第17話 ノヴァ

 密林から出た直後、キノとカリンは、アスカから質問を受けた。


「今年って西暦何年?」

「2025年でしょ。馬鹿にしてますか」

「いちいち喧嘩腰やめろアホ」


 カリンに諭されて一度引き下がるが、そのあとが問題だった。


「君たちがやっていた、ゲームについて聞きたい。

 このゲームのタイトルは?」

「『インペリアル・フロンティア 』。

 ここがそうでしょ」


 するとアスカの嘆息が一段と大きい。


「……なんなんですか」

「お互い、面倒なことに巻き込まれたって話だ。

 これを見な」


 アスカのステータスパネルから、タイムコードが示される。


【2013/09/10/18:27:09】


「2013年――」


 カウントは続いており、刻々と過ぎていく。

 こっちもパネルを開いた。


【2025/05/16/17:54:22】


 肝が冷える。


「全然ちがう」

「そういうことだ。

 そして俺たちがログインした頃、ゲームのタイトルに、『ノヴァ』なんてついてなかった」

「じゃあいったい、あんたたちは何者なんだ。

 ……レベルも80とか90あるようだし」

「それを聞きたいのは、俺たちの方でもある」

「え」

「俺たちの時代、『インペリアル・フロンティア』は世界初のVRMMOARPGだ」

「ふざけてるんですか、続編やリメイクでもないのに」


 そこでカリンも現状を認めがたく、抗議する。

 彼女は頭を抱えていた。


「VRMMOなんて、ですか!」

「君たちの言ってることは、正しいんだろう。

 でも俺たちの時代では、そうなんだ。

 ――俺たちと君らは別々の時代・または世界の日本から、この世界に呼ばれ、閉じ込められた。

 俺たちの一部は、そう考えている。そんなこと、信じる方がばかげているが」



 なにが正しいのかとか、なにに則って考えるべきか、取っ掛かりからして迷っている。

 自分にできるのは、ともに迷い込んだ世界で、友の友人であった少女を守り抜く、それだけ。それ以外のなにを望めと言うのか。

 彼らからすると、自分たちのようなレベル50台のプレイヤーがこの世界に迷い込むようになったのは、この二週間近くのことで、一部では『プレイヤー第二次世代』なんて呼ばれ方をしているらしい。

 そういえば、アキトとか言うあの男も、そんなことを言っていたか。


「ノーコンティニュー、死んでしまえば復活できない。

 ――どうしてか、俺たちはそれを自明のように知っているんです。それだけ知っていて、でいた」

「プレイヤーの記憶と認識に、改竄を加えた何者かがいる」

「そいつが運営、ゲームマスターですか?」

「自ら名乗り出て、ヘイト買ってくれるほうが助かるんだけど……黒幕はこの半年、プレイヤーへ直接的なコンタクトは一切しなかった。

 代わりに私たちが見つけたのが、あなたたちだったのかもね」


 洞窟の奥へ進む四人。


「攻略すれば、脱出の糸口に繋がるかもしれない。

 なにも確かなことはない。

 でも私たちはそうしなければ、生きている理由を見失う」


 ネーネリアは、ミユキの背中を眺めて相変わらず悄然としている。



 ネーネリアにミユキとあったことを相談されたとき、アスカはその日何度目かの嘆息とともに、フォローとしてだろう、こうも言っていた。


「被造物、という考え方がある。

 宗教では万物を被造した神様がいるわけ、一神教ならなおのこと外しがたい。

 人間でさえ、元来それらに造られた有限で矮小な存在だってな。

 捉え方次第じゃあろうけど、あらゆる物質、命さえも、見方に寄ったら、すべてが作り物だなんてのは、そう言われて否定できない。――ま、あの子はいい加減、きみの言葉が鬱陶しくもあったんだろう」

「アスカさん、難しいこと言いますね」

「そうだな。茶を濁してるだけで、誰かを褒めたり、顔を立てることもできない。

 ミユキが悪い。きみの手綱を握らせた、俺の責任だ」


 そう言いつつ、彼は膝枕したピシカの耳に耳かきを挿したり、髪にブラッシングを施していた。これでステータス的な向上が見込めるようではないので、完全に趣味でやっていよう。

 ピシカが言った。


「アスカさんならそういう酷いこと、まず言いませんもんね」

「そうか?

