第三十三話・『結晶』と『血液』

 憎たらしそうに歯軋りをするレラジェの侮蔑と殺意が籠った眼光を真正面から受け止める。

 あちらからは仕掛けてこない。

 今まさに体現した固有魔法。液体という特定の形を持たない物質。

 迂闊に飛び込めば紅血の剣は形を変え、体を切り刻みかねない。

 警戒しつつ相手の出方を待つのが正しい判断だ。

 グレモリーやマルバスと同じく数多の戦いを生き抜いてきたであろうレラジェの勘がそうさせていた。

 待っていても勝敗が決まらないと思った大和は先に動いた。

 レラジェの間合いの外から再び剣を突き出す。

 同じ手は食らうまいと容易く避けたレラジェは旋棍を叩き込もうとする。

 素早く突き出された大和は勢いそのままに前のめりになり体勢を立て直すことが出来なかった。

 相手の挙動を見てから動く後の先を選択したレラジェの旋棍は何の抵抗もなく大和に命中するかに見えた。

 だが、その寸前で脇腹の裂傷から紅血の刃が飛び出し旋棍を弾き、レラジェの左肩から斜めに深く切り裂いた。続けて、顔面に斬りかかろうとするが顔を背けた事で刃がすぐ横で空を切る。

 伸身宙返りで距離を取ろうとしたレラジェを追撃する。離れれば長剣の間合いが活かせる。

 さらにレラジェを追い詰めるため大和は比較的大きな裂傷三ケ所から紅血の刃を作り出す。剣と合わせて五つの鋭利な刃圧倒的手数でレラジェに襲いかかる。

 五方向からの攻撃を二本の旋棍で捌ききれるはずがなく大小様々刺傷裂傷が次々と増え、衣服が赤黒く染まっていく。


「クッソ……。来い!」


 斬撃の雨に打たれながらレラジェが叫ぶと校舎が揺れた。

 外から葉同士が擦れ合う音。外壁を壊してそれが姿を現した。大和に強烈なヘッドバンキングを見舞った大木。

 大きく振りかぶって薙いだ筋骨隆々の腕のような枝が瓦礫を飛ばしながら迫り来る。

 前はレラジェ、後ろは大木の枝。

 原理はわからないが体に紋章が現れてから能力が上昇している。どの方向に逃げても補足されてしまうだろう。

 大和は迷わずに、


「うおおお!」


 前進した。レラジェは予想外の行動に驚きを隠せず、向かってくる大和への反応が遅れた。

 その隙を突いて紅血の刃で足の甲を刺す。

 怯みながらも振られた旋棍を躱し、レラジェの横を通り去る。振り返らずに走る。


「逃げるな!」


 無視をする。

 大和の目的は別にあった。あくまで勝つために無視したのだ。置き去りにしていたあれを取りに行くのだ。

 そこでレラジェも大和の目的に気づいた。

 大木に命じて停止させ無造作に小枝を数本折る。横投げで放られた小枝は風の抵抗を一切受けず矢のように大和へ一直線。

 尚も振り返らない大和は先程衝撃波で破壊した廊下の大穴を飛び越え、それを掴み取る。


「フルングニル!」


 手にした途端、溢れんばかりの力が漲る。巨神器の恩恵が再び大和に施されたのである。

 振り向き様にレラジェが投げた小枝を叩き落とす。

 大穴を隔てた先にいるレラジェを見据える。表情にはさして変わりないが怒りの感情の中に、ほんの僅かな恐怖があるようだった。その理由が大和には理解できた。

 巨神器を覚醒させた者には、巨神器に宿っている高名な巨人の各種能力が約七割から八割自信に上乗せされるとダンタリオンに教わった。そして今の大和は固有魔法を体現させ、正真正銘自分の魔力を持っている。

 つまり今までは魔力零の大和にフルングニルの魔力が上乗せされていたのが、ある程度の魔力を有した大和にフルングニルの魔力が上乗せされている。

 合計の魔力量は幾らかわからないがレラジェの反応を見るに、レラジェ以上の魔力量があるのは予想できた。


「だから何だってんだよ!」


 強く地団駄を踏んでレラジェが声を荒らげる。内在する恐怖を押し退けて旋棍を構えて駆け出す。


「俺はな! もう戻れないんだよ! お前をここで殺さないと俺は!」

「知るかよ!」


 大穴を飛び越えたレラジェに狙いを定めて剣を引き絞る。切っ先に魔力を込め解放する。


破穿撃インペェィル!」


 青い光線一閃。

 跳躍している最中で避けられないと思っての攻撃だったが、レラジェは外から伸びてきた蔦に掴まる。引っ張られるがままに空中を移動し、破穿撃インペェィルの軌道上から逸れる。

 しかし破穿撃インペェィルを無駄打ちした訳ではなく、緩やかな弧を描いてレラジェの後ろにいた大木に直撃し、衝撃波で粉々に消し飛ばす。数で優位を取られたくはなかった。早めに処理しておく。

 レラジェは舌打ち一つして降り立つと同時に旋棍を振るう。

 打ち合いになる。金属と木がぶつかり合う音の間に二人の息遣いが混ざる。

 大和が狙うは『血液』による不意打ち。が、その胸中をレラジェは見抜いており、猛攻を仕掛け暇を作らせない。そしてレラジェもまた不意打ちを狙っていた。

 果たして、いつ不意打ちをするか。決断が早かったのはレラジェだった。たかが片手で収まる程の戦闘しか経験していない大和に対して、幾多もの戦闘を生き抜いてきたレラジェの経験値がいち早くタイミングを見定めたのである。

