第四十二話・後始末

「ところで『一成る者』について書かれた本は見つかったのか?」


 ベルゼブブの問いに誰もすぐには答えなかった。それらしきものを発見した大和もグレモリーも。

 ベルゼブブの記憶を頼りに三日かけて四つの街を巡ったこの短い旅の目的。

 アガレス派に邪魔されてしまい、個々で戦闘を強いられたが、全員本探しという目的は忘れてはいない。

 ただ一つ懸念する事は、図書館を銃創だらけにした敵側の銃士のせいで目的のものの原型を留めているか、だ。

 あれだけ乱射されたのだから、一発ならまだしも解読不能な状態にまで損傷が酷ければ三日間の努力が水の泡となる。

 何と答えようかと慎重に言葉を選んでいた大和を代弁するようにグレモリーが話し出す。


「例のブツかどうかは知らんが、一応見つけたぞ。読めん程に穴だらけになっておるかもしれんがな」

「なら案内しろ」

「言わずもがなじゃ。行くぞ、大和」


 そう言ってコートに両手を突っ込んで猫背になって歩き出す。いつものふんぞり返る姿勢と違い、ベルゼブブがいる事で機嫌の悪さが顕著に出ていた。

 せめてどこかで壁を叩き割るなどして憂さ晴らしをしてほしい。一緒に行動するとその対象になってしまう。だが逆らえば何をされるのかわかったものではない。

 まさにジレンマ。

 大人しく彼女に従い、何もされないのを願うしかないのだ。

 グレモリーとベルゼブブに続いて図書館に入ろうとして立ち止まる。

 負傷したサミジナと寄りかかって寝ているアミー、そして二人を見守るマルバス。

 グレモリーの我が儘ではあるが、三人には本探しに付き合わせてしまっていた。

 護衛する立場上、望んでいる事かもしれないがここで三人を放っておくのは失礼だと思った。


「マルバス達も来ないか?」

「いやいい。俺は二人を見ておく。代わりに話が終わったらこれを師匠に渡してくれ」


 マルバスは懐に入れていた物を投げて寄越した。

 受け取ったそれを見ると手の平サイズの丸い装飾品。炎を背景に王冠を被った山羊。金属で作られているようで少し重い。


「知らない相手に遭遇した。おそらくそいつの素性を示す物だ、と伝えてくれ」

「わかった。二人を頼む」


 駆け足で図書館に入った二人に追いつく。

 敵勢力との戦闘で第一校舎、第二校舎共に被害は甚大なものだが、それでも図書館の様相は校舎の比ではない。

 改めて見ると酷いものだ。

 割れた窓ガラスが散乱し、机は窓ガラスが裂き、銃弾に貫かれてズタボロに、本棚も本も穴だらけ。

 この学校にしかない書物もあっただろうに。


「どこじゃったかの。この辺りだったはずじゃが」

「一番下の段だ。ここだよ」


 もう一度見つけた禁書。

 何事もなかったかのように分厚い二冊の本に挟まれている薄いメモ帳。やはり感じる微弱な魔力。

 本を片側だけ抜き取り、今度こそはと手を伸ばす。

 ようやく手に入れた、と喜んだのも束の間、大和の表情が曇る。


「どうした」


 ベルゼブブが覗き込む。グレモリーも同じ様にする。


「銃弾が……」


 メモ帳の下部が焼け焦げて貫通している。

 懸念していた事が現実になってしまった。大部分は残っているため読めない程ではないのが幸いだったが、得られる情報が少なくなるのは否めない。

 分厚い本が盾の役割になって多少銃弾の威力が落ちたのかもしれない。


「それだけ残っていれば充分だ」

「開こうぞ、大和。我らが追い求めていた物かもしれぬ」


 二人にこっくりと頷いて、古びた表紙を指先で摘まむ。

 自分を殺した犯人の目的や人となりが少しでもわかる事が書かれていればここまで来た甲斐がある。

 的外れな物だったらどうしようなどという悲観的な妄想は考えないようにして表紙を捲った。

 そこに書かれていたのを見た三人は押し黙った。

 最初のページはどうやら目次らしく、不規則な数字が縦に並び空白を挟んで内容を示しているであろう文字が汚い文字で書かれていた。

 その文字が解読不能だった。

 形は学校の授業で習ったメソポタミア文明で使われた楔形文字に似ている。

 大和が読めないのは自分自身も納得なのだが、悪魔界に永く住んでいるグレモリーとベルゼブブが何の反応もしないのは違和感しかなかった。


「グレム、読めないか?」

「いや知らんな。そちはどうじゃ?」

「俺もこの文字は見た事がない」

「お主が知らんというのは珍しいの。ならばこれは遥か昔の古代文字、もしくは暗号かの」

「そうかもな。他のページはどうだ?」


 捲ってみるがどのページも同じ文字がすきまなくびっしりと詰められ、理解できる部分は数字だけで肝心な文の内容を読み取れる部分はどこにもない。

