第2話 天使サマに殺される!

「は?」


 俺は思わず聞き返した。

 今、ものすごく物騒な言葉が聞こえたんだが。コロス……とかなんとかかんとか。


「え、だからわたしは貴方を殺しに来たんですよ」


 先程の神々しい雰囲気はどこにいってしまったのか、一転して砕けた口調で目の前の天使はそうはっきり言った。

 コロス……? 今こいつ『殺す』っつったよね? はっはっはー、そんなバナナ。


 俺が訳の分からない現実逃避をしている間にも、目の前の天使は何も無いはずの空中から光り輝く弓矢を取り出した。そして、矢をつがえるとその照準を俺の胸、心臓のあるまさにその位置へピタリと向けた。

 あまりにも急な展開について行けず、体を全く動かせない間に、天使は何の躊躇もなく矢を放った。


 ああ、俺は死ぬのか……。何故かそれだけははっきりと理解できた。


 ビュオッ‼


 弓から矢が発射される音が響き、そのコンマ数秒後に俺の心臓は射抜かれ、こうして俺は『死因:天使』であっけなくこの世を去った。


 ……とはならなかった。


 発射された矢は、俺の体の左、約一メートルを通り過ぎて、そのままボチャンと小川の中に突っ込んだ。


「え?」

「あ」


 思わず俺と天使はそろって間抜けな声をあげてしまう。


 いやいやいや、こんなゼロ距離射撃で普通俺から矢を外すか? むしろ外す方が難しいんじゃない?

 天使と言えば、なんとなく弓矢を持っていて、それでいて扱いが上手いようなイメージがあるが……。もしかして、この天使サマ、とんでもなく弓の扱いが下手くそ……なのか?


 俺が呆然と天使サマを見ると。


「……やー、失敗しちゃった。てへぺろ☆」

「いや、てへぺろ☆ じゃないだろ⁉」

「だって、わたし弓矢を使うの初めてなんだもん」

「じゃあそれを使うなよ⁉ もっと確実な手段にしろよ!」


 はぁ……いったい何なんだ、この天使は!

 突然俺を殺そうとするわ、けれども弓矢の扱いは下手くそだわ、口調や態度が厳かだと思ったら突然フランクになるわ……、ここ数分で俺の中の天使像がスゴい勢いで上書きされているのだが。


「じゃあもう一回」

「ちょっ」


 俺が何か声をあげる間もなく、天使は極めて自然に素早く再び矢を放つ。ビュオッ、と放たれた矢はキラキラと輝きながら、俺ではなく風を切り裂き、俺の真横をものすごい勢いで通り過ぎて、川にボチャンした。

 続く第三射も、俺の真上数メートルを通過して、明後日の方向へ飛んでいった。むしろ、先程の二回よりもエイムが悪くなっている。


 ……俺、さっきから全く動いていないんだが。

 俺は弓矢に関しては全くの素人だが、俺でも三回チャンスがあれば一度くらいは、三メートルくらいしか離れていない、人くらいの大きさの的には当てられる自信があるぞ⁉

 でもなんで⁉ この天使なんなの⁉ ねぇ⁉


「あー来ちゃいましたねー」

「え、何が?」


 もうこちらもタメ口だ。


「他の人が来ちゃいました。だから、今回は諦めます」


 俺が振り返ると、確かに遠くの方から他のランナーがこちらに向かって走ってきていた。幸いまだ俺たちには気づいていないようだが、もし現場を見られたら天使としては流石にマズいことになるのだろう。


「じゃあ、わたしはこれで。さらだばー!」


 そう言い残すと、天使セラフィリは現れた時と同じように、鋭い光を放って空中に消えた。


「何だったんだ、いったい……」


 今起こった一連の出来事は、夢だったのだろうか……。 

 ボーっと突っ立って天使が消えた方を見ていると、突然俺の腕時計がアラームを鳴らした。その電子音で、俺の意識は一気に現実に引き戻される。


 うおっ、やべぇ! 急がないと学校に遅れる!


 俺はひとまず、さっきあったことを頭の隅っこに追いやって、急いで自宅へと向かうのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る