第22話 プレイヤー

 プレイヤーギルド。

 キノたちをプレイヤー第二次世代と呼ぶなら、さしずめインペリアル・フロンティア(無印版)、第一次世代の集まりが、彼らとなるのだろう。

 どんな人らかを楽しみにするのも、野暮だったかもしれない。


「――この前の、まとめてカモったってマジ?」

「あぁ、レベル50もない役立たずどもだろう。

 なんでもほかの世界から来たとかよ」

「SFもほどほどにしろよ……契約紋スロットの足しにもなりゃしねぇって。

 おいあれ、始末屋じゃん」

「ッ、来てたのかよ」


 アスカが離れて突っ立っていると、舌打ちまでしている。

 ……これで正解だったのだろう。ミユキもプレイヤーには面が割れているが、彼女は『始末屋に侍らされた哀れな少女』だ。

 話していた二人のプレイヤーは、ミユキと隣あっていたキノたちに意気揚々と話しかける。


「坊主たち、レベル70か?

 始末屋なんぞと関わるのはやめておけよ、いつか本当にぞ」


 彼らを第一次、自ららの同胞と考えたのだろう。

 短期間のうち、ミユキに仕込まれて爆速でレベル上げに挑んでいたなど、想像だにしていない。

 アスカもミユキによる無生物エネミーの経験値無限稼ぎについて、その後あれを「一般的な方法ではない」とキノたちに説明したし、アバター選択初期に盗賊を選んで育成しなければならないものであって、初期自由職はリセットが効かないため、同職でもなければ再現性が低まる。

 シーリングタイトルによるMP回収と攻撃力を極限まで強化し、一撃離脱を繰り返す。そこで一度の動作につき、武器の射程にいくつまで手頃なエネミーを補足できるか。

 あの洞窟内のスノードールは基本的にレベル66~9の間ぐらいになる。

 通常のプレイヤーも、これの効率を考えながら独自の周回システムを考えるそうなのだが、ミユキのものほど完成度が高まるかは微妙だ。ブーメラン投法による刀身回転、そのリーチの拡大は双剣に限られる。

 通常の刀剣も投擲したそれを引き戻す手段はあるが、基本的には刀身が行く方向、そして効果攻撃やレアリティの関係で一度に補足できる数は限られており、かつ洞窟内のような遮蔽された場所では、特に槍のようなものは射程を塞がれがちになってしまう。

 基本的に通常攻撃からして、単純リーチの長いものは広域で高威力を解放できるようできている。

 それにしても……キノとカリンは、薄ら寒いものを覚えずにいられなかった。


「――あの人より、感じ悪いひといるんだな」


 カリンでさえ、男たちが立ち去ってしまうと、小声でそう言ったキノを宥めない。

 アスカやアキトも大概だが、プレイヤー男性陣は信念のありげなふたりより、ヘラヘラしているがゆえに、始末に負えない。

 ああいうのを敵に回すと、面倒だ。

 個人と言うより、彼らの持つ社会性、とでもいうか。

 契約紋はすこし変わった形をしている。


「ノヴァにも、プレイヤーギルドはありましたよ。

 でもこっちのギルドは、ギルドにシンボルがあるんですね」

「調律士を有するギルドが優先的に獲得するの。

 テンプレートもあるけど、調律士によるオーダーメイドが可能だから。クリエイティブボードで寄稿して、デザイナーに持ち寄らせることもあるし、カレンみたいに自分でデザインを起こせるひとも、たまにいる。

 そういう人が、デザインの腕を活かしたくてやってるのもあるんだけどね」

「すごいな、あの人。

 ものづくりならなんでもできてしまいそう」

「実際、元は服飾とか同人誌もやってたみたいだから。

 けど時々へんな……えっちな?

