第16話 修正【完】

 国語の時間は自習となった。

 朧の奴は来ていたが、目が血走っていて、誰が見ても頭⋯⋯じゃなかった。異常だと気づいただろう。

 俺と西園寺を睨んで来るが、別に反応を示さない。

 学力テストも近いので自習になっても授業的に違和感はない。


 朧は黒板に自習と言う文字を書いて、俺と西園寺を呼んで国語室へと移動する。


「お前達、何をした?」


「何って、なんの事ですか?」


 俺が西園寺よりも少し前に出て朧に返事をする。

 朧は怒りを露わにして頭を掻き毟る。

 おいおい朧、髪の毛が数本抜けているじゃないか。

 ハゲたおっさんに成りたくないのなら止めな。


「分かってだろ!」


「いえ全く」


 即答する事で自分の意見を強く持つ方法。

 ま、実際は分かっているけどね。

 だが、あそこまでの内容を聞いて話す訳がない。

 暴力? してみろ。

 勝手に付いてきたクラスメイトボーイズアンドガールズ達の格好の餌食だ。


 朧がして来た事は普通に犯罪だ。

 だが、警察には言わない。

 そしたらこいつが犯した罪を精算するのに時間が掛かる。

 こいつは自らの行いを反省して、きちんとした物を払う必要がある。

 その為に、俺達は警察を呼ばない。


 裁判に成ったら普通にバレるだろうし、示談金も出るかも。


「ふざけるな! お前達が何をしたか分かってんだぞ!」


「なら、教えてくださいよ。俺達が何をしたんですか? そして、もしもそれが本当だとして、その証拠はあるんですか?」


「あぁ。近所の人がお前達の事を見たと証言してくれる!」


「それだけですか?」


「コンビニの防犯カメラもそうだ!」


「そうですか。事件性がない場合に見せてくれますかね? それだけで俺達が何をしたんですか?」


「そ、それは」


 こいつは学園側に家族が居る事を言っていない。

 設定上、表上は独身だ。

 そして、俺達がこいつは独身だと思っている可能性がある。

 だから下手な事は言えない。


 ま、朧の事なんて学校中に広まっているから家庭持ちなのは周知の事実なんだが。


 子供を盾に、誘拐とでっち上げる。

 だが、子供と一緒に奥さんも居るので誘拐に成らない。

 今までやって来た事を言えば罪に成るのはこいつだ。


 結果として、ここに呼んでこいつが得られる情報は何一つない。

 逆に、キレて俺達に暴力を使った場合、後ろのカメラで完全に朧は終わる。


「何もないなら戻っても良いですか? 貴重な自習時間を無駄にしたくないので」


「⋯⋯覚えていろよ」


「はい。きちんとテスト範囲は覚えておきますよ」


 翌日、内容証明を弁護士と色々と相談した奥さんは子供達と庭でキャッチボールをしていた。

 ミラさんが西園寺にその事を説明する。

 弁護士も「よゆー」と欠伸をしていたらしい。


 だが、その欠伸はすぐに終わったようだ。

 何故なら、こっから他の人の聞き取り調査に弁護士も同伴するからだ。

 朧の手を出した女の数は両手両足では収まらない。


 顔も知らない弁護士だが、頑張ってくれ。

 これ以上、朧被害者を増やさない為に。


 翌日から朧は長期休みに入った。

 まぁ知らね!


