第20話 主従

 妙なことになった。

 途中、龍脈の参照図を確認したのだが、活性しているらしい。

 キノとカリンのレベルが74に達した頃、ミユキは休憩を促した。

 簡易結界を用いて、ベースキャンプを洞窟内に形成する。四人は膝を抱えて話し込む。


「龍脈の活性、それだけの思い過ごしならいいんだけど……洞穴から出ることも検討したほうがいいな、場合によったら」


 ミユキには、最悪の想定があった。

 龍脈が活性するということは、レイド級のモンスターが周辺に徘徊している可能性が非常に高まる。

 そうでないブラフじみた場合もあるが、これを地脈らの観測のみで判断するのは危うい。


「レイド級だったら、どうします?」

「それも規模によるかな。

 洞穴から下手なタイミングで出て、万一相手が人を感知するタイプで、見つかって追われでもしたら、君たちを私で逃がしきる自信はない。

 龍脈の活性が引くのを待ちながら、レベル上げ、くらいかしら。もう殆ど頭打ちだけど。

 ……この辺で、二人のバトルスタイルも確認するよ。ここからは各人の判断でどこまで動けるか。

 アスカさんだって、必ずそう考える。

 全員で生き残るためにね」


 彼に対する心酔を、今更三人は問い質さない。

 訊かなくとも、態度が示している。


「ミユキさん……そのときは、私を使ってください」


 ネーネリアが進言し、ミユキは見開く。


「あなたひとり程度で、なんとかならないから」

「ずっと考えてたんです。

 私ができること」

「そう。じゃあ、動けるってことね」


 無茶でも動かす。ミユキの冷徹な目がそれを語っている。


「後から荷が勝ち過ぎた、なんてのはやめてよ」

「は、はい」


 ミユキはプレイヤーふたりへ向き直った。


「キノ君は『錬金術士』、カリンちゃんの二次職は『占星術士』。

 二人とも、基本は援護職か。

 今は私を主体としてるからとかく――このままだと、使役するものに振り回されるよ。

 自分たちで動けないと、不測のミッションに対処できない。

 ……私たちが嫌でも、あっちから勝手にやってくるから。

 この世界は、果報を寝て待たせてくれない」

「どういうことです?」

「安寧や休息のひとつ得るにも、リソースを奪い合うことになる。

 プレイヤーが社会と関わらないままふて寝できるようにはなっていない。

 世界はサナトリウムじゃない、いくつもの社会が競争をもって動いている、経済体系ひとつとっても、貨幣ならそれを発行するための共同体や設備を維持するなり、場合によったら一度滅びたものを再構築しなければならない。

 既存のリソースを潤滑させるのが前提、まったく未知のものは作れないから。

 プレイヤーもまた、そうした競争の単位に、とうの昔から巻き込まれている」


 ふたりは一度、押し黙った。

 キノは考えに耽る。


(デスゲーム――プレイヤーがプレイヤーを、侍らせる)


 ミユキのマフラーから僅かにこぼれた素肌の襟元には、緑の従契約紋が刻まれている。隠しているわけではないが、プレイヤーに見せるとかどが立つから、マフラーなどしているとのことだ。

 一時期は、表面の契約紋を隠すためにスキンを利用したとも言っていた。

 さっきに至っては、上とか下とか関係ないとのたまっていたが――どうしてこんな歪な主従を、ミユキとアスカは継続してこれたのだろう?


「あの」


 カリンが訊いた。


「グルジオなんたらってモンスター、何かあったんですか?

 現れたら、この四人で対処できるんです?」

「洞窟の最奥、あれはフロアボスとして鎮座している。

 ……だから普通なら、ここまで現れることはない」

「普通じゃない場合、ありうるんですか。

 今ってそうじゃないんですか、答えてください」


 ミユキは彼女の口元に指を置く。


「今、話す。焦らないで聞いて、それが大切だから。

 結論から言うと、

 龍脈の話はしたでしょ」

「それが関わると、どうなんです」


 重ねて問うキノの声は掠れる。


「端的には、


 彼女がそう言い終わった直後、それまで土だったはずの床に、急速な冷気を覚え、一同は立ち上がる。


「!!?」

「言ったそばから、お出ましか」


 結界で作ったはずのキャンプにも、氷床は浸蝕した。

 ここはもう、使い物にならない。


「みんなさっき来たほう憶えてる?

