第21話 第2次バトル・オブ・プリデン③

1941年8月8日


 イギリス南部の情勢はフランス北部とは対称的であった。


 昨年7月、イギリス本土上空での航空攻防戦が始まった頃は、ポーツマス、バーミンガム、リバプールといった都市から、連日のようにイギリス空軍主力戦闘機スピットファイアが出撃し、欧州大陸から飛来してきたドイツ空軍のメッサーシュミットBf109、メッサーシュミットBf110、He110といった機体と死闘を演じていた。


 戦っていたのは航空要員だけではない。地上要員も、対空戦闘、損傷機の整備、爆弾によって破壊された設備の復旧作業などで大いに貢献した。


 そして、それらが実り、昨年9月末、航空攻撃ではイギリスを屈服させることは不可能と見たドイツ第3帝国総統アドルフ・ヒトラーは航空攻撃の中止を命じ、イギリス上空での航空攻防戦は約2ヶ月強で終結を向かえたのであった。


 それからは、両者の関係性が逆転し、今年の6月頃からイギリス空軍と、イギリス本土に派遣が始まったアメリカ戦略航空軍の重爆部隊がフランス北部への空爆を開始し、イギリス本土を覆い尽くしていた緊張感は徐々に薄れつつあった。


「眠くてたまらん。ただ見張っているだけというのも案外楽では無いな」


「交代時間まであと15分ほどだ。それまで頑張ろうぜ」


 午後9時頃、ポーツマス付近にある空軍飛行場の一つで対空機銃座担当に配属されていたセカンド・ボード上等兵曹とニコラス・ハイン上等兵曹はタバコを吸いながら会話していた。


「こんな弛みようでは、あっちの連中には申し訳ないな」


 そう言ったハインの視線の先には、夜間にも関わらずB17、ランカスターといった機体の整備に追われている整備員達の姿があった。


「飛行隊の少佐殿の話によると、航空部隊の方は苦戦を強いられているようだな」


 ボードは会話の内容を切り替えた。


「そうなのか?」


「らしいな。フランス北部への攻撃が始まったのが確か6月の始めだったと思うが、この2ヶ月間で護衛戦闘機、重爆合わせて200機以上が未帰還になっているらしい。4回出撃したら確実に戦死するらしいぞ」


「それは大変だな。ドイツ軍も攻勢を早めに打ち切ったおかげで、迎撃用の戦力が充実しているのかもしれないな・・・」


 ボードとハインがこんな会話を交わしている内に、交代時間を回り、兵舎から2人の兵士が機銃座に向かってきた。


 ボードもハインも立ち上がり、今日の任務は終わったと考えていたが、・・・


 空襲警報がけたたましく鳴り響き、ボードとハインは一瞬にして眠気を吹き飛ばされ、飛行場にいた全ての人間が何事だと騒ぎ始めた。


敵機ボギー!!!」


 誰かの叫び声が木霊し、ボードとハインも反射的に機銃座に取り付き、対空戦闘の準備を開始した。


「何故奴らは来た!?」


 ハインは叫んだ。ドイツ空軍のイギリス本土に対する航空攻撃は昨年で終わったはずではなかったのか、今は「攻めるイギリス、守るドイツ」という構図ではないのか、という思考がハインの脳裏を駆け巡った。


「敵機、低空付近に多数!」


 このタイミングでレーダーマンからの報告が、基地全体に響いた。


「間に合わん――!!!」


 低空から猛速で接近してきている敵機の影と、その先にいる発進直前の十数機の夜間戦闘機を見て、ボードは絶望の呻きを漏らした。


 滑走路周辺で数条の発射炎が閃いた。ボード同様、敵機の接近に気がついた機銃座が対空射撃を開始したのだろう。機銃の種類は28ミリ単装機銃であり、力強い砲声や連射音が2人の耳にも聞こえてきた。


 空中3カ所に火焔が湧き出し、来襲してきた敵機が地面に叩きつけられた。


 だが、大多数の敵機は対空射撃などに構うことなく、進撃を継続する。


 編隊の先頭を行く敵機の両翼から青白い機銃弾が発射され、発進直前であったスピットファイア3機に吸い込まれ、満載されていた燃料が誘爆を開始した。


「・・・!!!」


「こっちにも来てるぞ!」


 破壊されてゆく英空軍の主力戦闘機が破壊されていく様を呆然と眺めていたボードであったが、ハインの声と、接近してくる敵機から発せられるエンジン音によって引き戻された。


「射撃開始!」


 ここら辺の機銃群の総指揮を任されている大尉が下令し、その命令を聞いたボードが機銃の発射把柄を握った。


 直径28ミリの機銃弾が砲身から発射され始め、スピットファイアに装備されている20ミリ機銃、12.7ミリ機銃のそれよりも遙かに太く、逞しい火箭が敵2機を立て続けに捉えた。


 「敵2機撃墜!」との報せが入ってきたが、ボードは機銃を発射する事に、ハインは機銃弾を28ミリ機銃に補充する事に集中しており、敵機を撃墜することだけを意識していた。


「・・・!!!」


 敵機が2人の上空に迫り、ボードもハインも次の瞬間には、敵機から投下された爆弾によって四散することを覚悟したが、そうはならなかった。


「・・・?」


 だが、敵機の編隊は2人の予想とは反し、上空を素通りしていった。


「助かった・・・!!!」


 ボードは胸をなで下ろしたが、それに張り裂けんばかりのハインの声が重なったのは次の瞬間であった。


「不味いぞ! 敵編隊の狙いは泊地内の艦艇群だ!!!」







  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る