 見せてないだけかも知らんぞ」

「――」


 それで私は、なにを見せつけられているんでしょう。

 尊敬していたひとは、とんだ猫狂いでした。


「君たちからしたら、プレイヤーと自分たちの間にあるものなんて、力の差ぐらいだろう。

 だが僕やミユキのようなものも含めて、本来プレイヤーには出自があって、元の場所へ帰りたがってる。

 ここではない世界だ。契約紋やモンスターの討伐で好き放題やってるのにだ、笑ってもいいぞ、滑稽な話だろう」

「あすかしゃんお耳こしょこしょくすぐったいですよぉ」

「こら、あんまり動くな、鼓膜を挿しちまうだろう」


 そうでなくとも、耳介に疵がつきかねない。

 この主従は緊張感に欠ける。……それまで離れ離れだったことを思うに、お互い甘えたいし甘やかしたいらしいが、ここまで仲の良いプレイヤーとオルタナも珍しい。

 カレンさんがやきもきしてしまうのも、同情を禁じ得ないところだ。


「いなくなっちゃうんですか、アスカさんたち」

「星辰の契約紋が解放される暁には、きっとな。

 ……不安か」


 ネーネリアは、素直に頷く。


「世界をひっかきまわして、勝手にいなくなろうってんだから。

 それまでこの社会に与えてきた影響も顧みずにな」

「他人事、だからですか?」

「あぁ、“ゲーム”なんだ。

 本当なら」


 彼の言うゲームという単語の意味はよくわからないが、プレイヤーにはこの世界の体験を、虚実にしてしまうほど、待望する帰巣本能がある。うすうす彼らと関わっていれば、わかっていたことだった。タネガシマのギルドの人々は、どことなく行き場とやり場のない、殺伐としていたことだ。

 こんな世界で死ぬのも、振り回されることもごめんだと、そういう外の社会とは一線を画するあからさまに厭世的な空気があった。



「にしてもピシカに対する猫可愛がりは尋常でないな、なにがあの人をそこまで性癖にかり立てるんです」

「色々、あったのよ」

「代償がどうとかって話ですか。

 そして今度はプレイヤー第二次世代、でしたっけ。

 勝手な呼ばれ方してますね。そういう人たちのが、いざ自分たちをカテゴライズされてぶちぎれててくんないかな」

「こら、なんでミユキさんにまで喧嘩腰になってんの」

「すいません」


 キノは素直に詫びた。


「まぁ同じ立場なら、アスカさんもきみと同じようなこと言ったんじゃないかな」

「――」


 アスカの名を出されると、彼も表情が引き攣る。


「俺はあんなひととは違う。

 あんな人殺しにはならない」

「彼が好きで『始末屋』になっただなんて、本気で想ってる?」

「え」

「……アスカさんはどうでもよさげに流すけど、私はあのひとをもう誰にも侮辱なんてさせたくない。

 あのひとが最初に人を殺したのは、私を庇ったせい」


 ミユキは彼へ振り返ると、グルカナイフの切っ先を突きつけた。


「誰かを傷つけてまで、自分はのうのうと生き延びていられる……君にそれだけの覚悟や厚かましさはあるのかな?

 あの人も私も、互いを守る、そういう誓いさえないで、ここに立ってはいられないでしょう」


 ミユキは、キノ少年の言葉が正しいことを知っている。下策に頼らざるを得なかった、自分もアスカも、彼からすれば愚かしいのだろう。

 ……けれどそれが、自分たちのやってきたことの否定に繋がるかというと、否。

 キノたちと出逢うまで、曲がりなりにも生き延びてこれた。それを意義にしようと、アスカは言ったのだ。


 ――彼らには、手を汚さないやり方を残してやりたい。俺たちが、間に合わせるんだ。


(第二次世代のプレイヤーまで、あの人は本気で助けるつもりなんだ)


 彼の技量なら、詐術的な交渉ぐらいは軽くやってのけれるというのに。

 殺伐とした生殺与奪の闘争にまみれて、私は変わっていた。それを知らなかった頃には戻れない。

 ……彼もまた、苦渋と凄惨な現実を呑んでなお、誰かの救いと幸せを諦めないのだから。


「人が良すぎるんだよ、あのひと」

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