第七話・悪魔界生活一日目終了

 倒した。倒すことができた。自分を圧倒していた相手は数メートル先でうつ伏せになったまま動かない。

 死んだのか、とも思ったが微かに背中が上下しているのを見るとまだ生きているようだ。


「やった………」


 一先ず勝利の余韻に浸っていると体から力が抜け、ガクッと膝から崩れ落ちた。フルングニルが剣を動かし体を支えてくれて持ちこたえたが少しでも気を緩めたら地面に顔から激突していただろう。


「おいおい大丈夫か、大和」

「あれ? 俺なんで………」

「魔力の使いすぎだな。加減を見誤るとこうなる」

「そういうことか。ありがとう、フルングニル」

「些細なことで礼を言うな。お前は早く魔法の使い方を覚えた方がいい。例えばあのクソアマとかにな」


 一つの魔力が近づいてくるのを感じた。姿は見えないが確かに気配のようなものがある。フルングニルに魔力を授けてもらったおかげで他人の魔力を察知することができるようだ。

 路地の入り口から誰かがこちらへ歩いてくる。敵かもしれないと思い身構えるが、長髪高身長長コートのシルエットからグレモリーであることがわかった。


「生きておるか、大和」

「生きてるよっ!」


 こっちは死に目にあったのに、この悪魔ときたら緊張感なさげな物言いだ。彼女には恐らく周囲を苛つかせる才能があるのだろう。

 グレモリーは大和、魔剣フルングニル、オセーの順に見て、満面の笑みを浮かべると大和の肩を骨が折れてもおかしくない強さで叩いた。


「よくやったぞ大和! 魔剣フルングニルを覚醒させたのじゃな! 我も鼻が高いぞ!」

「は?」

「やはりお主にそれを渡したのは間違いなかったの。さすが我じゃ」


 自画自賛をしながら大和を褒めるグレモリー。


「おうおう、クソアマ」


 テンションが爆上がりしているグレモリーにフルングニルが横槍を入れる。声色から怒りが窺える。


「フルングニル、久しいのう」

「てめぇよくも俺をあんな埃臭ぇところに入れてくれたな」

「手入れは定期的にしてたから別によいじゃろ。そんなこといちいち気にするでない」

「俺はフルングニルだ! 丁重に扱え!」

「貴様の持ち主は我ではない。今後は大和に頼め」


 元の持ち主だからしっかりしろよと言いたくなるが、グレモリーになにを言っても無駄だろう。一言ったら十返してくるような奴に論破合戦は好ましくない。それでこちらが嫌な気分になるならなにも言わないのが殊勝な判断だ。


「大和、あまりこいつを信用しすぎるなよ。なにをしでかすかわからんからな」

「言われなくてもわかってる」

「信用せんでもよいが、できるだけ我に従った方が生き延びれるぞ」


 従いたいのは山々だが、他の悪魔達からのグレモリーの評判や大和の実体験からグレモリーに関わるとあらぬ飛び火が振りかかるのは想像できる。


「下等、種族が、図に乗るなよ」


 オセーがゆっくりと立ち上がった。

 あれだけの威力の攻撃をもろに食らっておいてどこにそんな力があるのだろう。やはり悪魔故の体の丈夫さがあるのか。なんにせよ放っておくとまた襲いかかって来られかねない。

 大和は剣を構えて臨戦態勢に入るが、グレモリーとフルングニルは呑気だった。


「フルングニル、あやつ生きておるぞ。本気でやったのか」

「当たり前だろうが! 俺はあんなザコ相手にも手は抜かん!」

「ならば何故まだやる気なのじゃ。辻褄が合わんかろう」

「俺のせいじゃねぇ! 大和が弱いんだよ! 武器が上等でも使い手がゴミだったら意味ねぇだろ!」


 なるほど、とグレモリーが頷く。

 当事者が傍にいるところで弱いだのゴミだの酷評されると今後のモチベーションに直結するため気を利かせてほしいところだったが、このデリカシーフリー女悪魔と暴言剣にはそんな願いも通用しない。

 メンタル面を少し削られつつオセーの行動を見ていると、オセーは建物の壁のひび割れた内の一番大きな破片を掴み取り、頭の上まで持ち上げる。おおよそ五倍はあろうかという大きさを持ち上げるとはなんというパワーだ。

