第8話 開戦の号砲⑤

1941年7月22日


 4戦隊殿艦「山城」が最初の直撃弾を受けたのは、後続する「金剛」が戦闘・航行不能となったタイミングとほぼ同時であった。


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日本海軍 扶桑型戦艦「山城」


全長 205.0メートル

全幅 28.65メートル

基準排水量 28326トン

兵装 45口径36センチ連装砲 6基12門

   50口径15センチ単装砲 16門

   40口径7.6センチ単装高角砲 4門

   25ミリ連装機銃 10基20門

同型艦 「扶桑」

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 天空から叩きつけられたような異様な衝撃が艦を襲い、艦橋全体が大きく揺さぶられた。


 おどろおどろしい炸裂音が聞こえ、次いで、何かが崩れるような音が轟いた。


「砲術より艦長。第4主砲に直撃弾!」


「了解!」


 砲術長田原吉興中佐が切迫した声で報告を上げ、小畑長左衛門艦長が短く返答した。


 まだ敵2番艦に直撃弾を得ることができていないこの状況下で、「山城」は主砲火力の6分の1を喪失したのだ。後続の「金剛」が沈没確実になった事と相まって、不安の気持ちが小畑の心の中に広がりつつあったが、艦長としては「山城」の奮戦を信じて戦うのみであった。


「第6射弾、弾着!」


 見張り長大野友之大尉の声が上がり、敵7番艦の姿を隠した。


「挟まったな」


 「山城」の第6射弾が敵2番艦を挟叉した事を確信した小畑は呟き、田原から「次より斉射」との報告が報される。伝声管越しに聞こえる田原の声は冷静沈着そのものであり、艦長としては頼もしい限りであった。


 「山城」が主砲弾の装填を待っている間、敵弾の飛翔音が聞こえてきた。


 心臓を掻きむしりたくなるような音が響き、敵2番艦から放たれた8発の40センチ砲弾が殺到する。


 小畑が反射的に衝撃に備えて、身構えた瞬間、先の被弾のそれに倍する衝撃が「山城」を襲った。水中爆発の爆圧が「山城」の艦底部を痛めつけ、奔騰した水柱が「山城」の視界を完全に奪った。


「砲術より艦長。単装砲2基損傷! 砲弾誘爆中!」


「機関長より艦橋。4番缶室に軽微な浸水! 航行に支障無し!」


 田原と機関長美濃部三郎少佐から被害報告が伝えられ、衝撃が収まった直後、「山城」は健全であることを示すかのように第1斉射を放った。


「敵2番艦に直撃弾確認! 『扶桑』の戦果です!」


 「山城」に僅かに遅れはしたものの、ここで「扶桑」も敵2番艦に対し、直撃弾を得た。これで敵2番艦が使える主砲は4基8門に過ぎないが、こっちは「山城」「扶桑」の主砲を合計して11基22門と敵2番艦を手数で圧倒することができる。


 「山城」が放った第1斉射弾が落下する。奔騰する水柱の向こう側に新たに爆炎が確認され、田原も「第1斉射弾、命中弾1」との報告を報せてくる。


 だが・・・


「効いていないな」


 姿を現した敵2番艦を見つめながら小畑は呟いた。「山城」が放った36センチ砲弾は確かに敵2番艦を捉えはしたが、レキシントン級巡洋戦艦の40センチ砲弾対応の防御装甲に難なく弾き返されてしまったのだろう。


「1発で駄目なら2発! それでも駄目なら3発だ!」


 小畑は叫び、「山城」は引き続き第2斉射を放つ。


「『扶桑』斉射!」


との報告が入り、それに敵弾の落下音が重なった。


 全長205.0メートル、全幅28.65メートル、基準排水量28326トンの巨艦が浮かび上がった――そう思った直後、多数の悲鳴が「山城」の艦上を木霊した。


「前甲板に敵弾2命中! 前甲板損傷大!」


 大野が報せ、引きちぎられた角材が舞い上がり、艦橋の防弾ガラスの一部を破壊する。


 艦橋内にいた「山城」の幹部が2人程負傷したが、小畑はそんなことに構わずに第2斉射弾が命中する瞬間を待った。


 「扶桑」の第1斉射弾の方が先に落下し、敵2番艦の艦上に閃光が走る。


 その閃光が消えぬ内に、「山城」の斉射弾10発が殺到し、敵2番艦に更なる命中弾を与える。


「合計4発命中!」


 田原が戦果を報告し、小畑は敵2番艦の姿を凝視した。


 敵2番艦は第3主砲塔と第4主砲塔の間から大量の黒煙を噴き出していた。命中した36センチ砲弾は辛うじて装甲の薄い場所を貫通し、艦内で炸裂したのだろう。


 敵2番艦の主砲を使用不能にした訳ではなかったが、ここにきて「山城」「扶桑」の36センチ砲弾が明確な戦果を挙げたのだ。


「敵2番艦の斉射弾、来ます!」


 見張り員からの絶叫が聞こえた直後、最初の被弾時か、それ以上の強烈な衝撃が、「山城」を襲った。


「・・・!!!」


 小畑の体が艦橋の壁に叩きつけられ、痛みに悶えている間に、被害報告が届く。


「第2主砲損傷! 全砲員戦死の模様!」


「弾火薬庫への注水急げ!」


 痛みを堪えながら小畑は弾火薬庫への注水を命じた。


 主砲弾が保管されている弾火薬庫に火が回った時には、それが「山城」の最後である。弾火薬庫への注水だけは忘れる訳にはいかなかった。


 再び砲声が轟き、「山城」が身を震わせる。


 「山城」は残った4基8門の主砲で反撃の斉射を放ったのだった。


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次回、力尽きる老雄。


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2022年4月8日 霊凰より



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