 最後の方のページに図が書かれているがそれも何を表しているのかはわからない。


「あーあ。結局わからず終いか」


 つまらなさそうに溜め息を吐き、背伸びをした後、頭の後ろに手を回して本棚にもたれかかった。


「ダンタリオンならわからないかな。古代文字に詳しそうな気がするけど」

「可能性はある。それはお前が持ってろ」

「いいのか?」

「お前の問題だ」


 グレモリーの表情が険しく変わる。


「それじゃあ、遠慮なく……」


 メモ帳をポケットに入れる代わりにマルバスから受け取った謎の装飾品を出し、ベルゼブブに見せる。


「これマルバスから貰ったんだ。知らない相手に遭遇したって」

「なんじゃそれは」


 グレモリーが興味を持つ。

 ベルゼブブはというと装飾品に視線を落としたまま黙り込んでいる。

 心当たりがあるのか。彼の言葉を待つ。

 グレモリーが高身長を活かして、ベルゼブブの上から目で圧力をかけている。短期にも程がある。


「動き出したか……」

「何がじゃ」


 誰に言うでもなく言葉を漏らす。グレモリーが苛立った様子で尋ねる。


「カルト教団偽王国。昔から悪魔界で慈善活動を行って信者を増やし、いずれは今の体制を転覆させ教団の教祖を悪魔界の真の王に据えようとする危険思想を持つ。最近表だった活動をしていないと思ったらこっちに首を突っ込んできたか」


 淡々と語るベルゼブブ。仮面に隠されたその顔。

 彼が何を思っているのか、ポケットの中のメモ帳より解読不能で、だからこそ恐怖を感じる。


「偽王国とやらは強いのか?」


 だがこの戦闘狂はそんな事お構いなしに強者を求める。

 未知の敵。厄介そうな物言いのベルゼブブ。期待は僅からながらにあった。


「布教活動を行う宣教師、そいつらを束ねる幹部、トップの教祖。全員、七十二柱上位勢と同じかそれ以上の実力がある」

「ほー。そうかそうか。それはいい事を聞いた」

「お前戦いたいだけだろ」

「だからなんじゃ。来る者はねじ伏せる。それだけよ」


 グレモリーの闘志は鬱陶しく思う一方で頼もしくもある。

 しかし、新たな敵勢力が七十二柱の内紛に参加するとなると不安が増すばかり。

 何はともあれ、怪文書を手に入れ、アガレス派を退けた。

 死体はベルゼブブとメリルが処理するようで、大和とグレモリーは外で待っている三人を連れて帰るよう言われた。

 五体満足で誰一人死なずに帰れるだけ幸運だ。

 怪文書が何であれ、新たな固有魔法に目覚めたこの本探しは無駄ではなかったのである。


 ※ ※ ※


「連中、帰るようだな」

「かっかっかっ! お互いしてやられたな」


 大和ら一行が帰還の準備を進める様子を校舎の屋上から監視する影が二つ。

 ベレトと白髪交じりの髪をした細身の爺。

 彼はマルバスと交戦した武者鎧の中の人物であった。

 二人とも面識はないが、敗者というシンパシーと受けたダメージにより戦う気が起きず、逆に希薄な仲間意識が芽生えた。


「笑い事じゃない。帰ったらアガレスに何て言われるか」


 アガレスは実力至上主義。内紛が起こる前からずっと変わっていない彼のスタンス。

 成果を挙げた者に対しては自腹で報酬を支払ったりする男気を発揮するが、任務を失敗したり仲間内に被害を出したりすると暴言暴力を振るう。

 最たる例が先の住民避難作戦に従事したバルバドス、プルソン、ベリス、レラジェの四人だ。

 叱責だけで済んだバルバドスとプルソンと比べて、ベリスとレラジェは例の人に恐ろしい仕打ちを受けたのだという。

 サミジナに負けた瞬間からその事が頭にちらついている。


「大丈夫だ、小娘。某もかしらに叱られるだろうよ。敗者同士、潔く罰をうけよう」

「名も知らんジジイに励まされるとはな。お前はとても敵とは思えない。一体、お前は誰なんだ?」


 爺はいつ取り出したのか煙管キセルを手に、煙を吹かしていた。

 目を閉じて、空を向き、含み笑いを浮かべている。


「その内わかる。小娘の言う通り某は敵じゃない。そっちの頭からもすぐに説明される」


 爺が味方であるならば所属する組織も味方になる。そんな組織があるなど聞いた事がないが。

 すぐに説明されると言うし、今詮索する必要もないようだ。

 仲間達の死体はどうせ回収されるだろうし、死人に口なし。

 帰還したら彼らを上手く利用して罰を軽くできないものか。

 そんな事を考えながらベレトは爺の煙管から立ち上る白煙を眺めていた。

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