 ヤケクソの攻撃なのはわかるがあれの下敷きになれば重症、最悪圧死だ。

 大声を響かせながら投げられた破片は一直線に大和達に向かってくる。

 まずいと思った矢先、破片が一メートル手前で宙に浮いたまま静止した。


「頭でも打ったか。こんな子供騙し我には通じぬわ」


 隣を見るとグレモリーが手をかざしていた。その手を上げると動きにつられて破片が真上に来る。


「大和、教えてやろう。我の固有魔法『支配』。生物無生物関わらずある一定の条件の下、対象を強制的に支配する。実に便利じゃろ」


 ドヤ顔するな。気持ち悪い。

 心の中で呪詛を吐く。

 固有魔法『支配』。グレモリーの説明を聞く限りは、自己中心的なグレモリーにはとてもおあつらえ向きな魔法だ。


「冷静に物事を対処できないから貴様は弱いんじゃよ。我に武器を渡したも同然。そうは思わんか大和」

「いやどうでもいいから早くオセーどうにかしてくれよ」

「なんじゃ、素っ気ないのう」


 そう言うとグレモリーは大和の方を見たまま、破片にかざしている手を投げるような仕草をした。破片は放物線を描き、重力に従ってオセーの上に落下した。


「弱かったな、あの男」

「そうじゃな。気の毒じゃわい。それはそうとフルングニルよ、貴様はいつまで外に出ておるのじゃ」


 名のある巨人の力を宿した強力な武器、巨神器。オセーは『宿した』という柔らかい表現を使っていたが実際は『封じ込めた』というのが正しい表現だろう。そうでなければ渡された時点でフルングニルと話したりできていたはずだ。つまり、フルングニルが今話せているのは一時的でまた物を言わない剣に戻るのだ。


「もうすぐ帰る。おい大和」

「なに?」

「俺はまたただの剣に戻るが、俺の能力が引き継がれないわけじゃねぇ。存分に使ってくれて構わない」

「本当にありがとう、フルングニル。生き抜けたよ」

「礼を言うのが好きなやつだな。いいか? 俺はお前の精神力を認めた上で力を貸したんだ。くれぐれも俺を失望させるなよ」

「わかった。気をつけるよ」

「その言葉が口先だけじゃないことを祈るぜ。じゃあな」


 フルングニルの声がフェードアウトしていって消えた。またいつかフルングニルと話すことができる時までに強くなっておかなければ。大和は小声でもう一度「ありがとう」と呟いた。


 ※ ※ ※


 それから事態はトントン拍子に進んだ。

 まず襲ってきたオセーはあの後やってきたサミジナとマルバスによって連行された。大和の攻撃、そしてグレモリーの放った破片の下敷きになったことが重なり全身複雑骨折意識不明の重体となり、現在はウォフ・マナフ議事堂地下牢に投獄されながら治療を受けているらしい。グレモリー曰く「あの程度で悪魔は死なん」とニヤつきながら言っていた。

 大和はマルバスから今回の件について事情聴取をされ、魔剣フルングニルを覚醒させてオセーを倒したこと、フルングニルの能力を受け継いだことを話した。グレモリーと違いマルバスは巨神器を覚醒させてことについては大きな反応を示していなかった。感情をあまり表に出さないタイプなのだろう。

 事情聴取の際に聞かされたが、やはりオセーはアガレス派の悪魔で、治療が進み会話ができそうであれば尋問を始め、敵派閥の情報を聞き出すそうだ。

 議事堂内で本を読んだりして時間を潰し、ようやく解放され外に出てみるともう日が沈む頃だった。

 この先オセーのような敵、いや、あれでも弱い方だと言っていた。あれより強い敵と戦わなければいけないと考えると気が病んでしまう。だが自分で自分の運命を切り開くと誓った以上、それは甘んじて受け入れるしかない。行く末に殺害犯に出会う可能性があるのを信じて、これからを生き抜いていくしかない。

 重い足取りでグレモリー宅へ帰ると、


「おっ、英雄の帰還じゃな。皆拍手で迎えよ!」


 笑顔のグレモリーとアミー、また面倒事に付き合わされた感を醸し出すサミジナとマルバス。やる気のある拍手とやる気のない拍手。歓迎されてるはずだが全くと言っていい程嬉しさや喜びは湧いてこない。

 気になるのはサミジナとマルバスはいつの間に議事堂を出たのかだ。だが、チープとはいえこの歓迎ムードを壊すわけにはいかず、あえて聞かずに脳内で瞬間移動でもできるのだろうと処理しておいた。

 アミーに手を引っ張られ席に着く。机の上には大量で豪華な食事が並んでいた。


「さぁこの度は、我らの保護対象長谷川大和の巨神器覚醒と敵対派閥戦闘員初勝利を祝して、乾杯!」

「乾杯です!」

「乾杯」

「乾杯」

「か、乾杯」


 保護対象に敵と戦わせていいのかという疑問を投げ掛ける暇もなく、半ば強引に始まった祝勝会は微妙な盛り上がりを見せていた。

 本当に祝いたいのかただ祝勝会とは形だけで豪華な料理を食べたいのかがわからない。大和の見立てでは多分両方だ。

 やってること自体は嬉しいのだが、参加者のテンションに差がありすぎていまいち楽しめない。


「しっかし驚いたのう。まさかあのフルングニルを目覚めさせるとはな。な、マルバス」

「数ある巨神器の中でも一番の頑固者と呼ばれたあいつが認めたんだ。素質はあったってことだ」

「大和さん凄いです!」

「胸を張って、巨神器に認められたことを誇っていいのよ」


 グレモリー達から称賛をもらう。どんな時でもそうだが、自分より実力が上の者から褒められると素直に嬉しい。


「じゃが、オセーを一撃で仕留めることができなかったのは擁護できんな」

「そうなのか?」

「うむ。我が感じた魔力量に対して威力が伴っておらぬ。改善せねばすぐあの世行きじゃ」


 大和に視線が集中する。

 フルングニルも言っていた。大和が弱かったら意味がない。

 巨神器を覚醒させた者には、巨神器に封じられている巨人の身体能力や魔法が使い手に上乗せされる仕組みになっている。元々の使い手が強ければより強くなり、例え使い手が弱くても巨神器が強ければ相手との力の差はある程度カバーできる。