 走って!」


 地響きとともに、曲がり角から朗々と咆哮もする。

 灰色の大兎、そのうなじがちらつく。

 プレイヤーの身長のゆうに四倍はある異形を前に、ミユキはそれを強く睨みつけた。

 グルジオ・コニグリオ、それ単体なら問題ないが――、


「やはり龍脈の活性で、フロアの範囲が延長されている!?

 今ならまだ索敵を振り切れる――カリンちゃん!」

「!」


 逃げ遅れる彼女の腕を取って洞窟内をふたり跳躍するも、間に合わない。変質するフロアの索敵範囲に、カリンの足首が引っ掛かった。

 青ざめるカリン。


「補足されたか」

「ごめんなさい」

「そういうときだってある!」


 ミユキは彼女を責めることをしないで、僅か先、ほぼ併走するキノへと彼女を押しやる。


「私が――誰一人、欠かさない!」


 グルカナイフを正面に交錯させて、間合いに飛び入ってきたフロアボスの突進、その鼻先に叩きつける。

 と思いきや、鼻先を軸に自身の身体を宙返りに跳ね上げた。

 天井に足がつくと、グルカナイフに水と雷の効果を付与しつつ、その瞼に差し込むや、直後離脱する。

 赤マフラーが翻り、ナイフを握ったまま、定位置に寄せ直す。


「三人は足元に注意して、こいつだけのうちに私で仕留める!」

「できるんですか!?」

「“五割をパーペキに持っていくッ!”

 カリンちゃん、私に支援術式の付与!

 キノ君も雷属性の攻性バフ頼んだ!」


 ふたりともすぐ頷いた。


「それとネーネリア!」

「はい!」


 最後に彼女を呼ぶ。彼女も反射で返した。


「ふたりと一緒に、氷床ひょうしょうからはすぐまたスノードールが出る、グルジオの周囲から攻撃して削っていって!

 でなければ私が守れない!」


(グルジオに『解体』は通用しない。

 せめてランクがSあれば、話は別だけど――。

 個人のレベルはすぐ上げられても、スキルの質は育成に時間がどうしたってかかる!)


「纒、三重!」


 ネーネリアを抜きとすると、ミユキのスロットに収まる最大数のモンスターのステータスを、ナイフに上乗せしていった。

 この場でもっとも戦闘力があるのは、結局ミユキである。

 さらにプレイヤーふたりから自身に付与されるバフを、グルカナイフの“修練奥義”に重ねる。


(一撃で刈り取ってやる)


【修練奥義(スロット1):黒雷解放・一閃 (強化Lv. 10/10 “max”)】


 グルカナイフの刀身から漆黒が迸るや、ミユキがその場にいたすべての視界から一瞬消える。


「早い!? どうやって――」

「また上!」


 カリンが気づけば、側面から黒の雷撃が首から胸にかけて落ち、盲目の灰兎は氷床に引き倒される。

 そして奥義のモーションが切れたミユキの本体が、真上をとった。

 ――効果で見えるパラメーターグラフに、不穏な効果音までする。

 HPが1だけながら、たしかに回復しているのだった。


「ここで当然の如く『肉体耐久バイタルガッツ』か――ッ!」

「ミユキさん!?」


 カリンが叫んだ。

 大兎の腕が、彼女の痩身へもろに叩きつける。

 地面へ弾き飛ばされたところで、兎の魔法効果MP消費技が発動した。

 地表に張った氷から、急速に展開される棘荊、身体中に穴が開き、流血とともに左腕が持っていかれる。

 吐血とともに、吹き飛びかけた意識を思い出す。


「がッ――ゴッ――……おぇ」


 そこには紅く華奢な人形が鮮烈にして華のよう、地に縫い付けられている。あまりに壮絶なミユキの動きに、急いでモンスターを走らせ、回復術とポーションで彼女へ支援するキノやカリンは、もはや口をきく暇がない。

 彼女のHPは半数を切っていたが、持ちこたえている。


「私、守られてた。

 ……誰かの後ろにいれば、自分は傷つかずに済む?

