第35話 覚悟


 ☆


 クレメから次の街であるダイダルへと向かう道のりは深い森を抜けなければならないことは言うまでもないが、森は一回抜ければたどり着くというわけではなく、森を抜けてはまた次の森を抜けなければならない。


 正確な地図を持たないミドリとアンリにとっては方角だけが頼りで、あとどれほど時間がかかるのかというのも人からの伝聞による情報しかないため旅にはかなりの精神力が必要とされていた。


 盗賊との交戦があってからは既に3日が経過している。


 「ミドリッ!右から回り込んで!」


 アンリが少し離れたミドリに指示を出す。

 

 「りょーかいッ。…そらッ」


 指示を受けたミドリは獲物の進路を塞いでアンリの方へと追い返す。


 「よしッ!………ふぅ、これで今日も肉が食べられるな」


 ミドリとアンリは長い旅で精神が擦り減っていると思いきや、日が経つごとにその心は強く太く成長していた。


 今日も森の中でのまともな食事をするために協力して動いていた。


 ミドリが追い込んで誘導し、アンリが待ち受けるポイントで弓で狙撃する。この連携で食事には困らなくなっていた。


 「今日はタヌキか。あー、でもあのなんとかダケがあればもっと大きい奴が狩れるのになぁ。あ、でも毒キノコ打ち込んでも食べれなくなっちゃうか」


 ミドリは動物を追い込むのに疲れたのか、本気ではないものの愚痴をこぼした。とはいえ、食べ盛りのミドリにとっては猪や熊のような肉をお腹いっぱいに食べたいというのも本心である。


 「タヌキでも毎日肉が食べれてるだけ上出来だ。それと、あのキノコはチャンタダケだよ。ちなみにあの毒は熱に弱いから焼けば食べれるよ。さすがに体温じゃ温度が低すぎで毒性が分解されないけれどね。でも、あれは盗賊のやつらに使っちゃったからなぁ。それにしてもミドリは本当に強いよなぁ」


 「どうしたんだいきなり。俺が強いって?」


 「だってさ、旅をしている途中、剣を振って鍛えてるのは見てたから知ってるけど、実践もなしにいきなり盗賊に向かっていって一人で圧倒するんだもんな。凄いを通り越して呆れるくらいの運動能力とセンスだよ。あの洞窟の時から思ってたけど、今まで本当に剣を握ったことないのか?」


 アンリは今だにミドリの底知れない力を不思議に思っているようである。


 「たぶん剣なんて本当に握ったこともないよ。そもそも俺のいた時代はこんな風に剣を振るったり弓を放つ時代じゃなかったんだ。自分でも分からないけど、剣を握ると自然にどう動いたらいいかが閃くっていうか、とにかく必死に振っているだけだよ。……それをいうならアンリの矢の方が凄い。まだ外したのを見たことないぜ」


 「僕の弓は狩りで鍛えたからなぁ。まだ右も左も分からない頃から村の猟師に連れられて矢を握っていたよ。まぁ、大型の野生動物の狩りには連れて行ってもらえなかったけど、小動物や鳥もそれはそれで的は小さいし、動くし、弓の練度を上げるには大型よりももってこいなんだ」


 「だから動く動物でも簡単に射抜けるのか。………それで俺考えていたんだけどさ、今度盗賊やそれらしいものに遭遇したらどうする?勿論、こっちも黙っていいなりになるわけにはいかないだろ?それでも大人数とか強い奴とかが来たらさ、こっちも手加減してる余裕ないぜ。こないだだって手加減してたわけじゃないけど、剣で切ることまではしなくて済んだけど…………」


 「殺しも、覚悟が必要なのかもな」


 ミドリは最後の言葉を濁したが、アンリは躊躇わずに言った。


 実際にミドリやアンリにとってはあまり実感のわかない話だが、街で情報を聞いた限りでは盗賊やそれに準ずる賊に襲われた時に素直に金品、食料を差し出さなければ命がある方が珍しいという。


 今でも戦争は起きているし、街の外れでは治安の悪い場所も少なくはない。殺しが正当化されている地域もあるという話を聞いたこともある。


 一旦街の外に出てしまえばほとんど治外法権のようになっていて、殺しが行われようが裁くものはいない。自分の身は自分で守る。ここではそれが鉄則なのである。それでなければ官兵が決めた時間、日程に団体で街から街への移動をする以外に安全に旅をする方法はない。


 だが、それではあまりにも時間がかかりすぎる。


 「アンリは、人を殺すことが出来るか」


 ミドリはアンリに確認した。


 この疑問は唐突にされたものだったが、ミドリの中では悶々と脳内を駆け巡る問題だった。盗賊との一件以来、強く感じるようになっている。ミドリのいたであろう時代には殺しなどあるはずはない。そんな価値観の人間が突然この世界にやってきていきなり人殺しを出来る方がおかしな話である。


 「僕は、できる。僕の攻撃手段は弓だ。動物を射るのとさして変わらない。………でも僕はミドリの方を心配してる。正直ミドリの強さには嫉妬するよ。剣を持って一対一になればミドリに勝てる奴なんてほとんどいないって言えるほどには強いと思う。大人の盗賊五人相手に一歩も引かないんだからな。でも、剣は人を殺すときに弓とは違って直接切りつける。直に殺した感触が剣を通して指を、腕を、全身に伝わる。その感覚に耐えられるのかどうか、だよ」


 ミドリもアンリのいう懸念を自分でも分かっていた。だからこそアンリに先に覚悟を問うたのである。


 「正直わからない。前は殺さないと思っていたから思いっきり剣を振れたのかもしれない。口先だけでなら人を殺せる覚悟があるとはいくらでも言えるけれど、実際にその時になって行動に移せるかどうかは自信が無い」


 ミドリは俯いて先ほど手に入れたタヌキのよ皮を剥いで持ち運びしやすくしようと処理をしていると、森の中の空気が変わったのを感じた。


 何かを燃しているような燻したようなにおいがする。当然それはアンリも感じていた。


 「ミドリ、僕はどちらにしても弓だから前には出られない。その代わり援護は全力でする。でも、それでも捌ききれない場合は絶対にある。覚悟を決めるまで待ってはくれないみたいだぞ」

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