第九話・動き出した敵

 事態が動いたのは特訓を開始してから一週間が経った頃だった。体力、座学、剣術に加え体術や魔法攻撃についてもみっちり叩き込まれた。

 グレモリーとの体術訓練をしている時、どてっ腹に膝蹴りをされ「どべうっ!」とかいう情けない声を出してうずくまっているとサミジナが慌てた様子で現れた。

 すぐに議事堂の会議室に集合して、と言われると大和はグレモリーにお姫様抱っこをして議事堂まで運ばれることになった。道中の悪魔民からの奇異の視線に晒され、恥ずかしい思いをすることになった。何度も降ろせと言ったが全て無視され結局グレモリーに抱えられたまま到着した。


「お前後で覚えてろよ」

「恨まれる筋合いはないぞ。この我が直々につれてきてやったのじゃ。感謝しろ」

「絶対しねぇ。めっちゃ見られたし」


 孤独だったが故に価値観が違いすぎているグレモリーをなんとか許容しようとこの一週間、努力に努力を重ねてきたが、サミジナとマルバスでさえグレモリーの行動に頭を悩ませているのに出会って十数日の大和にそんなことできるはずがなかった。


「すまない、遅れた」

「失礼します!」

「あまり寝れてないんだが勘弁してくれよ」


 マルバス、アミー、ダンタリオンの三人が入室しこれでウォフ・マナフ管轄悪魔が全員揃った。


「やぁグレモリー、調子はどうだい?」

「すこぶるよいぞ。ついさっき豪快な一発を放ってやったわい」

「ああ、程々にね」


 聞かなければよかったと歯切れの悪い会話の終わらせ方をするダンタリオン。話題を広げることができなかったのか、それとも目の下の酷い隈が物語る睡眠不足で頭が回っていないのか。元気がなさそうなのは確かだ。


「それじゃあ、皆揃ったわね。早速だけど緊急会議を始めるわ」


 物々しい雰囲気が室内に漂った矢先、隣同士のグレモリーとダンタリオンが机に直接、三目並べ俗にいうマルバツゲームをしていた。盤面はどうあがいてもダンタリオンが勝つ結果になっていた。

 グレモリーが盤面を睨み付けるとダンタリオンのものであろうバツ印が動き出した。固有魔力を使ってまで勝ちたいようだ。


「ずるはいけないよ。正々堂々と戦わなきゃ」

「そうして回数を重ねた結果お主に一回たりとも勝ったことがないんじゃが」

「戦略だよ。わざと相手に取らせたりするのさ」

「二人とも真面目に聞いてくれる?」


 この緊張感が無さすぎる二人にサミジナが半ば呆れたように言う。マルバスは黙り込み、アミーはどちらを擁護するか迷っている。彼女らの暴走を食い止められるのはサミジナしかいなかった。

 この中でグレモリーと一番馬が合うのはおそらくダンタリオンな気がする。傲慢で自己中心的な者と悪魔界一の頭脳はどちらも孤独な存在だ。だからこそお互いにシンパシーを感じているのだろう。


「勝負はまた今度にしよう。サミジナ、よろしく頼むよ」

「テレテレするでない。早く話せ」


 会議が止まっている元凶が囃し立てる。人間社会では確実に嫌われるタイプだ。

 このままではただ時間が過ぎるだけと判断したサミジナは反論をせずに本題に入る。


「アガレス派が動き出したの。甚大ではないけど四つの街で被害が出てるわ」


 えっ、と声を出したのはアミーだ。他の三人は一切顔色を変えずに前を向いている。普段はおちゃらけているグレモリーも真剣な眼差しをしているかと思えば、八重歯を剥き出して笑っている。


「なんでこんな意味不明なタイミングなんだ? 敵はなにがきっかけで動き出したんだ?」


 大和はサミジナに尋ねてみた。サミジナは顎に手を当てて考える仕草をして答える。


「今はわからないわ。ねぇダンタリオン、最近変わったことはない?」

「定期巡回ではなにも見えなかったよ。こちらから動いた訳でもないからね」

「アガレスの管轄区周辺は見たのか」


 マルバスの指摘に静かになるダンタリオン。いつもの軽快な返しはない。

 仮に敵が見られて不都合な所を魔力で覆い隠してしまえばダンタリオンの固有魔力を持ってしても見ることはできない。それが敵に動きがあっても察知できなかった理由に最もふさわしい。しかし、図星を突かれた彼女は機転を利かせることができず無言になったため、敵本拠地の監視を怠ったと自ら証明してしまった。

 参謀長としてあるまじき姿だ。


「ダ、ダンタリオンさん大丈夫ですよ! 誰でもうっかりしちゃうことはありますよ! だからそんなに落ち込まないでください!」


 アミーの必死のフォローも虚しく、ダンタリオンは机に突っ伏していた。ブツブツとなにかを呟いている。聞き耳を立てるとネガティブな言葉を止めどなく言っていた。


「もう、次はちゃんとしてよね」

「すまない。善処するよ」


 そのままの体勢でダンタリオンは言う。相当な落ち込みようだ。


「して、被害が出てるからなんじゃ。それぞれの悪魔共で対処すればよかろう」

「それがそうもいかないの。隣のアカ・マナフの管轄悪魔を考えてみて」


 この一週間で大和は悪魔界の街の位置、その街の管轄悪魔、そしてどの悪魔が敵なのか味方なのかを教えられていた。

 アカ・マナフの管轄悪魔は四人。そのうち一人がアガレス派であり、残る三人は全員お世辞にも強いとは言い難い固有魔力を持っていた。グレモリーが言うには、アカ・マナフの人口、面積などを加味して戦闘向きの悪魔は一人だけでいいだろうと判断した。実際にその悪魔は戦闘面においては無類の強さを誇っていたため、特に異動することなく居続けたという。

