第4話 孔冥と秀吉 軌道変更
秀吉がつぎに孔冥のもとをおとずれたのは、四日後のことだった。
その時にはすでに、例の巨大小惑星は発見者により『ラクシュミー』という命名がされており、世界中の天文台の観測により詳細な軌道データが集められつつあった。
だが、秀吉が「高野屋」のどら焼きを手土産に研究室に入っても、孔冥はちらりと一瞥を与えたのみ。ろくに挨拶もせずにディスプレイを睨んでいた。
「どうした? なにかあったか?」
「ラクシュミーだよ」孔冥はぶっきらぼうに答える。「あの遊星だ。あれは、やばいぞ、秀吉」
新惑星発見のニュースは、昨日あたりからテレビのワイドショーでも取り上げられるようになっている。それはそうだろう。なにしろ火星より大きな惑星が発見され、しかもそれが外宇宙から飛来したものらしいという発表がされたのだから。
いま現在土星方向へ飛翔しているこの新顔の惑星が、今後太陽系の新しい家族となるのか、はたまた旅人としてふたたび太陽系外へ飛び去るのかが、世間の注目を集めているところである。
「別にやばくはないだろう」秀吉は手にした土産物の手提げ袋を孔冥に渡す。「ラクシュミーはあのまま土星をかすめて太陽系外に出るって話じゃないか」
「それが変わった」
孔冥はそっけない。
「変わった? とは?」秀吉は首を傾げる。「さっき見たニュースでは、そんな話出てなかったぞ」
「いまさっき、カタリナ・スカイサーベイから発表があった。軌道観測に間違いがあったらしい。ラクシュミーは土星に向かっていない。新しい軌道計算の結果、あの大惑星は地球へ向けて飛翔中だということだ」
「地球へ向けて?」
さすがに秀吉も眉をしかめる。
「観測結果が間違っていたのか?」
「カタリナ・スカイサーベイを始め、各天文台が観測ミスを認めている。三鷹の国天もだ。だが、おかしい。僕は三鷹の加賀に確認したが、たしかに当初ラクシュミーは土星に向けて飛翔していたという話だし、そのデータも送ってもらった」
「で、まさか地球と衝突したりはしない……よな」
「安心しろ」孔冥は無表情に秀吉を見上げた。「衝突するとしても、僕たちにできることは何一つないから」
「いや、おいっ」
「新しい軌道計算によれば、衝突の危険はない。だが、予断を許さない状況だな」
「また、計算ミスが起きると?」
「いいや」小さく首を振り、孔冥はディスプレイに集中する。「向こうが軌道を変えてくるかもしれないからだ」
「向こう、とは?」
「ラクシュミーだ」
「言っている意味がわからん」
「いいか、秀吉」孔冥はきらりと光る瞳で彼のことを見上げる。「当初、ラクシュミーは土星を目指していた。だが、なんらかの理由で軌道を修正して、いまは地球へ向かっている。これがどういうことだか分かるか?」
「惑星が軌道修正なんてするのか?」
「しない。少なくとも太陽系の惑星に、自ら軌道を変えるような天体はない」
「あー、それはつまり」秀吉は顔の前のハエを追い払うような仕草で手を払った。「どういう意味だ? 分かるように説明してくれ」
「天然自然の天体ではないのかもしれない。もしかしたら、惑星サイズの宇宙船である可能性もあるということだ」
「いや、それはなんでも……」秀吉は口ごもり、言葉を探す。「えーと、SF小説の読み過ぎじゃないのか?」
「通信衛星のアイディアを最初に出したのは、科学者でも技術者でもない。SF作家のアーサー・C・クラークだ」
「だが、しかし……。荒唐無稽過ぎる」
「僕に言わせれば、宇宙空間を飛翔する惑星が軌道を変更すること自体が、荒唐無稽過ぎる。そして、それが実際に起こっている。一番の問題は、世界中の科学者がその事実を認めようとしていないことだ。ちがうか?」
秀吉はたっぷり一分間、孔冥の瞳を見つめた。そして、一分一秒後に口を開く。
「どうすればいい?」
「今できることを、今すぐ始める。それ以外にない」
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