青春なんて知らないから、あえて体験してみた。

古河楓@餅スライム

CASE00:付き合うことになりました。

 桜の花が一斉に開いて徐々に散っていく4月8日。始業式を終えてから3時間も経ってない姫路学院の校舎にある1つの部屋――化学実験室には今日も自分を含めて5人居座っていた。

 ある者はガスバーナーを使った実験をし、ある者はパソコンのキーボードを一心不乱に打ち、ある者はノートに分厚い問題集の答えを書きまくり、ある者は同人誌を笑顔でめくる。そして奥の準備室から何かが倒れる音がして……。


 部員ながら、どうしてここは”同好会”ではなくれっきとした”化学部”として成立しているのかがわからない状況だ。


 この世に生を受け約16年と3か月、俺こと松本海斗にとってこれほど疑問に思うことはなかった。とりあえず部活委入っておけばちょっと進路で有利に働くし、少しオタク気質だからって化学部を選んだのがバカだった。


「お~い、カルメ焼き作るけどいる奴おる?」

「はいはーい、いる!」

「私も少しもらうわ」

「……(サムズアップ)」


 教師が使う用の机で蒸留の実験をしていた道具を片付けたぶちょーが、砂糖と水、そして重曹を持ち出して砂糖菓子を作ろうとしている。中学校でも”実験”として授業でやられていることを盾に、この化学部では日常的に行われている風景だ。なんせ文化祭でも300円で販売して利益を出し、それで打ち上げをするくらいだし。もっというと、部活の予算の3分の1はこれのために使ってるし。


「お~い、松本は入り口で立ち尽くしてなにしてんだ?」

「いや? よくもまあここが予算が出る”部活”になってんなーって」

「何を今更。ここはれっきとした化学部だべ」

「それにしては、小説書いてるやつに自習室にしてるやつと同人誌を読むやつと菓子作るやつが同一の部活にいるのかはわからんなぁ。客観的に考えて」


 まあ、かくいう俺もこれからやるのは生物観察なんだけどな。この前母校の小学校からもらってきたオタマジャクシをカエルになるまで観察し、レポートを書くのが今やっている活動だ。これといって特に変わり種などは一切ないが、医療系の進路を目指す者としては重要な活動だ。


「さて、部員が全部そろったから、あの話するか~」

「なにかちょー、なにか話あるの~?」

「ぶちょうだ、ぶ・ちょ・う! とりあえず、今日の昼休みに生徒会からお達しが来てだなぁ……その内容が文化祭でそれぞれ部活からの発表をするんだがな。俺たち化学部はそれをしてこなかった。その関係で、今回の文化祭で発表しないと予算を出さないといってきてなぁ」

「……なるほど」


 この学校は文武両道を掲げていて、進学校である反面部活にも力を入れている。それは文化祭にあたる姫学祭も例に漏れず都内でも学園祭の有名雑誌にでかでかと掲載されている。そこの部活の1つである化学部は毎年部員で予算を出し合って、カルメ焼きを売り歩くだけで発表などはしていなかった。だからこそ、今回はやれ。そういうことだ。


 そして、今年のテーマは”部活の青春”らしい。


「はぁ……でも俺たちにそんな青春なんて無縁だしなぁ。無理くね?」

「それをいうな、悲しいから」

「いっそのことギャルゲーのシナリオから丸写しするか? それか物書きがフェイクで書くかだな」

「……(両手で×マーク)」


 おいおい……最終兵器の物書きも無理なんかよ。まああいつが書いてるのって確かSFモノか異世界モノだったし。恋愛系は一切手を付けたことはないらしい。っていうか誰がギャルゲー持ってんだよ。


「ん? 俺が持ってるが?」

「あとあたしも持ってる!」

「おいオープンオタ、何やってんだ」


 さっきまで机に積み上げた同人誌を片っ端から読み漁っているオープンオタが読んでいた本を置いて勢いよく手を挙げる。なぜ持っているかは……どうせ去年のコミケで買って来たということだろう。毎年毎年よく身長150cm程度の身体でそこまで体力が持つなぁと感心している。


