第26話


         ※


「相変わらず素っ気ない部屋だな」

「そりゃあ霧香、ここが尋問室だからだよ……」


 霧香は、今度こそ冷静にパスワードを入力してドアを開けた。


「クッションの一つもないのか。まあいいや、今度は私がこっちに座るよ」


 テーブルを回り込み、奥の席に腰を下ろす霧香。そんな様子を見もせずに、廻はじっと立っている。拳を握り締め、肩を震わせながら。


「ん? どうしたんだ、廻? 作戦のこともあるし、話なら早めに――」

「ごめん!!」


 唐突に頭を下げられて、霧香は面食らった。


「な、何だ何だ?」

「さっき霧香が教えてくれたよね、お母さんの記憶が、僕の頭の中に残ってるんじゃないか、って」

「ま、まあ」

「その記憶に、今辿り着いたところなんだ……」


 すると再び、廻は顎を引いて感情を見えなくしてしまう。


「霧香のお母さん、霧香のこと、心の底から想ってたんだね」


 その一言に、霧香は左胸を弾丸で撃ち抜かれた感覚に陥った。幸い、今までそんな致命傷を負ったことはないのだが。


「お父さん――雨宮少佐は、黙ってお母さんの話を聞いてる。泣いているよ」

「泣いてる? どっちが?」

「二人共」


 二発目の弾丸が、霧香に撃ち込まれた。

 そんな、まさか。自分の前では笑顔と𠮟り顔しか見せなかった両親が『泣いている』だと?

 しかも二人揃って?


 もちろん霧香だって、人間に喜怒哀楽があることは知っている。しかし両親が、よりにもよって二人で涙を流すようなことがあるとは、想像もつかなかった。


「二人は悩みに悩んだんだ。お母さん――美冬さんを、精神波を発する素体として活用してしまっていいのかと。一体霧香に、それをどう伝えたらいいものかと。お父さんは、こんな議論は止めようと言っているけれど、お母さんは認めようとしない。それだけ自分の責務というか、運命に立ち向かおうとしてるんだ」

「……母さん……」


 そう霧香が呟いたのを皮切りに、廻はダン、と両拳をテーブルに叩きつけた。

 そして、わんわんと泣き始めた。

 

 どのくらいそうしていただろうか。何度か名前を呼ばれた気がするが、その度に自分の身体が小さく、押し込められていくような感覚に囚われる。

 それを打ち切ったのは、両肩から伸びてきて背中に回された、温かい腕だった。

 自分が霧香に抱きしめられているのだと気づくのに、さらに長さの分からない時間経過が必要だった。


 小柄な霧香の肩に顔を押しつけるようにして、廻は嗚咽を漏らした。涙も鼻水もさっきよりはマシになったが、酷い状態であることに変わりはない。

 だが、霧香から告げられたのは、思いもよらない言葉だった。


「ありがとう、廻。よく話してくれたね」


 ぐすっ、と鼻を鳴らすことで、本当なのかと尋ねる廻。それを察したのか、霧香は言葉を続けた。


「本当だよ。私の下に、父さんと母さんの想いを届けてくれた」


 それだけ言って、霧香はそっと廻から離れ、代わりに何かを差し出した。涙目の廻にはよく分からなかったが、それはただの箱入りティッシュペーパーだった。

 雰囲気ぶち壊しもいいところだ。が、こういう大雑把なところがあるからこそ自分は生きてこられたのだと、霧香は思わないでもない。


「廻、お前はゆっくり休め。これから私たちで作戦を立てる。一人で大丈夫か?」

「……違う」

「ん?」

「違う! 僕は赤ん坊じゃない!」


 廻はてっきり、ムキになったことを嘲笑されると思った。しかし、霧香が浮かべたのは微かな笑みだけ。

 逆に、笑うな! と言ってやろうと準備していた当てが外れ、廻はより滑稽な顔になっていた。


「作戦の立案に丸一日、準備に更に一日はかかるだろうから、その間はゆっくり休んでくれ。いいな、廻?」

「……はい……」


 鼻をかみながら、廻は素直に頷いた。

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