第8話 当初のこと

 ネーネリアはアスカに問う。


「ミユキさんとアスカさんって、どうやって会ったんです」


 ふたりの関係性について、行き着くべき必然であった。

 彼女からその質問が出ること自体、想定されないではなかった。

 アスカは少々、思案する。


「あまり碌な話にならないな。ミユキは、なんて?」

「あなたから全てを奪ってしまったって」

「――、そうか。

 あの子は口下手が過ぎるところがある。

 まぁそれは、俺もなんだろうが」

「アスカさんはそんなことなくないですか?」


 彼は首を横に振った。


「でなくて、始末屋になんてならないだろう。

 必要なことなら、いずれ教える。

 ミユキは俺の『右腕』だ。まずはそれを覚えておけばいい」

「そうですか」


 言葉に力が入っていたように思えた。

 右腕――プレイヤーにとっての右腕といえば、無論そこに刻まれた契約紋疑似インターフェイスを担っている。プレイヤーが調教師ビーストテイマーたるすべての要因が、そこに集約されるのだ。


「あの子は俺から奪ったつもりでいるのか。

 最初にあの子を呪ったのは、俺の方だってのに」

「どういうことです?」

「気づかないのか。俺があいつに、上位調教を施していること」

「は……え?」


 家主がそこへ、ちょうど戻ってきて、会話は中断された。

 三人はそのまますっかりカレンの工房に居ついて、まる二日が経とうとしている。


「賑やかになったなぁ……主にネーネリアちゃんのおかげで」


 彼女はしみじみと言う。


「すまない。決まった拠点を持ってなくて」


 アスカは詫びる。カレンは首を横に振った。


「そんなこったろうね。

 まったく、アスカはそれでいいかもだけど、ミユキは女の子なんだよ?

 宿を転々とするにも、限度があるでしょ」

「しょーがないだろ……それは、あいつが勝手にやってることだし。

 野営させるよりはひとまずマシだろ」

「がさつ」

「ぐっ――」

「それで夜は、いちいち別の部屋で取ってる。

 効率よくないでしょ」

「それは、そうなんだが。

 宿代はそれぞれで出してるから」

「でもこのままだと、ネーネリアちゃんまで連れることになるでしょ」

「……け、経費は俺で持つかな。とにかくこれ以上厄介には」


 舌戦でアスカは、彼女へ徐々に押し負けつつある。

 ネーネリアの視線は、しらけていた。

 アスカの背中をぶっ叩く。


「はっ!?」

「きゃっ」


 よろけて、向き合っていたカレンの胸に顔をうずめる。

 ふたりは唐突な暴挙に、愕然となった。


「急になんなの!?」


 おそるおそる身を起こそうとするアスカ。

 警戒するカレンは、離れようとする彼の頭をどういうわけか抱える。


「なに」

「あ、いや。

 動転した、エロ助」

「――、アホらし」


 大したお咎めもなく、解放された。

 二人そろって、顔を真っ赤にしている。互いを直視できない。


「まんざらでもないんすね」

「ねぇアスカ、あの子ほんとにオルタナ?

 あの手合いって元来、もっとおとなしめな印象だったんだけど」

「どうにも積極性に振り切りすぎているからな」

「なにやってるんですか」


 ちょうどミユキが工房へ戻ってきた。

 嘆息し、右腕を突き出す。


「おイタが過ぎたね、躾がいるな」

「な、なにするつもりです!?」


 やらかしたネーネリアは身構える。


「ふたりにご迷惑をおかけした、当然の報いってやつ」


 ミユキは引き攣った笑いを浮かべていた。

 ネーネリアの事後処理は彼女に任すとして、アスカは戻ってきたばかりの彼女の表情が沈んでいることが気がかりだ。


「……なにがあった」

「マリエさんから連絡を貰って、行ったら、兄の行方がわかったみたいで。

 どうしていいか、わかんなくて」


 案外あっさりと聞きだせた。

 今さらアスカを相手に、彼女が隠せるわけもない、それだけのことかもしれないが。


「きみがゲームを始めた、切っ掛けのひとか」


 確かめるように、言った。彼女も頷く。



 プレイヤーは「」から忘れていた。

 自認を取り戻したころには、既に遅すぎている。

 ――この世界はノーコンティニューで攻略されなければならない、そのことをつゆほど疑っていない自分たちがいた。


「……じゃあ俺たちに埋め込まれたこの認識は、いったいどこからが本物なんだよ?

