第46話 退助 死刑執行


 北海道が沈没し始めたというニュースは、避難所を恐怖の底に叩き込んだ。

 ニュース映像では、襟裳町がすでに水没を始めている様子が映し出されている。幹線道路沿いのコンビニの床まで、海の波が静かに押し寄せており、その勢いは穏やかだが、太陽が進む程度の速度でゆっくりと侵攻する波と海面は、容赦なく、そして決然と町を飲み込もうとしていた。

 沈没ときくと、激しい地震とともに地面が降下する印象があるが、映像ではただ単に海面が上昇しているだけに見える。それはまるで満ちてくる潮が、引くことなくいつもでも満ち続けるかの如くであった。

 また別のニュースでは、同じ現象がオーストラリアで起こっており、こちらは極めて激しいペースで大陸自体が沈没を開始しているとのことだった。

 超地震による避難所生活。いつ復旧できるとも限らない都市機能の麻痺。さらには異星より飛来したジャバラによる侵略行為と大虐殺。そこへもってきての、北海道沈没である。

 これでは、いつ関東平野が沈むかもわからない。オーストラリア大陸が沈むのならば、これからはもう地球上のどこに逃げても安全な場所なんてないような気がする。いや、気がするだけではないだろう。

 そして、その不安はじわじわと避難所の人たちの心を、知らず知らずのうちに蝕んでいった。

 最初に退助が、あのインチキ超能力者の神波羅退助であると山賀に告げたのは、退助といちばん仲の良かった水野という中学一年生だった。彼はその情報を山賀に与えた手柄により、いつも山賀のそばにいるようになる。

 いきなり校舎の三階教室に呼び出されて、退助が全員から尋問を受けたときも、水野は山賀のそばにいた。いつも自分にべったり張りついて、「先輩、先輩」いっていた水野の裏切りには、腹が立つよりも恐ろしさを感じた退助であった。

 退助はみんなに尋問され、自分がインチキ超能力者であることを認めさせられ、そして謝罪させられた。冷たい教室の床に何時間も正座させられ、謝罪の言葉とともに土下座させられた。退助が額を冷たい床にすりつけると、誰かが彼の後頭部を踏みつけた。

 ごりごりと怨念をこめて退助の頭を踏み割ろうとする。その足が離れ、痛む額を抑えながら顔をあげると、そこには笑顔で彼を見下ろす水野の浮かれたような目があった。

 そののち、退助は責任を取れと、強要される。彼らによると、宇宙の果てからジャバラを呼んだのは、退助の超能力であるということになっていた。最初はインチキ超能力者であるという理由で弾劾されたはずなのに、いつの間にか話はいれかわっていた。

 退助は彼らから暴力を受けることが日常となった。

 やがて北海道が函館を残してほぼ水没した日には、その罪を償わせるという名目で彼を死刑にしようという提案がなされたらしい。

 だれの提案かは知らない。だが、山賀の隣で退助のことを見つめる水野は、自慢げに胸を張っていた。なにか自分がまた、大きな手柄を立てたかのように。


 そして、翌日退助の死刑が執行されることになった。

 彼は駐車場に連行され、そこで黒崎の姿を見つける。そして、その場でジャバラのブシの群れに襲われ、退助と黒崎は運よく助かった。そして、ポーラスターで死出の旅にでたのだった。



 国見サービスエリアでの食事のあと、退助たちはポーラスターにもどった。

 山の中、ジャバラの数が少ない地域ではあるが、油断はできない。優秀なセンサーをもつ飛翔体ロクボウやセイレイは超音速で飛行するし、そいつらが熱や光に反応して襲ってこないとも限らない。食事を終えた退助たちはトレーラーにもどり、サービスエリアの一番端に車を停め、車内で毛布にくるまって一夜を過ごすことにした。


 季節はまだ早春。しかも、地球自転が遅くなったことと、つねに惑星ラクシュミーが地表に影をおとしている影響で気温のあがりは悪い。昼は寒く、夜はさらに冷える。

 しかし、ジャバラの攻撃を考えるとエンジンをかけて眠ることもできず、三人は倒したシートのうえに何枚もの毛布にくるまって、雪山遭難者のように眠りについた。


 何時間か眠ったら、さっき炊いたご飯でつくったおにぎりを朝食にして、暗いうちから出発する。目指すは青森県恐山に鎮座するジッカイ。その直径二キロの侵略兵器に攻撃を加えるのが、この作戦の目的であった。

 ただし退助はまだ、その作戦の詳しい内容を聞いていなかった。気にならないといえば、嘘になるが、事前に聞いても意味はないと思っていた。まずは目的地に着くこと。あとのことはそれから考えればいい。

 彼も毛布の山の中で身体を丸め、最後になるかもしれない睡眠をとった。つぎに眠るときは、命を失う時。そんな予感がしていた。


 はっと気づいたとき、ピリピリと鳴るアラームの音が響いていた。暗闇の中、目を凝らすと、ダッシュボードに置かれたデジタル時計が電子音を奏でている。時計が指すのは午前六時。ただし、実際の時刻ではない。これは寝る前に黒崎がセットした時刻で、つまり六時間眠ったということだ。隣のシートで毛布の擦れる音がして、黒崎が起き上がる。

 手を伸ばしてアラームをとめ、大きなあくびをした。

「おーい、時間だぞ。みんな起きてるか」

「はい」

 明瞭な声で後席から倉木が答える。すでに起きていた様子。退助も身を起こし、毛布の中から頭を出した。

「いま起きました」

 一応正直に言っておく。

「よし」

 黒崎は手早く毛布をたたむと、ポーラスターのエンジンを始動した。

「エンジンが温まったら出発する。それまでに朝のトイレはすませておくように。このあとどうなるかはもう、俺にもまったく分からないからな」


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