第2話 調律士との再会

 岩龍を倒す前に、ギルドネストを守る依頼を受けた。

 アスカは現在、ギルドの応接間でソファに腰かけて待機している。

 待っていた男は、すぐ戻ってきた。


「……みなが物々しくて、申し訳ない。

 よもやきみこそが絶対支配ぜったいしはいの担い手、アスカくんとはな」

「気にしません。じき、そうでもなくなる」

「?」


 意味深なことを言うアスカに、男は首をかしげて、やがて得心が行ったらしい。


「開示するのか?

 習得法レシピを」


 無生物を使役する、絶対支配アブソリュートドミナ

 プレイヤー社会の中で、表立ってその習得法を知っているのはアスカのみである。ゆえに、彼は並みのプレイヤーとは別格、というか未知のモンスター……ではなく無生物個体を使役する。


「エレキビッツは聞いていたが、あの機械鴉はいったい?」

「説明する必要はないでしょう。あなたがたはその正体を、既に一度見ているはずだ」

「そう……なのか」


 殊更に親しむでもなく、敵対するでもない。

 幅広の肩に足長な男は、このギルドのマスター、マスケットだった。


「礼が遅くなったね。

 我々のギルドネストを守ってくれて、本当にありがとう。

 龍種の人里への飛来は、まったくの想定外だった」

「俺の方もですよ。

 街の周囲には本来、魔物モンスター避けの結界が機能していますよね。それを突っ切って侵入してくる存在は、結界の性質を考えると、それで防げないほど強力だ。災害級に至れる力がある。本来は高速近接職の斥候を動かし、市街地へ到達する前段階で、レイド対象として計画的に対処されなきゃならない」

「だが今回現れたものは」

「山麓に近日発生した霞中から、唐突に出てきましたか。

 プレイヤーギルド連合に、登場した個体の情報を共有する。手伝っていただけますか」

「あぁ、全面的に協力しよう。

 そして君への非礼も、詫びさせてくれ」

「?」

「届けてくれたのだろう、迷宮で拾ったオルタナを」


 龍の現れる直前、ネーネリアとともにここを訪れていた。


「というのに、うちの団員はきみを貶した。

 本人も謝罪したいと言っているが、連れてくるか?」

「――あぁ、そっちの話か。

 だが見つけたときにはすでに、あんたらのお身内を助けられなかったですよ」


 マスケットは首を横に振る。


「行方がわからなくなるよりはよほどマシだ。

 攻略ギルドのなかには、在籍しながらも、いつの間にか幽霊化しているプレイヤーなんてのはよくある話だ。

 それがサボタージュか、落命していたか、報告が遅れて実働に支障をきたすことは非常に多いし、問題になっている。どうやって統計と報告、総体の連携を図るか」

「ですね。

 ……でも謝ってくれるなら、ここじゃ落ち着かないな」


 応接間とはいえ、ここはギルド側のテリトリーであり、基本的に逃げ場がない。強引に脱出する手段は、ないではないのだが。


「せめて帰りがけの受付口あたりか、門前にしてくださいよ」

「我々の名に傷がつかぬよう、はからってくれるのか」

「攻略において、中堅のプレイヤー育成に、あなたがたの力は必要だ。プレイヤー間の連携を強める必要がある」

「――」

「なにか言いたいことがあるなら、忌憚なくどうぞ」


 団長は少々戸惑っているようだったが、やがて口を開く。


「なぜ今になって、絶対支配を?」

「もっと早く、レシピを公表することはできたはずだと。

 プレイヤーの攻略の一助となることは、間違いない。

 これまで三か月近くも解放条件を開示せず、独占してきたことがおかしいと。……ごもっともですよ。すべては俺自身の弱さ、ってことですから。

 誰もが焦っていますよ、このクソったれたデスゲームの軛から、解き放たれなければならない。

 一日でも、一刻も早く、プレイヤーはこの世界を攻略し、屈服するべきだ。

 使命感てほどではありませんけど、その心理は共有しているつもりです。俺だって一介のプレイヤーですから。

 あなたなら、始末屋として、いやそれ以前から俺が行ってきた所業を多少なりともご存じでしょう。

 端的に――信用されていないんですよ、俺は」


 そう言われると、マスケットは押し黙った。


「実際の君と会って話すと、まとう君の醜聞とはずいぶん印象が乖離している」

「醜聞、ね」

「どこまでが、本当か」

「さぁね、三割ぐらい?」

「あとは、毀誉褒貶か」

「誹謗中傷だよ」


 二人はからからと乾いた笑いをしてから、しんみり息をついた。


「……苦労しているね」

「いや、そんなのは大したことじゃないでしょ。

 プレイヤー全員の苦しみに比べれば」


 ところで、呼びつけられていた本題が残っている。


「岩龍の討伐。緊急時とはいえ、要請を引き受けてくれたことを、改めて感謝する。

 取引は――君が岩龍を討伐した暁に、君が欲しいものを提供する、だったな。ネストを守っていただいたんだ。

 あまり法外なものは難しいかもしれないが、可能な限り必ず手配しよう」

「なら……素材を譲ってほしいです」


 アスカは言った。


「契約紋の“枝”、いくらかまとまったものが欲しい」



 そんなものだけでいいのかと言われ、なら残りはひとまずツケとしておくことにした。代わりにマスケット個人が、今後アスカの要請に答える、そういう契約のみ取り付けて、ギルドネストからはとっとと離れる。

 枝にしたって、基本的な資質向上にはどうしたって必要だ。

 移植にはある程度の上限があって、レベル70台でほぼ強化済みのプレイヤーには、もうほとんど用済みと想われているが、アスカにはその限りではない。

 ついでに、体調があまりよろしくなかった。


「あ」


 門戸を叩くと、紅色の髪の少女が現れる。

 奥に男がいるが、調律を依頼する途中だったようで、ばつの悪そうな顔を作る。


「先客か?」

「……助けて」

「あぁ、そういう」


 男はアスカの怪訝な目に気づくと、舌打ちして、自分は入れ替わりに外へ出た。

 調律士の彼女に、言い寄っていたようだ。


「感じ悪いやっちゃな。

 入れてもらえるか、カレン」

「勿論、君ならいつだって歓迎」


 カレンと彼は、互いを匿いあうように、工房へと入る。


「契約紋の枝を貰ってきた。

 また“移植”を、頼んでいいか」

「そりゃいいけど、最近消費量がおかしくない?」


 契約紋。プレイヤーであるアスカやカレンの右手の甲には、モンスターテイムのために必要な、略式の紋様が刻まれており、これはプレイヤーの各種パラメーター強化に大きく関わっている。

 アスカの語る『枝』とは、契約紋で契約できるモンスターの使役コスト上限を引き上げ、より高レアリティのモンスターを使役しやすくなる。


「じゃ、掌をここに載せて」


 用意されたプレートに、腕を差し出す。

 この瞬間、アスカは無防備だった。


「君なら俺の腕ごと、契約を奪えるな」

「やめてよ、そんなこと言うの」

「それだけ、きみの腕前を買ってるってことだ。

 調律士さん」


 契約紋の枝を移植するには、限られた専門スキルを習得した契約紋調律士の腕が必要となる。


「そんなことしなくても、私の枝は全然間に合ってるから」

「うん」


 アスカは穏やかに頷いた。

 いまやここにいる時だけが、彼の安らげる時間となっている。

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