 こっからは奥さんと朧の戦いだ。


 奥さんが居る事を知っていて朧と関係を持っていた人の数、13人。

 ダブル不倫(全員お互いの事を知った上)、5人。

 全く知らなかった人(高校生や大学生、中学生が基本)、11人。


 旦那5人分とこれまでの行いの慰謝料を朧は背負う。

 奥さんの独身時代に貯めた金も使っていたらしく、その返済もあるようだ。

 さらに、奥さんは知ってた人18人に対しても慰謝料請求をした。

 未成年にも手を出した、と言う事で相手方の両親から刑事告訴。

 そして朧は海の上でマグロを取っているらしい。


 これは、この先数ヶ月の出来事のまとめである。



 朧が休みになってから国語の教師が代理の人に代わった。

 爽やかイケメンであり、人当たりもよく、すぐに学園に馴染めていた。

 分からない所も分かりやすく説明してくれるので、人気の先生にすぐに上がった。


 そして現在土曜日。

 今日はバイトが無く、西園寺が「温泉に行きましょう」と言う流れで皆で来ている。

 母親が居る時は、こんな所に来る余裕はなかった。

 昔よりかは幾分か楽だったが、それでも負担は母に行ってしまった。


 温泉の中は一言で表すと、西園寺の家にある風呂が数個ある感じだった。


「折角、西園寺がくれた初めての温泉の時間だ。長く楽しまなければ」


 一方愛海達の方は。


「先にお体を洗って、入るんです」


「はい」「うん!」


 温泉と言う大きな場所に恐縮する2人。

 屋敷程大きい建物では無いが、風呂の広さは断然こっちの方が大きかった。


「さらに外にもあるとは。温泉、一体どんだけ凄い所なんだ」


 愛海は驚愕のあまり、尻もちを着いた。

 普通に迷惑なので西園寺が運んでいる。

 背中の洗いっこ、等はなく、淡々と体を洗い風呂に入る。


「沢山の人が。海華、滅多に来れる場所じゃないから、長くじっくりゆっくり楽しむわよ」


「うん!」


「いえ。来たい時は何時でも言ってくださいよ。来ますから」


(て、聞いてない)


 愛海は受験生。あながち間違ってはいない。


 そしてこの伊集院三兄妹は仲良くのぼせた。


 温泉のバイトはした事がなかった。

 のぼせる事の知識は持っていた。

 だが、それでも滅多に来れない場所で沢山入らないのは勿体ない。

 でも、やりすぎはダメだった。


 うぅ。頭がクラクラする。


「3人一斉にのぼせてしまうとわ。うふふ。拓海君でも抜けている所はあるんですね」


 うちわで仰いでくれる西園寺。

 俺は倒れた所を誰かが係委員に伝え、運んで貰い。

 浴衣に着替えたのだ。

 ここは浴衣に着替える事によって2階にも行けるようになっている。


 1階の休憩スペースで3人川の字で倒れて西園寺がうちわで仰いで、係の人が氷を持って来てくれる。


「速く来て良かったです。午後までに回復してくださいね」


「あぁ。当たり前だ。まだ、1つしか、入ってない」


「お兄ちゃんに、どう、い」


「お兄ちゃ、ま。がく」


「あらあら」


 午後0時20分、俺は目を覚ました。

 頭に感じる柔らかい感触。最初は枕かと思ったが、覗き込んでくる西園寺の顔を見て違うと分かった。


「わ!」


「ひゃ」


 驚いて体を強く起こすと、西園寺のおでこと俺のおでこがごっつんこした。

 結構痛い。


「すみません、雪姫さん」


「い、いえ(膝枕の代償がおでこ接触なら寧ろご褒美⋯⋯えへへ)」


「雪姫さん。顔やばいよ」


「愛海」


「お兄ちゃんおはよう。1番目覚めるの遅いよ」


「お兄ちゃまおそーい」


「年には勝てなかったよ」


「お兄ちゃんはまだまだ若いでしょ。はい。コーヒー牛乳」


「ありがとう」


 俺は愛海からコーヒー牛乳を受け取り飲む。

 温泉で体内の水分が減り、冷房が効いたこの部屋で寝てさらに水分が減った俺の食道と胃を冷たいコーヒー牛乳が潤してくれる。

 俺、完・全・復・活!

 よし、今度は違う風呂に入ってこよう。今度は1つ1時間で収めて。


 刹那、キュルルとお腹がなる。

 犯人は⋯⋯俺だった。


「ふふ。昼食を食べに行きましょうか」


「そ、そうですね」


「お兄ちゃん」


「お兄ちゃま」


「「それは恥ずかしい」」


 止めて。こっちを見ないで。そんな哀れみを込めたその瞳で見ないでええ!

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