彼らの提案

 ことの発端は先週の夕食時だった。

 一カ月を過ぎてもまだ読み終えてないからと居座るニートたち、もとい町長もとい魔王三人衆に対して、強面ではあるが、普段から温和で物静かなクレイドが静かに怒りを見せた。


「領地を一カ月以上も留守にしおって、無責任もいいところだ。お前たちはいい加減に城に戻れ。そっちにも仕事があるだろう。こちらもマンガだけでなく、リリコと本の供給の強化や流通の改善、マンガ家としての新人育成など、やることが沢山あるのだ」


 いつも魔王たちに対しては「ああ」とか「うむ」「分かった」など必要最低限の会話で済ませているクレイドにしては、かなりの饒舌っぷりである。放置しておいていいと言われても、同じ城に魔王がゴロゴロしているのも地味にストレスが溜まるのだろう。


「すまねえと思ってるんだけどよ、何しろ沢山あるからなあ。あ、仕事については部下が優秀だから、手紙のやり取りで今のところはウチは問題ないんだよ。アルドラとローゼンのところはどうだ?」

「私のところも早急に片付ける問題はマンガの供給の拡大ぐらいだからな。あとは、あの良く出して貰っている、イモを薄くして揚げた菓子か。あれもシンプルなのに非常に美味だし、気がつけば手が伸びているほど常習性の高いものだ。是非我が町で販売したいと思う。城の中と城下町の一部の家庭で作っているだけでは勿体ない。かなり売れるのではと思う」


 ローゼンはそう言い笑みを浮かべる。


「ああ、私もそれ思ってたのよう。お菓子っていかにも太る砂糖たっぷりの甘いものみたいなイメージが多かったけど、塩気のあるものっていいわよね。それもジャガイモなんて大量に収穫できるし、何といっても 安いものね。これもリリコの国のお菓子なのね?」

「そうですね。まあ簡単なものですし、時が来ればこの国でも普通に考えつくものだと思いますけど。あと、砂糖は使ってませんが油で揚げるので、大量に食べるとやっぱり太りますよ」

「まあそうなの? やだ、私沢山ではないけど毎日食べちゃってるわ! 口当たりが良くてつい気軽に口に入れてしまうのよね……」


 そう言って顔を青ざめさせたが、それでもこのほぼ部屋から出ない堕落したニート生活でも、美貌とスタイルは相変わらずだ。羨ましいものである。


「……あと、ついでに俺は考えたんだ。クレイドにあんな面白いマンガが描けるなら、頑張ったら俺にも描けるんじゃないか、俺の町の奴らにも描けるんじゃないかってな」


 パーシモンが急にそんな発言をし、私はお茶を吹き出しそうになった。


「──マンガがそんなに簡単に描けるとでも思うのか?」


 クレイドがムッとした顔になった。


「いや違うって。描いてるところも見てるし大変なのも分かる。でもよ、お前だって一から修行して上手くなったんだろう? 俺だって時間をかけたら上手くなったっておかしかねえだろう?」

「……それは、そうだが」

「それに、こんな話をするのも理由があってだな。東中央ホーウェンでマンガが発展してるのは良いことだ。だが、どうしても一カ所でのみ作られるものってのは、周囲の町に届くまでにどうしても時間がかかるだろ? だったら、俺たちの町でもリリコがやってるようなマンガの学校が出来ないもんだろうか、って思うんだよ。もし俺らの町で描く奴らが増えて、マンガが発行されるようになればさ、お互い供給出来るようになるし、互いの町の発展についても決して損はないと思うんだよ」

「あー、西中央ホーウェンでも学校開きたいわー」

「北中央ホーウェンにも是非検討して欲しいと思う」


 ローゼンやアルドラも学校の建設に前向きなようだ。


「なるほど。……確かに悪い話ではない。だが生徒を集めたところで教師はどうする?」

「本当はリリコが来てくれるのが一番なんだが──」

「断る」

「即答すんな。無茶なのは分かってるよ。だけどよ、学校には沢山生徒がいんだろ? リリコに師事していた連中で、マンガ家になることがいかに大変か分かって、職業にするのを諦めたような奴だって少しはいるだろ? そういう奴らが講師ってことでリリコがやっていたような授業を代わりにするのはどうだ? それなりに給料は弾むし、各地にだって才能あるマンガ家が増えるかも知れん。こういう流行らせたい文化ってのはよ、ちみちみと少しずつじゃなくて、一気にどばーっと広げて知名度上げんのが一番いいんだよ。周囲にあって当たり前って状況になった方が、頭の固い年寄り連中も受け入れやすいんだ」

「……パーシモン様って、割と単純で格闘マンガが好きなだけの方なのかと思ってましたが、ちゃんと町の発展を考えてらっしゃるんですね」


 私は思わず本音が出てしまった。


「……おいリリコ。お前俺のことをバカだと思ってたのか?」

「あ、いえ、バカとかでなく余り深く物事を考えてないタイプかな、と」

「言ってること同じじゃねえか」

「ほほほっ、パーシモンったら、仕方ないじゃないの。短絡思考な人がたまにまともなことを言うんだもの。建設的な発言をするのなんて何年か何十年に一度ぐらいだものねえ実際」

「アルドラ、いくら事実だって本人の前で正直に言ったら傷つくだろう」

「事実をコソコソ裏で言うなんて方が嫌らしいじゃないのローゼン。大体十二年前のアレだって……」


 私の失言からどんどん話が広がっている。これはまずいとオロオロしていると、クレイドがテーブルを叩き、「静かにしろ」と声を上げた。


「とりあえず、学校の件はパーシモンの言う通り、各地でやることは賛成だ。ただ、うちの学校の生徒が遠出してまで授業を受け持ちたいかどうか、その辺りは聞いてみないと分からぬし、今のところは未確定だ。一先ずお前たちは呑気にマンガばかり読んでいないで、学校の建設や授業方針、地元の出版社との話し合いなど急ぎ取り掛かる必要があるものや、思案せねばならぬことは山積みだろう。少しは己が出来る仕事をしろ」

「……分かったよ」

「ごめんなさいクレイド。今まで何十年何百年単位での仕事しかしてないせいか、私たちどうも気長になりすぎてるわね。反省するわ」

「私もだ。申し訳なかった」


 口々にそう言うと、パーシモンが「俺ら明日の朝までに仕事を受けてくれた際の給料や住居、勤務形態など資料を作って渡すから、早速明日にでも生徒に打診してみて貰えねえか?」と私を見た。


「別の地域で教師としてマンガを広めたいと思う生徒もいるかも知れませんし、お給料が良ければ前向きに検討してくれるかも……まあ、皆さんの地域でもマンガ家が何人も出るようになれば、その後の指導は地元の方にして頂くことも出来るでしょうし、期間限定で、という形なら案外いるかも知れませんね」


 そう答えながら、私も頭の中でシミュレーションを始めていた。

 優れたマンガ家でも教えることに向いていないタイプもいる。野球選手として大きな成績を上げたから、監督でも素晴らしい結果が出せるかと言うとまた話は違うように、良いマンガを描けるから良い指導が出来る、という訳でもないのである。

 しかし段々と話が大きくなっていってるのが少々恐ろしい。

 私はそんな偉人レベルのマンガ家ではないんだってば。




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