第5話 気付かなかった

「ありがとうございました、面白かったです」

「どういたしまして!因みにどんな所が?」


 またいつもの場所で談笑する俺と清瀬きよせさん。

 あの後、おすすめされたライトノベルを1冊お借りして読んだ。

 青春もので高校生の恋と友情にスポットを当てている物語。

 感想を伝えて、互いに物語の良さを熱く語った。


「読み込んだ?」

「まだまだですよ」

「ハマってる感じが伝わるけど?」

「まあ、はい」

「嬉しい!」


 中高生がターゲットであるライトノベル。

 大人でも楽しめるのは凄いこと。

 文学的に見ても、引けを取らないし、映画やドラマになる作品や有名な賞にノミネートされた作品や受賞されている作品にも、負けないのではないかと思ってしまう。

 表紙だけで、偏見はいけない。

 読んで判断しないとな。


「もう少し教えてもらえますか?そうしたら、次は一人立ち出来ると思うので」

「分かった、また貸すね!」

「ありがとうございます」


 ライトノベルからアニメへ流れたら、俺はどうなってしまうのか。

 清瀬さんと並べるのかな。

 なら、それはそれで嬉しい。


「ところで」

「はい」


 小首を傾げて清瀬さんはこんなことを言った。


「気付いてた?この場所の周りを」

「?」


 清瀬さんは不思議なことを言っている。


「どういうことですか?」


 聞かなきゃ分からなかったから聞いた。


「やっぱり、あの日のショックの大きさで見落としていたかー」


 ますます謎に感じていると。


「木を見て」


 言われた通りに見た。

 普通のそこら辺にある木と変わらない。


「よぉーく見てね」


 念を押すように言う清瀬さん。

 言われた通りに、よぉーく見た。

 あっ…。


「葉桜…てことは!」

「ピンポーン!」


 ショックの大きさ、と言っていたから、フラれたあの日だな。

 つまり、あの日は桜が咲いていた。満開か。


「綺麗だったなぁ…毎年だけどね♪」


 そうかそうか。

 清瀬さんを初めて見た時、あんなに綺麗だったのは(今も超綺麗だけど)、桜の効果があったから、印象に残ったんだ。


「気付かなかったっす…」


 なんだか、しょんぼりしてしまう。

 勿体ないことをしたのかも。


「来年は顔上げて、私と一緒に桜を見ようよ♪」


 清瀬さんは何気ないように言った。

 素直だったから、スッと耳に入り、心に浸透するのを感じた。


「一緒に、桜見ましょう」

「うん!」


 笑顔で応えた清瀬さん。

 ますます、彼女のことを知りたくなった。



 中庭の所で、女の人と談笑している棚部たなべ君を見かけた。

 綺麗な人だなぁ…。

 とても楽しそうだ。

 羨ましい…そして…。


 悔しい…


 フッたくせに、なんて感情が浮かぶんだろう。

 嫉妬ともとれるこの感情。

 嫌だな、私。

 性格悪い自分を自覚してしまう。

 見ていられない。

 私は急いでゼミの先生のいる教員棟に向かって走った。


 走っていると、こんなことを思い始めた。


 なんで、私はー…


 彼をフッたのだろう…

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