 その結果、唯一の戦闘員が抜けた今、アカ・マナフの防御は手薄になっていた。


「アガレス派は東側に陣取っていることはわかってるわ。現に攻撃されは四ヶ所は全てここから東に位置しているわ。敵が順当に東にある街から襲ってくるとしたら次狙われるとしたら私達の街よ」

「で、我らがこの街も隣も守れというわけか」

「そういうことね」


 グレモリーは「あー」と気だるげな声を出しながら背もたれに寄りかかり、上体を大きく仰け反らせた。

 この悪魔のことだ。きっと面倒だから、なんで自分達がとなにかと理由をつけて逃れるに違いない。でも人数は多い方がいい。その思いは大和だけではなく、他の四人も同じだ。

 彼女はどちらかと言うと好戦的な悪魔だ。やる気がある時とない時の差が激しいのが難点だが、死者が出てもおかしくないこの状況なら動いてくれるはず。


「仕方ない。奴らに好き勝手に暴れられるのも気分が悪い。仮にも同じ同胞はらから。協力してやらんとな」

「他の皆も異論はないわね」


 大和を含めた全員が返事をする。サミジナが心配そうな視線を向けてきたが、無言で頷くする。それを見たサミジナが頷き返した。

 大和の最終目標は自分を殺した相手を探し出して復讐することだ。犯人がアガレス派誰かである可能性も充分あるため今回の戦いに参加することは不利益ではない。それにいざ出くわした時に返り討ちに遭ってしまっては意味がない。前線には行きたくないが、これも生き抜くため。受け入れるしかない。


「それじゃあ作戦を……」

「我と大和がアカ・マナフに出向こう」


 グレモリーの身勝手がここで発動した。メンバーの配員はかなり大事なことだがなんの相談もなしに決められてしまう。大和といる時間が一番長いのはグレモリーだからおかしくはないコンビではあるが。


「お前、大和を守れるのか?」

「なんじゃマルバス。できるに決まっておろう。少なくともお主よりはな」


 一言多いグレモリーに対し、マルバスは鼻で笑って、「ならいい」と素っ気ない反応をした。


「なら決定じゃな」

「ちょっと待てよ。俺の意志は関係なしか」

「不服か?」


 ポン、と肩に手を置かれた。徐々に力が込められて爪が肉に食い込む。なんとしてでも一緒に行動したいらしい。


「わかった。わかったから!」

「ならいいのじゃ。サミジナ、大和の同意は取れた」


 同意ではない。強制連行だ。


「じゃあ私とマルバスでウォフ・マナフを、ダンタリオンはここから私達をサポートして。アミーはダンタリオンの護衛をお願いね」

「わかった。ヘマはしないようにするよ」

「了解です! サミジナさん!」

「では、行動開始。街を守るわよ」


 そう言ってサミジナはマルバスと言葉を交わしながら会議室を出ていった。遅れてアミーもどこかへ行く。


「俺達も行かなきゃいけないよな」

「そうじゃな。敵が街を襲う前に向こうに着いておかねばならん。急ぐぞ」

「気をつけてねー」


 ダンタリオンの脱力感満載な警告を背に受け、先を歩くグレモリーについていく。

 二階に上がる幅の広い階段の陰にある扉に入る。四方をレンガで作られた通路をまっすぐ進む。議事堂には裁判の後も度々訪れてはいたが、今いる場所は初めてだった。

 木製の扉が見えてきた。開けるとそこは議事堂の裏側にある中庭だった。色とりどりの花や木々が生い茂るその中央に全身が白い鱗で覆われた全長十メートルを越えるのドラゴンが眠っていた。


「おい起きろ。仕事じゃぞ」


 グレモリーがドラゴンの目の下辺りを蹴ると、うっすらと目を開け、大きく口を開けてあくびをした。


「グレム、このドラゴンは?」

「移動手段じゃ。名をランケという。死にかけのところを我らが助けて以来、協力してくれておる。ほれ、起きとるか」

「起きてますよ」


 喋ったんだけどこいつ。

 明らかな女性の声でランケは話した。瞼で半分隠れている瞳と目があった。グレモリーやマルバスとはまた違った威圧感で少し萎縮してしまう。


「それで、どちらまで行きますか?」

「アカ・マナフまで頼む。急ぎでじゃ」

「わかりました。そして大和さん」


 人の頭程もある目に見つめられる。

 ランケは巨躯をゆっくりと起き上がらせた。両前脚から横腹にかけてドラゴンらしく飛翼が張っており、鋭い爪が手の届く距離にある。


「グレモリーから話は聞いています。最も脆弱な種族を背に乗せるのは大変不本意で不愉快ですが彼女の頼みです。振り落とされても知りませんからね」


 どうやらランケは人間には容赦ない毒舌竜のようだ。竜の背に乗って空を飛ぶのは神話好きとしては夢のような経験だがグレモリーと同じく冗談が冗談に聞こえない。


「アカ・マナフを救うぞ!」


 二人を乗せた白竜ランケは大空へ飛び立った。

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