4 聖女召喚は失敗ですか?2

 周囲を人に囲まれている。浮かぶ表情は怪訝、不審、混乱などで好意的なものはない。

 よくこんなに人を入れたなと、早川は感心する。


「あっははははは!」

 場違いに明るい笑い声が響いた。


「聖女が召喚されるっていうから、どんなのが来るかと思えば、こんなおっさんが来ちゃうなんて、傑作!傑作だよ!」

 声を発しているのは最後尾にいる兵士である。まだ28歳なのにおっさん扱いを受けて早川はムッとする。


「あー、おかしい。本当にこの国は終わりだね、終わり!」

 兵士の体が膨らみ、顔が浮く。首や腕、胴に当たる部分が黒いもやに包まれて、顔や手のひらがあらぬところに浮いている。

「さ、食ーべよっと」

 もやが範囲を広げて周りにいた兵士を取り込んでいく。


 場内は阿鼻叫喚の地獄に変わった。

「剣を取れ!」

「取り込まれたやつらは諦めろ!」

 怒声が飛び交うが、化け物の近くにいる人間ほど腰が引けている。


「どけぇ!」

 大音声で一喝すると早川の前にいる人は一斉に振り向き、列が崩れた。できた隙間を縫って、化け物の前に出る。


「ふん!」

 拳に霊力を込めると、人間なら腹部に当たる部分を思いきり殴った。

「硬えな、こいつ」

「っぐ、なんだ、お前」

 手応えはある。顔の部分に苦悶の表情が出ているので、痛手も与えられているようだ。

そのまま、殴り続けることにした。

「っぐ、やめ、やめねえかあああ!」

 顔の部分がごちゃごちゃうるさい。向かってきた顔に向かって下から拳をぶつけた。

 化け物の体全体が傾ぐ。

 腹部から先程取り込んだ兵士のものらしい腕が見えたので引っ張った。

 兵士の体にまとわりついたもやを剥がす。顔についたもやを剥がすと、口からこぼれ出ていたので背中を強めに打つ。ぼたぼたと吐いた後、咳き込み出した。

 息を吹き返したらしい。いつまでもこの兵士一人に構ってられないので、その辺に投げ捨てる。


 なんとかしてとどめを刺したい。拳では攻めきれないと早川は武器を求めた。

「おい、貸せ」

 承諾を得る前に、そばにいた兵士の剣を取る。

 武器に霊力を込めるのは、千佐に任せきりだったが、見よう見まねでやってみる。

 なんとなく出来た気がするので、振りかぶって斬りつけた。

 的が大きいので、斬りつけ放題である。

 しかし、切れ味が悪い。砂袋に水を詰めたような感触である。

「いい加減にしねえか!」

「お前がな!」

 触手のように伸ばしてきたもやをすべて叩き切る。

「本丸を切らせぃ!」

 踏み込んで突き刺し、そこから横に凪ぎ払った。

「っくそ、貴様……」

 切り払ったところから下は霧散していく。

「こんなところで、終わるか!」

「しぶといな」

 首だけになった化け物が向かってくる。体が無くなった分、速くなった。的も小さくなって狙いがつけづらい。鞘はないが抜刀の構えで迎え撃つ。

 人間の顔をしていたはずの化け物は、下顎を外して異形の牙を形作り、人の面影を既に無くしている。相手の牙をギリギリまで引き付けてから、切り上げた。

「こんなところで……」

 ぼたりと首が落ちた。何か言っているので、上から刺し潰す。化け物の姿は跡形もなく消えた。



 使い終わった剣を返す返す眺める。化け物の体が異様に硬かったのもあるが、この剣自体の切れ味もよくない気がする。

「もっと手入れせえよ」

 剣を借りた兵士に文句をつけながら返却する。相手は呆然としているのか、目を見開いて無言でうなずきながら受け取る。


 周囲にはこんなにも大勢の人間がいるのに、場内は不自然なくらい静まり返っていた。さすがに気まずさを感じて、早川はどうすることも出来ない。


「勇者よ」

 落ち着いた声音が響いた。一人、人垣の向こうからこちらに歩んでくる。それと同時に人の列が左右に割れる。

 早川は先程剣を返した相手の横にしれっと並んだ。

「誰?」

 なるべく小さな声で尋ねる。

「この国の王であらせられる」

 より小さな声で答えが帰ってきた。周囲が頭を下げるのに合わせて一緒に頭を下げる。

おもてを上げよ。此度の働き誠に感謝する。そなたが何者かをお教え願いたい」

 やはり、声の主は早川の目の前で歩みを止めて語りかけてくる。腹をくくって、言葉を返した。

「私、姓は早川、名を英心えいしんと申す。この度は、王様の覚えめでたき働きが出来たこと、光栄に存じます。これからも邁進して参りますゆえ、以後お見知りおきいただきたく存じます」

 できる限りの礼を尽くして挨拶を返す。相手の反応のぎこちなさには目をつむった。

 化け物の言っていた言葉にそのぎこちなさの答えがあるのだろう。聖女が召喚される、はず、だったのだ。

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