終章―幸― 2



 翌日の清涼殿、昨日とは雰囲気が全く違っていた。各省の卿や大輔、大納言、大臣までが集められていた。事件の概要やその処分はすでに下されているため、ここにいる者、皆の知るところである。その後の帝からの呼び出し、公的な発言となれば、緊張するのは当然。


 浅紫や深緋の袍を身に纏った高位の者たちが、ここまで緊張している姿は、滅多に見られない。一方、俊元の用意した夏物の着物を纏って、紫檀と紫苑は機嫌よく体を揺らしている。二人が両隣にいるから、菫子自身は緊張のしようがなかった。


「主上がいらっしゃいます」


 俊元の声に、皆が頭を垂れた。菫子も、鈍色の唐衣をさらりと揺らして同様に頭を下げた。他の人がいるのに、鈍色の着物でいいのかと確認したら、その方がよいと返された。先ほどから視線が刺さるが、菫子は毅然とすることを心がけた。


「今日そなたらを集めたのは、毒小町のことについてだ」

 その場の空気がぴりっと鋭くなった。帝からの目配せを受けて、俊元が説明のために一歩前に出た。


「一部の役人によって、一連の事件の犯人は毒小町である、という話がありました。その役人は真犯人により指示を受けて、そのような虚偽を述べたと認めております。今回、並々ならぬ知識を持って事件を解決した者こそ、毒小町なのです」


 驚きや困惑の声で、臣下たちがざわついた。毒小町が犯人、という話を聞いていた者もいれば、そもそも毒小町が実在することを帝が認めたことに驚いている者もいる。


「この者を、引き続き尚薬として、任ずることとします」

「恐れながら主上」

 臣下の一人が、声を上げた。浅紫色の袍、二位もしくは三位の者で、この場面で意見出来るほどには度胸があるようだ。


「なんだ、申してみよ」

「毒小町は、触れれば死ぬ毒を持っているのでございましょう。そのような者を宮中におくなど」

 帝と俊元はこの意見は予想していたようで、一つ頷いてそれを聞き入れた。


「毒小町の毒は、死に至るような強力なものではなく、黒い花のような痣と共に高熱が出る程度のものでございます。通常、この童子たちが護衛をし、宮中を移動する際は事前に告知しますので、不用意な接触は避けられましょう」


 俊元は、付け足すように、もしも触れてしまった場合は解熱の薬を用意する、と言っていた。

 納得しきれていない臣下たちを見回して、帝がすっと立ち上がった。


「毒小町は、人々に害をなすつもりはなく、忠誠を誓っておる。このように」

「わたしは主上に変わらぬ忠誠をお誓い申し上げます」


 菫子は、帝へ深々と頭を下げた。紫檀と紫苑も同様に。

 菫子のことを認めさせると共に、帝が毒小町という切り札を手中に収めていると示している。通常触れるような状況でない中、黒い痣が現れ、高熱が出たとしたら。それは自ら菫子に接触しに行ったか、帝が菫子を使って秘密裏に罰を与えた、という推測が成り立つ。帝にそのつもりはないだろうし、菫子も罰のために毒を使うことなどしない。ただ、臣下たちの中には、推測が頭に浮かぶだろう。


 帝は、これ以上私に逆らうな、と暗に言っているのだ。毒小町を公にした上で、帝の立場をより強固なものにする。何とも、したたかな御方だ。


 その後、細かな質問に答え、最終的には菫子が尚薬でいることを認められた。

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