 そんなわけ、ないでしょ」


 結局、誰かの背中に届く力もない、無力な自分に打ちひしがれ――果てはそのときの無力を悔いる、憎悪さえ抱いた。


(あの時は届かなかった。

 全部、アスカさんに背負わせて)


「キューリさん、あなたは……あなたこそ、アスカさんから逃げなければ。えぇ、恨んでますから、アレ」


 アスカを突き放し、勝手に単独で先行し、こいつにやられた。

 こいつを倒すために、アスカはやむなく、その場で手に入れたばかりの絶対支配を――


(氷床による特殊スタンダメージ込みか、するとすぐには動けない。

 でもこれ以上――)


「汚れるのは、やだなぁ……」


 アラートが鳴る。VRハード本体側から同調率を落とすよう指示されるが、セーフティなどとっくの昔に切っていた。

 この痛みが――アスカに全てを背負わせた自分の咎、いいやそれにしても生温い。

 痛みで償えるというなら、喜んでそうしよう。

 だけど、償えるわけがない。


「またあのひとに、さっさと綺麗なのに着替えろって。

 観てらんないとか、ぼろくそ言われるし――ほっといてくれりゃいいのに」


 小綺麗にすることには、あのひとは時々諄いくらいなのだ。

 再攻撃を真正面から受けようとき、ネーネリアのメイスと戦斧が、灰兎の爪先を押しとどめる。


「アスカさんに、頼まれました。

 支え合うのは、互いを使うことだって。

 上下はあっても、信じているなら、相手のための最善を尽くせるのが、きっと主従だって――私、それってありだと思ったんですよ、大真面目に」

「そう」

「とどめ、行けますよね?」


 血まみれのミユキは頷くと、片腕だけで駆け出し、灰兎の胸を再び穿って、勢いで押し倒す。

 そのまま何度も、息の根の止まるまで何度も串刺しを続けるのだった。

 終わったら、ネーネリアが近づいて、肩を貸す。

 キノたちも集まった。ミユキはぽつりと言う。


「遅かった」

「グルジオは、倒しましたよ?」

「違うの」


 彼女は首を横に振り、顎でそれを示す。


「辛うじて、グルジオは倒したけど――やっぱり誘発した」


 グルジオの胸にあった結晶――ミユキはずっとそれを執拗に攻撃していたが、それが眩く輝いている。


「……スノードール、の上位種ですか?」

「えぇ、フロアボスはグルジオ。

 でも一撃で倒すべきだった、バイタルガッツも封印技で封じてね。このパーティでは、誰も持ってなかったけど。

 HPが危険域に達すると、あれは憑依しているもう一体を排出する。無生物『スノードール・クロロス』、もう一体のフロアボス、こいつに出られると、途端厄介になるよ」


 キノらは周囲を見渡す。


「ミユキさんが恐れていたのは、これですか。

 スノードールたちの新生速度が、倍になってる」

「……あれとかち合うと、もう逃げるしかない。

 迎え撃つには、こっちは消耗しすぎちゃった」

「どうやって、この上逃げおおせるんです」


 ミユキの肩を担ぐネーネリアが、悲嘆した。


「無理でも、やるんだよ。

 最悪、私が囮でも――」

「――こんなところで、勝手にいなくなられてもな」

「!」


 聞き覚えある声とともに、現場へ闖入するのは鴉型の二体の端末――彼女の主人の端末だった。

 それらはスノードールへ向かい、攻撃を始めるや、四人を庇うように立ち回る。


「アスカさん、来てくれたんですか」


 氷床に落ちる彼女の腕を拾い上げ、近づいてきた。

 ミユキは哀しげに笑う。


「……信用されてないんですね」

「それは悲観しすぎだろう。

 お前なら必ず持ちこたえる、現にここまで這ってきた。

 残念ながらこの後が控えていてな、迎えに来た。

 洞窟の外に、ソロモン級が進行している」

「う、そ――」


 ミユキはとっくにくたびれた身体を、それでもなお、無理に弾き起こす。


「あの、目の前のスノードールの群れ、どうするんです?

 このまま逃げればいいんです?」

「いいや」


 アスカはキノの右腕をとって、持ち上げた。

 その目には、怜悧な色を湛えて。


「キノ坊――お前が

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