第14話 水上の狩人⑤

1941年7月22日


 敵戦艦1番艦に魚雷命中の水柱が奔騰した時、第11戦隊「高瀬」「鳴瀬」「米代」「子吉」の4隻は残る敵戦艦2番艦に対し、突撃を開始していた。


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日本海軍 高瀬型重巡洋艦「高瀬」


全長 203.76メートル

全幅 20.37メートル

基準排水量 13000トン

速力 33.3ノット

兵装 55口径20センチ連装砲 5基10門

   45口径12センチ単装高角砲 6基

   61センチ3連装舷側発射管 4基12門

同型艦 「鳴瀬」「米代」「子吉」

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「敵艦発砲!」


「了解!」


 「高瀬」見張り長宮下亮介大尉からの報告に、艦長岩淵三次大佐は短く返答した。


 岩淵は11戦隊から放たれた1回目の魚雷飽和攻撃に搦め捕られなかったレキシントン級巡洋戦艦2番艦の姿を見やった。


 まだ敵戦艦とは15000メートル程距離が開いているため、分かりにくかったが、褐色の煙がうっすらと「高瀬」の艦橋からも確認することが出来た。


 敵2番艦から放たれた第1射が弾着する前に、後続の「鳴瀬」「米代」「子吉」が砲撃を開始する。


 殿艦の「子吉」が放った20センチ砲弾が「高瀬」の頭上を通過した時、主砲発射を報せるブザーが艦上に鳴り響いた。


 その時艦橋にいた全員が何かに捕まり、斉射の衝撃に備える。


 ブザーが鳴り止むのと同時に、「高瀬」そのものを砲声が包み込み、真っ赤な火焔が20センチ主砲から湧き出した。


 第1射発射から20秒後、11戦隊各艦が第2射を放つ。


 今度は「高瀬」の2番砲から音速の1.5倍の速力で20センチ砲弾が発射され、敵2番艦へと殺到する。


「来るぞ!!!」


 岩淵は叫び、それに敵弾の着弾時の音が重なった。


 「高瀬」の右舷前方に水柱が奔騰した。


 水柱は強く、太く、逞しかった。その頂はともすれば天に突き刺さっているのではないかと岩淵に思わせる程であった。


 水柱が崩れ、大量の海水が艦上に降り注ぎ、しばし「高瀬」の視界を塞いだ。


 基準排水量13000トンの艦体が大きく左に傾き、その状態で発射された「高瀬」の第3射は、照準がずれたことによって全く命中が望めなくなった。


 この直前まで、岩淵はいくら相手がレキシントン級の巡洋戦艦だからといって1対4では、高瀬型重巡を擁するこっち側に分があるだろうと踏んでいたが、そんな考えは一瞬にして吹き飛ばされた。


「第1単装高角砲損傷!」


「艦底部に微量の浸水発生!」


 砲術長板屋重則中佐と機関長三宮道真少佐が同じに報告を上げる。


 2人ともかなり平常心が失われているようであった。まだレキシントン級から放たれた40センチ砲弾が「高瀬」に命中どころか、至近距離に着弾していないのにも関わらず「高瀬」が損傷を受けたことに対して2人共驚いているのだろう。


「浮き足立つな。いつも通りだ!」


 岩淵は伝声管越しに喝を入れ、浮き足立っていた「高瀬」の幹部達を鎮めた。砲戦の基本は「冷静沈着」であり、それが各部署の指揮官クラスから失われてしまったら、勝てるものも勝てなくなってしまうからである。


「魚雷しかないな」


 敵2番艦が第2射を放ち、「高瀬」が第4射を放った時、岩淵は呟いた。


 当たり前と言えば、当たり前なのだが、11戦隊に勝機があるとしたら、敵2番艦に敵1番艦同様、魚雷を命中させるしかない。


 射点までまだ8000メートル以上あり、危険が非常に大きいが、陸軍を満載した輸送船団を守り抜くにはこれしか選択肢はないだろう。


 11戦隊各艦が放った射撃は、第4射まで全て空振りに終わり、敵2番艦から放たれた第2射が着弾した時、悲劇は起きた。


 3番艦の「米代」の周囲に3本の水柱が立ち昇り、「米代」の艦体が束の間、持ち上がったかと思いきや、残る1発が「米代」の艦中央部に命中し、次の瞬間、凄まじい勢いで火柱が噴き上がったのだ。


 爆発音が大気を鳴動させ、ぶちまけられた多数の破片が2番艦「鳴瀬」、殿艦の「子吉」の甲板上にまで飛んできた。


「よっ、『米代』轟沈!」


 宮下が今にも泣き出しそうな声で「米代」の轟沈を報せた。


「敵2番艦までの距離は後どれくらいだ!」


 岩淵は敵2番艦までの距離を確認した。


「8500!」


「7000、・・・いや、7500で投雷する! 水雷長!」


「距離7500で投雷! 宜候!」


 艦首見張り員からの報告に、岩淵は投雷距離を修正し、それを水雷室に伝えた。


 新たな敵弾が、轟音と共に飛来し、「高瀬」に1発が直撃した。


 直撃した40センチ砲弾は、「高瀬」の煙突に直撃し、煙突を根元からへし折った。


 行き場所を失った煙が「高瀬」の艦内で充満し始め、副長からも被害報告が上がってきたが、岩淵の意識は「距離7500メートルで敵2番艦に対し、投雷する」という思考で埋め尽くされていた。


「7500!」


「面舵!」


  敵2番艦との距離が7500メートルまで縮まった瞬間、岩淵は命じ、「高瀬」の艦体が艦首を右に振って転舵し始めた。


 「高瀬」から魚雷が発射され始めたのと、敵2番艦から放たれた40センチ砲弾が「高瀬」に止めを刺すべく飛翔してきたのは、ほぼ同じタイミングであった・・・




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