麦茶の夜

 麦茶の夜


体にととっと流し込む

麦茶が喉を冷やした

夏の予感が

バイクの雑音に掻き消される


夫婦の寝室

壁一つ隔てて

娘の部屋

もう中二にもなる


彼女は家政婦になって

パパとママが

いちゃいちゃしていると

耳をそばだてている


パパは見せつけてやれと

麦茶を汲みに戸を過る娘にも

動じない

いつから強者かとママ泣かせ


パパもママも

一切愛さなかったことはない

苦しいときよりも

喜びの日が多いのを知っている


産まれてくれて

泣いてくれた


産まれてくれて

ミルクを含んでくれた


産まれてくれて

大きな病気に耐えてくれた


今はアトピー性皮膚炎

朝から深夜まで

掻いて掻いて掻いて掻いて

薬はお守りにもならない


神様

アトピーの他には

もう病魔を寄せ付けないでください


神様

命を切ろうとしていたら

私に娘を抱かせてください


痛いのが

いないのが


分かるのが

悩むのが


ママの業で構わない

生きている精一杯の間

亡くなってもさえ

手を尽くしたい


生まれたてのたまご肌が

細い服を着せても

肢体が痛々しく

掻きむしられている


夜の麦茶

ママにお話しはないかな

首を横に振った後

引き戸が閉まった


小さい命などない

自分を過小評価しなくてもいい


明日には

腕を大きく振って

ママと新しい下着を

買いに行こうか


娘はお姉さんへと

階段を踏む


 いすみ 静江✿

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