 違う、呆れか。


「どうせうちの顧問もそんな青春なんてやってないだろうし。サンプルがない」

「0から1は碓氷峠の登り勾配並みにキツいってうちの親父が言ってたくらいだからなぁ」

「誰がわかるんだそのたとえ」

「とにかく、これは由々しき問題だ。そこら辺のリア充に突っ込んでインタビューとかできる奴ここにいるか?」


 視界の端で一人だけ「はーい、はーい!」とやっている奴がいるが…………。


 うん。


「無理だな」

「あたし手ぇ上げてたよ!?」

「お前は突撃したら最後同人誌書き上げるレベルまで聞くから却下だ」

「あたしのことなんだと思ってるの!?」


 と、とりあえず戦力はなし。知識はなし。経験もなし。科学的に示せるものは一つもなし。というか興味もなし。もはやこれは文字通り”詰み”なのでは?


「じゃあ、サンプルを作ればいいんじゃないかしら?」

「「「「は?」」」」


 この事実に大きなため息をつこうとしていたその時、何も話さずにただ問題集をやっていたがり勉がペンを置いてそう提案する。


 ――サンプルを作る? 確かにそれを観察、そしてレポートを作れば十分なものが作れるだろう。だけど、どうやって作るんだ? そんなことをできるやつなんてここには……。


「そうか! 誰かと誰かが”仮”で付き合って青春を体験してくればいいんじゃね?」


 おう。


 どうしてそうなった。


「そうね……だったら言い出しっぺの私は決まりとして……そうね、松本くんでいいんじゃないかしら」

「しかもなんで俺なんだよ!?」

「あなたが一番この中でまともだからよ。取捨選択していけばそうなるわ」


 えーっと、確かこの部活に来ているのは俺とぶちょーと文字書き、そして5人くらいの幽霊部員。そして、現時点でいるのを見てみると――


 かたやパソコンに一心不乱に文字を打ち込み続け、片目が前髪で隠されている根暗そうな生徒。


 かたや高校でやらないような実験をし、眼鏡が常に怪しく光る背の低い白衣の怪しい生徒。


 かたや春先は水槽にへばりついて、育っていく生物の観察を行うフツメン生徒。


「なんか俺が一番まともに思えてきた」

「でしょ? そういうことよ」


 なんかこの中で一番まともって言われても名誉なことじゃない気がするが……あ、ほか2名が言葉のオーバーキルされて地面に横たわってらぁ。かわいそー(棒)


「あたしとぶちょーか文字書きでもいいんじゃな~い?」

「こっちから願い下げだ! 自分より背の高い人と一緒に歩きたくねぇ!」

「じゃあよしよししてあげよっか~?」

「ぶっ飛ばすぞ!?」


 そうか、ぶちょーってオープンオタより身長低かったのか……これは初耳。今度いじってきたらカウンターでこの話題出してやろう。


 じゃねーよ。待ってこれ決定なの?


「松本くんさえよければ、だけど」

「そっちはいいのかよ……」

「別に? それとも私とは無理かしら?」

「そういうことじゃないんだけおなぁ……」


 質問した俺がバカだった。どんどんと意味が分からない方向に話が進んでいく……言葉の暴力でK.O.された文字書きはさっきよりも一心不乱にキーボードを打ち始めるし、ぶちょーとオープンオタに至っては軽い口喧嘩が起きてこちらには一切お構いなし。どうせ顧問は準備室の中でゲーミングチェア(私物)に座って昼寝中だろう。


 こっちが”詰み”だったということか!?


 いやだ、こんなパッとしない感じで俺の半年間の予定がすべて決まるとか嫌だぞ!?


 しかし、誰もこの事態を止めるはずもなく――


 俺は半年間、がり勉こと一ノ瀬青葉と”仮”で付き合うことになってしまったのだった。

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