 大和の動きが止まる。足が貼りついたように動かなかった。

 見ると壁を突き破った蔦が足首に巻きついている。


「死ね大和!」


 二つの旋棍が合体し一本の棒に成る。豪快なフルスイングは大和の腹を捉えた。


「がっはっ!」


 体が宙に浮き、吹っ飛ぶ。巻きついていた蔦は勢いに耐えきれずブチブチと千切れた。

 突き当たりの部屋の扉を壊して、机に衝突しながら速度を落とす。

 すぐさま起き上がった大和の目に飛び込んできたのはレラジェが持っていた棒だった。その奥に投擲終わりのフォームをしているレラジェ。

 状況を一瞬で把握し、横へ転がる。

 矢のように棒が床に突き抜く。今の早さで体に当たっていたら骨をも貫いていただろう。

 遅れてレラジェが棒に飛びつき、引き抜いて振り下ろしたのをもう一度転がって回避する。

 ――傷を負う妄想はするな!

 フルングニルからそう言われた気がした。確かにその通りだ。

 余計な思考を払う。レラジェの一挙手一投足を見切る事だけに集中し、を見計らう。

 ひたすらに回避と防御に徹する。

 受け流し、潜り、弾き、飛び退く。


「舐めてんのかよてめぇ! 戦え!」


 顔面に的を絞った突き。待っていた動きをようやくしてくれた。

 頭蓋を貫通してしまいそうな突きに対して、大和は回避も防御もしなかった。

 遮るものがない棒は速度と鋭さを増して、鈍い音を発すると同時に額に直撃した。

 仰け反る大和の体。勝利の笑みを浮かべるレラジェ。だがそれは即座に崩れる事となった。

 大和も笑みを浮かべていたのだ。その理由はすぐに判明した。

 こめかみから伝う血が額全体を覆っていた。『血液』の固有魔法で硬化された血が額当ての役割をし、レラジェの突きを防いでいた。

 決まった形を持たない血は瞬時に変形し紅血の刃へ。突きの動作で伸び切っているレラジェの腕を切り落とした。


「終わりだ!」


 結晶が剣を包む。片足が床から離れているのを血で固定する。


「――っ!」


 レラジェは不意打ちには警戒を怠らなかった。紅血の刃が出ていたのは腕や体の裂傷だけだった。だがそこばかりに意識を注いでいたせいで、を見落としていた。

 それもこれも大和の策略であった。


破壊斬ブレイク!」


 上段から叩き込んだ一撃は直立していたレラジェの体を押し潰す。その身が伏せても力を緩めることはない。

 結晶を解放して衝撃波を起こす。反動で剣を離してしまわないように全握力を使う。

 負荷に耐えられなくなった床全体にヒビが入る。直後、崩落して階下へ。

 レラジェに剣を打ちつけた体勢のまま二階の教室に着地すると、またも崩落する。

 一階に瓦礫が山のように積み上がり、その頂上で止まる。

 砂埃が舞う中、剣を退かすと、レラジェの体は肩口からへその辺りまで完全に断裂されており、首はあり得ない方向に曲がっていた。

 いくら悪魔と言えどもこの状態で生きてはいられないだろう。

 その証拠に彼は息をしていない。決定的なのは魔力を感じ取れない事だった。

 魔力を持つ者が死ぬとこうなるのか、と一つの知識として頭に入れておく。


「大和か?」


 これからどうしようかと悩んでいたところに後ろから聞き慣れた声。

 振り返ると脇腹から血を流すグレモリーが立っていた。


「グレム! その傷は……」


 瓦礫の山を下り駆け寄る。

 傷を検める。一度刺した所を数回にわたって執拗に刺したようだった。だが彼女の頑丈な筋肉あってか、内蔵までは届いていない。流れていると思っていた血は若干乾いており、新たに血が出ている様子もない。

 無事だとわかっても、あのグレモリーが傷を負っているなど信じられないと思う自分がいた。


「なんじゃ大和。我を心配してくれたのか?」

「は、はぁ? そんな訳ないだろ!」


 心を読まれたと思い、咄嗟に否定するが傷を検めたりしている時点で心配していると思われても仕方がない。


「あっはっは! 嘘が下手じゃな。じゃが心配してくれただけで我は嬉しいぞ」

「……うるせぇ」


 恥ずかしさを隠して苦し紛れに呟いた。

 ニヤニヤと気持ちの悪い笑みを浮かべるグレモリーから目を逸らす。


「しかし、あれじゃな」


 グレモリーは変わり果てた教室を見回す。

 飛び散った血。積み上がった瓦礫。三階まで吹き抜けになった天井。

 避難して使われなくなってしまったとはいえ少なからず罪悪感を大和は感じていた。


「生きておって何よりじゃ」


 ニカッと笑って手を挙げる。何かしら良い成果を上げた時に仲間とする行為。

 悪魔界にも同じ文化があるのかと少し意外に思いながら応じる。


「お互いにな」


 一瞬触れ合った二人の手の平から小気味の良い音がなった。

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