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大学1年生 霜降 新理



肌寒なり始めた10月下旬。

古都研究会のサークル部室にて、2人の男女がいた。


青年はスマホの写真を女性に見せているようである。



「この人が夏に会った、面白い人?」


「そう。今その人の経営するお店でバイトしているんです」



香田新理こうだしんりは夏休み中に起こった出来事を、サークルのOGである片城椿かたしろつばきに話していた。


時折こうして2人で部室内で話す事は誰も知らない上に、新理にとって特別な事であった。



「楽しそう。それで?幼馴染の女の子の写真はないの?」


「ありませんよ。彼女、SNSもやっていないし」



新理はそっとスマホの画面を閉じると、椿はにっと口角を上げた。



「本命だから、大切にしてるんだね」


「違いますよ!彼女とはそういう関係じゃないです。ただの、幼馴染。兄弟か従姉妹みたいな関係です。向こうもそう思っているだろうし」



新理は焦りながらやや声を荒げそっぽを向いた。



「そう、ごめんね。ちょっとからかってみただけ。もし写真があれば、占ってあげられるのになって思ったから」


「占いですか?」


「というか……霊視……念視みたいな感じ?彼女の悩みや心の中をちょっと覗けるの。私の得意技」


「へぇ、すごい!今度写真をお願いしたいけど……あの子は嫌がりそうだな……」



話題に上がった幼馴染の彼女が首を横に振る姿は容易に想像ができた。



「それにしても、久しぶりに会えて嬉しいな。

新理君は夏休み中で、私はお仕事。学生が羨ましい」



椿はそう言うと新理へにっこりと微笑んだ。


彼女の言う通り、夏休み中はいくつかのメッセージでやりとりをし、会うのは久々であった。



「椿さん、仕事してるんですか?」


「そりゃそうだよ。なぁに?仕事してないように見えた?」



新理から見た彼女は浮世離れしすぎていて、仕事という一般的な概念から外れているように見えたのだ。


例えば妖精や精霊のような不思議な生き物で“そこにいる事が役目”というような感覚。



「まぁ……ある意味そう見えました」


「変なの。私を妖怪か何かだと思ってる?」


「そんな事ないですよ。ちなみにどんな仕事ですか?」


「都内のベンチャー企業。そこの人事部みたいな所にいるの。有望な社員を見抜くのが私のお仕事!結構役に立ってるの」


「あ、そこで霊視を使ってるんですね」


「ここだけの話、知り合いがその会社の経営者でね。就活は楽だった」



2人はお互いに笑い合い、一呼吸を置くと新理が「そういえば」と顔を上げた。



「うちの部長も最近セミナーとかで忙しそうですよ。あ、椿さんは今サークルに所属している俺の先輩方も知っているんですよね?」


「勿論」


「そうだ、会って話したりしなくていいんですか?いや、俺が椿さんと会っていることは内緒にして欲しいって言われたので誰も知りませんけど……」



椿は少し黙った後、新理を見つめた。



「会っても構わないけど……私、新理君と2人で話す時間が好きなんだよね」



彼女の柔らかな微笑みに、新理はどきりと心臓を高鳴らせた。


しかし、それ以降彼女からサークルに関する話題は出ずにその日の会合は終わってしまった。



*



数日後、もやもやを抱えたままの新理は、4階までの長い階段を上りサークル部室への扉に手を掛ける。



「どーも新理君。風が冷たい!早く閉めて」



中には古都研究会の部長である田渕たぶちの姿がそこにあった。


急いで扉を閉めると、新理はリュックを下ろしながら笑った。



「さすがにまだ暖房はつけていないみたいですね」


「10月下旬はまだ我慢してるの。やばい時は足元の小さいヒーターを点けるわ」



机の下を覗くと、田渕の足元には小さなヒーターがあった。



「こんなのいつの間に持ってきたんですか?」


「いいでしょ。中岡なかおか君が持ってきてたのよ」


「横取りしたんですね」



同級生であり友人の中岡が、猫背をさらに曲げてへこんでいる姿を想像し、彼は苦笑いをした。


愉快そうに笑う田渕を見て、新理はふたたびもやもやを募らせた。


古都研究会の先輩部員である田渕や藤本ふじもとは、OGである椿とも知り合いのはずである。

2人とも優しく気の良い性格であり、何故椿が2人と会いたがらないのか新理は不思議でならなかった。



「そういえば部長、5月頃女性が訪ねてきたのを覚えてますか?黒髪でショートヘアの女性」


「……会ってはいないけどね。覚えているわよ」


「俺、思ったんですけど、もしかしてあの人ここのサークルのOGなんじゃないかなって」


「そうだけど……何?会いたいの?」



田渕は鋭い目付きで顔を上げ、その目付きに新理はわかりやすく狼狽えた。



「い、いや、そんなことはないですけど、OGならまた顔を見せに来ないのかな〜……と思っただけで……」



彼が情けなく目を泳がせていると、田渕が手元のスマホに一枚の画像を出した。



「香田君が会ったのこの人?」


「あ、そうです!この人!」



彼女が見せた画像は、笑顔でやや幼い顔立ちの明るい髪色をした田渕と、隣で微笑む椿の写真であった。


椿は変わらず、白いワンピースに黒髪のショートヘア。どことなく彼女は寂しげな顔をしていた。



「これは私が1年の時の写真。椿さんねぇ……会ったならわかると思うけど、美人ですごく不思議な人だったわ」


「ああ……確かに。でも笑顔が多い人でしたよ。部長、仲が良かったんですよね?会ったりしていないんですか?」



田渕は短くため息をつくと、写真を見ながら話を続けた。



「卒業してから連絡取っていないの。いつの間にか連絡先が消えててね。機種変しちゃったんだと思う。まぁ、このサークルはイベント事もないし顔出しする程のもんじゃないけど」


「それでこの間驚いていいたんですね。まるで来るはずのない人が来てしまったみたいな……」


「そりゃあ、去年ほとんど学校に来てなかった人を見たら驚くわよ。まぁそんな人ざらにいるからそこまで気にしていなかったし」



4年生は単位が取れてさえいれば顔を出す生徒は少ない。椿もその1人だと田渕は考えていたようだ。


不安げな顔の後、彼女はぱっと笑顔になった。



「でも、元気そうならよかった。あの人、たまに思い詰めてる時があった気がしてね。結局、私には話してくれなかったけど」


「へぇ」


「藤本君とも仲が良かったはずよ?たしか小学校が一緒だったっていってたわね。あれ、中学だっけ……いや、中学は別だったはず。その頃の面識はなかったのかな?まぁ、とにかく仲が良かったの。ほら、新理君の好きな大学の怪談話。あれの一部は椿さんが広めたのよ」


「え?そうなんですか?」


「藤本君あの頃は毎日来てたっけなぁ。椿さんは部長で部室にはたまに顔出してたから多分そのせいね。私が部長になった途端、幽霊部員になるんだからある意味素直よね」



田渕は笑いながらスマホを手に取った。



「でも最近はよく来てるわよね。新理君がいるからかな?」


「そうなんですかね……嬉しいようなそうでもないような……」



新理が微妙そうな顔で机に頬杖をつくと、田渕がカメラのシャッターを押した。



「わっ、いきなりなんですか?」


「私にこんなかわいい後輩ができたって、今度椿さんに会ったら自慢してやるの」



彼女が見せた写真の新理はものすごく不細工で、彼は苦言を呈したが田渕は満足げに微笑んでいた。




写真 end

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