第12話 散策


 ☆


 アンリやルナの住む教会のある村の名前はニルディ。


 人口は3000人に満たない程度の小さな集落である。村の中心には大きな広場があり、朝にアンリとミドリが水を汲みに来た井戸もその近くにある。村での祭りや集会はここで基本的に行われるらしい。他には村の集会所もこの中心付近にある。集会所も大きな建物だが、教会に比べるとやや見劣りする。


 中心から四方に伸びる道は市場のようになっていて、基本的には食材が売っている。この小さな村では服や小物類は自分で作るか、作ってもらうかで、村の中で仲よくやっているらしくそれらの店はない。通貨制を採用してはいるものの村の内部だけではあまり意味の無いものらしい。


 ただ、通貨制度を採用することで様々な諸問題を解消できるということで今も続いている。第一他の村や街へ出た時に一銭も持っていないというのはまずいだろう。


 ニルディはとても小さな村で、端から端まで一周するのに1時間も必要なかった。村を回り始めるときからミドリはある程度予想はしていたが、本番は村ではなく村の外の散策だった。


 村を回るだけならばお昼ご飯など準備する必要はないのである。それにルナが気分を上げてお出かけ装束に身を包むこともなかっただろう。


 村の中心に差し掛かった時に一応村長に挨拶をと集会所に寄ってみたが、あいにく他の街へ出かけているということだったのでそれは叶わなかったが顔を出したというパフォーマンスを見せていれば後々文句を言われることはないだろうということで集会所にいた他の大人に言伝を頼んでその場を去った。


 現在の三人は既に村の散策を終えて、ニルディを西に出た先を歩いている。


 次は近くの川へ向かうらしい。


 「今日は仕事をしないでいいなんてほんとに楽しくていいや」


 アンリは歩きながら落ちている石を器用に蹴りながら言った。


 「ターニャはああ言ってたけど本当にいいのかな」


 今日の仕事をしなくてよくなって気が楽になったアンリとは対照的にルナは未だに気にしていた。


 「いいんじゃないの。ターニャがそう言っていたんだし、そんなに悩む必要ないって。それにミドリの案内って名目で三人で楽しんで来いって言っているように僕には聞こえたけどね」


 「そうかしら」


 「だって案内って言ったって村はあんなに小さいんだからさ、それだけで一日終わるわけないもんな」


 「それもそうね」


 結局ルナはアンリに説得されて仕事のことは忘れて気持ちを切り替えた。


 「それよりミドリは大体村の中にあるものの位置とか覚えた?それはさすがにまだかな」


 ルナは今度はミドリに会話の矛先を向けた。


 「細かいところはうろ覚えだけど、集会所とか井戸の場所とか重要な場所はよく覚えたよ。初めて入ったときから思っていたけど、村の人からも二人はやっぱり人気なんだな」


 ミドリは村を歩いていて思った感想をそのまま口にした。


 実際にルナとアンリの二人は歩いているだけで村の大人たちから挨拶をされ、話しかけられ、その度に連れて歩いているミドリのことを聞かれて忙しそうだった。


 ミドリについて一から説明するのは大変なので彼らはミドリのことを友人だと説明していたが、その度に村人たちは驚いた表情をしていたのでミドリは不思議に思ったがそれは口にしなかった。


 とにかく二人は人気で、ほとんど全員から周知されているのではないかと思うほどであった。


 会話をしながらも歩みは止めずに歩いていたので、おそらく目的地であろう場所が見えてきた。


 ごつごつした砂の道を抜けた先には草原が広がっていて、その先には澄んだ水の流れる川があった。さらに遠くを見ると、川の少し上流の方には誰かが手入れしているかのように綺麗に整った花畑、というか、もう一面が花で埋め尽くされた場所があった。


 ルナはここに向かう前に見せたい場所があると言っていたが、きっとこの場所なのだろうとミドリは察したがあえて見えていないふりをした。彼女の紹介を受けてから驚いたリアクションを取れるほどには道化を演じられる自身が彼にはあった。