 やつばっか作って、人に着せようとしてくるんだけど」


 ミユキがやや照れながらに言うので、キノも態度が前のめりになる。


「その辺、詳しく聞かせていただけませんか」

「アホなの?」

「さぁせん……いやカリンが着たら、かわいいのあるかなと」

「馬鹿、変態」


 カリンに素で言われて、キノは委縮した。

 わりに反省が薄い。カリンのほうもまた嫌でなさそうなのが、こいつら爆発しねぇかなと、ミユキは素で想う。


「で、ギルドシンボル――契約紋と重なってるようですけど、あれはどこの」

「『モルフェウス・カンパネラ』のものだね。幹部のひとはアスカさんと顔見知りだったりするけど、仲がいいとも悪いとも聞かないから、放っておこう」

「ミユキさんて……アスカさんのこと以外、社交は心底どうでもよさげですよね」

「失敬な。あの人以外の誰が、私なんて望んでくれるんだよ」


 そんなことないですよ、とかキノやカリンが言い出せる雰囲気でもなく、そのようなミユキの“惰性”にふたりは呆然となった。悲観的過ぎる。このひとの自己肯定感のなさ《面倒くさがり》は筋金入りらしい。


「それは、アスカさんがそう言ったんですか?」

「あの人がそんなこと言うわけないじゃん」

「えぇ……」


 なにを、決めつけているのか。

 アスカ以上にこの人には露骨にして危うく、歪なものを覚える。……なぜあの男に同情しているのか、僕は。

 こんなに不安定な女、到底キノには扱える気がしない。

 よもや契約紋に紐づけるとか、本当に何があったんだ、あの人との間には。


「人間が、嫌いですよね」


 カリンが言うと一瞬片眉が吊り上がるが、すぐに無表情になる。


「みんな緊張感がない。ソロモン級には、彼らだって手を抜けないととうにわかってるはずなのに」

「……違う紋章のひともいますね」

「あっちは――あぁ、黄道級ホルダーのいるところだね」

「黄道級を、飼ってるんですか。

 ギルドの人が」


 キノの言葉に、ミユキは頷く。


「『イラストリアス・アービター』、レベルにして100超えたトッププレイヤーも何人か有している、少数精鋭・実力トップクラスのギルド」

「すると所属する全員、ネームドじゃないですか?」

「えぇ、そうでしょうね。

 ……俄かは私らってことかね、アスカさんや私も番付なんて眺めなくなってしばらくだから」

「いやそこは気にしましょうよ?

 あ、カレンさん来ました」


 ネーネリアはこれほど多種多様なプレイヤーが集まるのは、初めて見たので多少なり興奮している。カレンを見つけると、手を振った。

 カレンはそれには反応を示さず、みなに接近する。

 周囲のプレイヤーを気にしているようだ。


「アスカは?」


 ミユキに尋ねた。彼女は腕を前で組みながら、顎で示す。


「あっち。

 天幕のほうで話し込んでる」

「ありがとう、みゆきち」


 すると彼女も天幕の中へ入っていった。


「みゆきちって、犬みたいな」

「カレンはその辺、センス期待したらダメだよ」

「そうなんですか? よかったんですか、綽名それで」

「うっさい」


 ミユキは気が立っている様子。

 ところで天幕に今しがた、黄道級ホルダーの男もカレンを追うように入っていった。



 アスカは愕然としている。


「今、なんて言った」

「これは儀式なんだ。理解の遅い君には改めて言ってやろう、ソロモン級が現れるのは、予定調和だと言っている」


 アービターのギルドマスター、ハーヴェイはそう語った。


「そのために、プレイヤーに犠牲が出ても構わないのか?

 ソロモン級の恐ろしさは身に染みているはずだ、あれは柱からレベル90以上の軍団を必ず呼び出す、おまけに二つの柱が同時に顕現するのを、予定調和だと?

 ここにいる何人殺す気だ、あんたらトッププレイヤーはいい。だがほかのギルドのは……!」

「それを丸め込むのは簡単だ。

 我々が彼らに力で示せばいい――黄道級、それに星座級の数々を我々は侍らせている」

「あんたらは前にソロモン級が現れたときも、そんなことを言ったよな。

 あの時、あんたらの後続を請け負った中堅のプレイヤー20人、あれだけの犠牲を出しておいて、慎重の言葉をわからないか」

「いやはや始末屋くん、きみが直接手掛けてきた数には敵わないよ。ほら、いつぞや反社ギルドを闇討ちしてたでしょ。

 あれだってきみが彼らから資源リソースを奪い取るためにやったんだ、プレイヤーキルやら暴行がどうとか言ってたけど、連中じつは冤罪だったんじゃッてもっぱらの噂で、30人学級ならひとクラスぶん丸々皆殺しじゃないかい。

 あぁ、冤罪の証明しろってのは止しとくよ、悪魔の証明にもろつっこんじまうし、あくまで噂は噂だ」

「――、命を数で語って」

「体のいい逃げ口上だな。最初に始めたのは君だ」


 アスカの意見など、まともに取り合うつもりがないらしい。


「今度は柱の進行予想図ね?

