三章―子― 3


 *


 数日後、不穏な話が宮中で飛び交うようになった。

 女御のいる麗景殿で、体調不良を訴える者が頻発しているという。その中には女御も含まれている。


 懐妊した女御は、体の変化もあるだろうが、彼女だけでなく、女房たちも同じような不調を訴えているのだとか。気分が悪く、腹痛を訴えるものが多いという。さすがにおかしいと、麗景殿周辺では不安が高まっている。そして、懐妊に嫉妬した中宮による嫌がらせだと、そんなことを言う者まで出てきてしまっている。もちろん、中宮側は否定している。


「たーだいまー」

 紫苑が戸を開け放ちつつ、帰って来た。紫檀と紫苑は、今日は朝から藤壺に呼ばれて出掛けていた。


 薫物合以来、中宮から藤壺への誘いがあるのだが、万が一にも触れてしまうようなことがあってはならないため、断っていた。とはいえ申し訳なくて、双子を代わりにと行かせたら、気に入られたらしく、度々呼ばれては、菓子をもらって帰ってくる。


「今日はね、粉熟ふずくもらってきたよ」

「美味しそうね」


 粉熟は、麦や小豆の粉を餅にして、ゆでてから、甘葛をかけてこね合わせたもの。細い筒の中に押し入れて、突き出して小さく切って食べるのが常だ。紫苑はこれがお気に入りらしく、中宮が用意してくれるようだ。菫子も紫苑から分けてもらって食べるのが、楽しみになっている。


「そういえば、この前来た変な女房、中宮さんのとこにいたよ。右近うこんって呼ばれてた」

「えっ」

「目が合った瞬間に、毒小町の、って言われそうだったから、静かにって仕草したら、そのまま何も言わなかった。馬鹿じゃないみたいで良かった。帰りに送ってもらったけど、なんか他の女房からすれ違いざまに『この裏切り者』って言われてた」


 粉熟をもごもごと頬張りながら話すから、緊張感がないが、裏切り者、なんて不穏な気配がする話だ。


「言ってたのは、中宮さんのとこの人じゃなかったと思うよ」

「そう……。ところで、紫檀は? 一緒じゃなかったの?」

「今のあんたと一緒で、気になったらしくて、右近のこと調べてくるって」


 それなら、紫檀の分を残しておいた方が、と言おうとしたが、もうほとんど菓子は残っていなかった。次はちゃんと残しておくのよ、と言ったらふてくされながらも、紫苑は分かったと答えた。


「ただいま」

 少ししてから、紫檀が帰ってきた。あの女房のことだけど、と前置きをしてから話し出した。


「右近って呼ばれてる、中宮付き女房。小野家の姫君で、名前は小野紹子あきこ

「そんなことまで調べられるの」

「うん。元々は女御付きの女房として、宮中に来た。けど、少し前に中宮のところに移動したって」


 紫檀が本名まで調べ上げてきたことにも驚いたが、その後のことも気になった。女房の引き抜きは珍しいことだ。しかも、女御付きで来たのなら、宮中に入る前に女御やその親に選ばれてきたはずだ。それを短時間で引き抜きなんて。


 女御の子を殺めて欲しい、なんて不可解なことを言ってきたのは、女御に恨みがあるから、なのか。


「藤小町が気になるなら、もう少し、調べてみる?」

「そうね。麗景殿でのことも気になるし」

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