 ――それから、五年後。未だに僕は、ここにいる。

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