 「ここよ!見て!ミドリ、綺麗でしょ!」


 そしてルナは予想通りの行動をとった。


 「うわ、凄い!綺麗だ!こんなきれいな場所初めてきた気がするよ!」


 そしてミドリも当然用意しておいた反応を返した。とはいうものの、彼がこの場所を美しいと感じた気持ちは本物である。


 実際に、誇張抜きで一面に色とりどりの花が並んでいるのと、澄んだ川、遠目に見える山のごつごつした山肌まで見える透き通った景色を一度に拝めるこのスポットは確かに誰かに見せて自慢したくなる代物だった。


 「凄いだろ、ミドリ。ここはたまに来るんだ。花のいい香りがして気持ちが落ち着くし昼寝には最適なんだよ」


 「もう、アンリは寝る事ばっかりなんだから。あの花畑の方までいったら少し早いけれどお昼にしましょ。なんだかんだもう11時過ぎよ」


 ルナはお昼の提案をしたが、ミドリは時計を持っていなかったため感覚的にはまだ10時半ごろかと思っていたが思いのほか時間が経過していたらしい。楽しい時間が過ぎるのは早く感じるというのは本当らしい。


 ミドリはこの数時間、新しい景色と情報に頭を使っていて他のことを考える隙が無かったというのもあるが、彼らとの会話も楽しくて、会ったばかりとは思えないくらい落ち着ける空間で、記憶をなくしていたことをついぞ忘れてしまうことすらあった。


 最初に開けた場所から花畑と川が見えた場所のそこに到達するまでは思いの他時間がかかった。視界が開けていて人工物が一切ないため、距離感覚がつかめなかったのである。例えるならば砂漠の中で近くだと思っていた砂山が想像以上に遠くて気が滅入りそうになる現象に近い。ただ、今回唯一それと違ったのは目的地が思いのほか遠いと気付いたときに絶望感はまるでなかった。


 花畑に到着してからもすぐに座ることはなく、しばらく歩いた。ミドリは、きっと彼らには決まったお決まりの場所があるのだろうと読んで特に何も言わずについていった。そしてそのミドリの予想は的中していた。


 花畑の中心近くには木製のベンチとテーブルが一組だけ置いてあって、まるでこのためだけにセットされたかのような場所があった。その場所は360度全て華やかな植物に囲まれていて、見るところに困るほど美しい。桃源郷があるとするならばこのような場所のことを言うのだろうとミドリはしみじみと感じた。


 勿論、アンリとルナが目指していた場所はこの花に囲まれたテーブルで、ルナは到着するとずっと手に持っていたピクニックバスケットからランチョンマットを下に敷いてお昼ご飯を取り出した。ミドリとアンリはルナの対面に座って彼女がご飯を用意するのを黙ってみていた。


 出てきたものはサンドウィッチだった。


 レタスとトマトとチキンが挟まっているものや、たまごサンドなど少しずつ種類の違うものがたくさん用意されていて、これまたこの場所にふさわしい華やかな昼食だった。教会の外に出てもその教えは守られるらしく、二人は食べる前にはきちんと祈りを捧げていた。


 サンドウィッチの味も申し分なく、本当にピクニック気分を味わうことができた。ミドリはこの年になって中々外でこんな風に手作りのお昼を食べることもないように思えたので新鮮な気持ちになった。


 しかし、ミドリの今日の本来の目的は単なるピクニックではない。この村について、この世界について、ルナとアンリについて、知らないことを質問するために今日の時間があるのである。話をするのであれば食事の後の時間しかない。


 昼食も終わりごろになるとミドリは自然と緊張して顔が固くなっていたが、アンリも前日の夜にミドリと話していたためにこのタイミングでその話が出ることは予想していたのか、何となくピりついた空気が漂っていた。


 「二人ともどうしたの、急に口数減っちゃって」


 ルナは昨日の夜にミドリとアンリが話をするという約束をしたことを知らないため、二人の口数が急に減ったことを不審に思っていた。


 「あ、あぁ。アンリ、昨日の続き、聞いてもいいかな」

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