 そんなもの、どうやってこれが本物だと証明するのかな。

 きみがプレイヤー皆殺しにしたがってる、って噂――これ使えばいくら殺せるのかなぁ。

 君と言う殺人狂は、信用にあたわないんだよ」


 この男はバカではない。

 ……ただプレイヤー個々の存続に興味がないだけ。

 形ばかりの配慮はできるところが悪辣で、だから『アービター』の名声は高い。

 頭が回る故に、自分と同じように優秀な人間を手厚く庇護し、かわり情弱には相応の扱いをする。


「ま、これはプレイヤー間に共有しておこう。

 ここに合流できた我々は、早速アガレスの攻略に向かう。

 代わり、プルソンの本体を見つけ、討伐するのはきみだ。

 名誉なことだろう?」

「信用にあたわないんじゃなかったか」

「君は人殺しだが、俺の見方から言うと、詐欺師ではない」


 散々落としてから上げられて、いい気になってやる理由はない。だがこの男、顔もいいから、そういう畜生な言い回しをしても、許されるのだろう。

 アバターの顔は、現実のそれにある程度近似するよう調整されるが、彼は元が端正なゆえに。


「たとえばきみがこの会話を録音し、外部に公表するとしよう。こちらはなんの痛痒もないが、きみはどうだろう?

 信頼を失うのは、暴露したきみのほうになるんじゃないか。

 ……という、仮の話だけどね」


 あらかじめから、自分に不利益なことは吐かないし、リスク管理も怠らないと。実際、保険程度に言われた通りのことをアスカはしているが、この男の言う通りなんだろう。


「我々は十二支族の固有契約紋を、どんな手段を使ってでも、集める必要がある。プレイヤーは守られても、そうでないゲーム由来のものを庇いだてる必然など、我々にはない。そうだろう?

 ソロモン級の柱、片方を呼び出したのは我々だけど、柱の誘発によって、ちょうど進行方向にある牛人の村落は壊滅だろうね。

 けどあいつら、過去にほかのプレイヤーにオルタナの支族縁者を狩られたって、いつまでも交渉には応じない。

 だったら殺し尽くすしかないよね、『人間じゃない』んだし。

 いっそ全滅してくれた方が、清々しくない?

 そうだよ、十二支族なんて滅ぼしてしまえば、そのときこそ世界に確変が訪れるかもしれない――固有契約紋なんて集めるまでもなかった、難航するばかりで、とんだ無駄足だ」

「そいつは俺とは意見が違いますね。

 生かして固有紋を得られるなら、それに越したことないんじゃないか。現にあんたらだって聞き及んでいるでしょ、固有契約紋を複写する技術が見つかっている」


 アキトから得られた成果だったが、ハーヴェイはあっさり一笑に付した。


「関係ないよ。

 だって支族縁者がプレイヤーに協力せずに、逃げ惑っては敵対してる。

 おかげでデスゲームから半年が経とうってのに、三つの亜人支族を滅ぼして、うちで集まったのさえようやく五つだ。……我々は迅速な成果をこそ、求めているんだよ。

 契約紋を複写する技術も、そのたび一回こっきりだろう。

 ギルド間はいいが、プレイヤー総体と共有はされない。

 誰がどれを、どんな形で持っているか、それすら今日まで確認がとれていないんだから」

「へぇ。なのに悪魔級の柱、んじゃうですか」

「柱の軍団なら、亜人を滅ぼす効率的な戦力にはなるのさ。

 人殺しのきみが、生易しいこと言うのは興醒めにもほどがある。煮え切らないことしているとは、君だって思うだろう?

 柱の力で村を枯らせば、支族はプレイヤーを畏怖せざるをえないし、そうならないなら敵となるから結局此方が蹂躙するだけだ。

 女を侍らせて、人を沢山殺して、好き放題やってきたのは君じゃないか。

 俺はプレイヤーの利益を最優先する」

「そうですか」


 プレイヤーの利益を優先するなればこそ、もっと穏当なやり方は見つかりつつあるのに、わざわざ協力の芽を摘んでしまうのか。

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