 どこまでが、自分自身の考えなんだ!」

「しっかりしろ、キューリ。

 俺たちは必ず、元に戻れる」


 そんな気休めを言ってしまったことを、アスカは今日まで悔やんでいる。

 少しずつ、自分たちがどういう存在か思い出していた。


「俺がお前だけは、必ず守ってみせる」


 そう、自分にも言い聞かせるように。


「……状況を、整理しないとだな」


 キューリも少しづつ、落ち着きを取り戻していく。


「ゲームに、閉じ込められた。

 この世界で死ねば、コンティニューはできない」


 それでも声は震えていた。


「そして俺たちは、この世界から必ず抜け出すことができる。

 今はそれでいいだろ。

 とにかくこんな街からは、もう離れるんだ」

「あぁ……あぁ!」


 アスカは親友の腕を引き、動き出した。


「これから、どうする?」

「街から抜けて、ほとぼりが冷めた頃に、他のプレイヤーや、プレイヤーギルドに合流しよう。同じ境遇に陥っているひとらを、覚醒させて、かき集める必要がある。

 ゲーム内チャットは利用できるか? お前のゲーム仲間にも連絡つけておいてくれ。なにをやっても、無駄ってことはないだろう。

 ……俺はこの手のゲームなんて、初めてなんだからな。

 俺だって、お前が頼りなんだよ」

「アスカ――」


 たった半年ちょっと前のことが、遠い昔のようだ。




 ミユキと遭遇したその時、アスカは関わり合いになるべきではないと考え、実際その「嫌な予感」は直後に的中する。

 ミユキは盗みを働こうとした。

 それが彼女自身の意思だったかというと、微妙なところだが。


 『インペリアル・フロンティア』へログインしたプレイヤーは、調教士テイマーの固定職を持っており、これはレベルの向上とともに、魔獣調教師ビーストテイマーに進化できた。調教には成功率のパーセンテージがあって、侍らせるモンスターは、レアリティやステータス、またいくつか強化にまつわる相性の関係で、成功率が大きく左右される。

 レベル10を超えると、調教士でない専門職を、契約紋の枝コスト消費に応じて選択・解放することができ、貴重とされる職種ほど、枝の消費が激しくなる仕様だ。

 カレンの持つ『調律士チューナー』など、そうしたなかでも極めて重要度が高い。

 契約紋の強化へ、ダイレクトに関わる職だ。レベル85で初めて解放される三次目の高位職だが、コスト消費は、同じレベル帯で解放される他の職の最低コストから比較しても、五倍弱もの枝数の調達が必要となり、ソロのプレイヤーや人望がないでは到底解放できない。

 彼女の枝集めには、アスカも小なり協力していた。

 今はその上位にある『調律師チューニングマスター』の解放を手伝っている。


 『盗賊シーフ』の専門職は、モンスターに接触することで、低レアリティのドロップアイテムをランダム確率で討伐前に獲得できるものだ。

 特にドロップアイテムは、交戦が長期化すると、報酬として得られるものの保存状態が悪化する。戦闘圏外アウトレンジへ逃げ切られると、アイテムの状態は自動回復するらしいが、ふたたび同じ個体と遭遇できる保証はない。


 問題はプレイヤーとしての自己に無自覚だった彼女が、プレイヤーに盗みを働き挙句、殴る蹴るの暴行を受けていたことだ。

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