第9話 朝食ビュッフェ


 て、今は全力でビュッフェに立ち向かうべき時だ。客たちに負けず劣らずのバラエティ豊かな料理の数々が、フロアじゅうに配されている。やはり此処でも中華は強い。蒸籠せいろで蒸された焼売に饅頭。粥。胡麻団子も外す訳にはいかない――自分への罰の為に。

 当然、カレーもある。此処マレーシアではカレーはインド人の専売特許ではない。中華風、マレー風のカレーも在る中、それでもやはり最初にとるのはインド風。となれば、タンドリーチキンも外せない。ターメリックの香ばしい薫りが朝から食欲を刺激する。

 ナシゴレンはマレー風。湯気をたてる飯粒はインディカ米で、日本の焼き飯に比べると色が濃い。目玉焼きが乗っているのが、街の屋台より上品だ。

 向こうでは細巻き寿司がずらりと並び、味噌汁と中華卵スープとコーンスープの壺が仲よく続く。


 欧州の薫り漂う料理も多い。魚介類をふんだんに盛ったパエリア。目の前で注文に応じて焼いてくれるオムレツは、甘い湯気をたてている。その隣で焼かれているはパンケーキだ。禊の為と、思い切ってカヤとチョコレートをたっぷり乗せた。カヤとは、ココナッツミルクを卵、砂糖、パンダンリーフと一緒に煮詰めた緑色のジャムで、マレーシアでは何処でも見かける人気の一品だ。当然甘い。が、好きな人は癖になるかもしれない。


 慥かにホテルビュッフェも悪くない。何よりポーリィさんの至福の表情になってくれたのがこの日の収穫だった。



 今日はペナン島を離れ対岸のバタワースへ向かう。

 島から半島への移動手段には、連絡橋とフェリーの二つがある。遠浅の地形なのか、橋は中央部が吊り橋になっている他は海底にどっしり根を張った橋脚に支えられている。青い空、碧の海を背負った連絡橋のフォルムは、海の楽園を思わせ美しい。

 だが今回の移動はフェリーを使った。小さな船で、時間も十分そこそこの短い船旅だが、かつて海峡を往来した商人、旅人、海賊に兵隊たち、そんな名も知れぬ先人たちの後塵に名を連ねられるのならば光栄だ。

 フェリーの荷台に駐めた車から外へ出ると、対岸のバタワースに巨大なクレーンが幾つも望める。東洋の真珠とたたえられるペナン島は、美しさだけでなく、海上交通の要衝としてまたマレー半島への玄関として今尚その価値は高い。実はペナン港の設備の大部分はペナン島ではなく半島側に在るのだが、行政区分としては半島側のバタワースもペナン州に属するので、「ペナン港」の看板は偽りではない。


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