 しかし大和の場合、そもそもの身体能力が低く、魔術の心得もないためフルングニルの力を上乗せしても七十二柱の低順位の悪魔と同じくらいの戦闘力にしかならなかった。


「となれば明日から特訓じゃな。敵が動き出す前に仕上げねばならんな」

「待ってグレモリー。これ以上大和君に戦わせるつもり? 巨神器を覚醒させたからって保護対象を危険に晒すのはよくないわ」


 サミジナはわかってくれている。言えなかったことを代弁してくれる彼女の存在はありがたい。なんとかこの暴走機関車をとめてくれることを願おう。

 そう思ったが、大和はまたしても自分の運命を他人に委ねていた。これではフルングニルに見放されてしまう。それではいけない。


「サミジナ、俺やるよ、特訓」

「大和君、私は………」

「いいじゃないか」


 マルバスがサミジナを遮った。


「覚悟が決まっているってことだろ。俺達も四六時中大和と一緒にいられるわけじゃない。自分の身を守れる力をつけるのは必要なことだ」

「それはそうだと思うけど………」

「だが無闇に突っ走って死んだら意味がない。全員で協力するんだ。わかったなグレモリー」

「わかっておるって。ったく、うるさいのう」

「お前が一番協調性がないんだよ」

「お二人共、け、喧嘩はやめてください」


 少し険悪になった二人を間にアミーが入る。仲がいいのか悪いのかよくわからない。


「ともかくじゃ、大和強化計画を明日から実力する。各自特訓内容を考えておくようにな」

「はぁ、もう、わかったわ」


 反論を諦めたようだ。顔から疲れがにじみ出ている。

 祝勝会は淡々と進み、そろそろお開きにしようとなった。グレモリーから勧められて風呂場で汗と疲れを流して、リビングに戻ると後片付けをサミジナとアミーがしていた。手伝おうとすると、グレモリーに捕まり、二階の自室へ連れ込まれた。昨日の夜と今朝にも同じことがあった気がする。


「今日はお疲れじゃったな」


 グレモリーの手が伸びる。なにをされるのかと警戒しているとグレモリーは大和の頭を撫でた。それは端からは善行をした子供を褒める母親に見えるだろう。恥ずかしくなってグレモリーの手を払う。


「やめろよグレム」

「嫌か?」

「嫌じゃないけど………」

「まぁよいわ」


 グレモリーはベッドに寝転がり少し壁際に寄った。


「ほら寝るぞ。こっちへ来い」


 空けた一人分のスペースをポンポンと叩き、大和を誘う。なんでこの悪魔は添い寝したがるのか。


「床で寝るから大丈夫」


 断った途端、グレモリーに掴まれ無理矢理ベッドに入らされる。少しばかりの抵抗をしたがグレモリーの絶望すら感じる腕力で体を完全に固定されてしまった。


「我の厚意を断るとはどういうことじゃ?」

「俺は床で寝たいんだよ」

「だめじゃ。お主はこれから毎日必ず我の隣で寝てもらう」

「拒否権なしかよ!」

「当たり前じゃろ」


 もう溜め息しか出ない。睡眠時が一日の中で最も一人の時間を謳歌できていた大和にとって、何日、もしかしらた何年とグレモリーと行動を共にするとなると気が遠くなる。断ってもどうせ力ずくで添い寝させられる羽目になるのだから、観念するしかないのかもしれない。

 ふと、背中になにか当たっていることに気づいた。柔らかくて、球状で、それは二つあった。

 まさかと思い、グレモリーに聞いた。


「グレム、鎧は?」

「脱いだぞ、そんなもの」


 いやおかしい。ベッドでこちらを誘っているときのグレモリーは確かにいつものロングコートに鎧を纏っていた。脱ぐ時間などなかったはず。


「脱いでたらお主なおさら来んじゃろ。それでも来てもらうがな」

「いつ? いつ脱いだ?」

「お主が抵抗している間に我の固有魔法で手を触れずに外して小さくした」


 なんでこいつの固有魔法はこんなに汎用性の塊なんだ。もはやなんでもありじゃないか。


「我が自室でどんな格好をしていようが我の自由じゃろ。文句を言うな」


 語尾に怒りが混ざっている。続ければ自分の身が危ないと思い、なにも言わないことにした。

 とはいえ、やられっぱなしは癪に障るのでいつか力をつけたらグレモリーをしばくとしよう、何年先になるかはわからないが。

 グレモリーの寝息が聞こえてきた。それにつられて大和の眠気がピークに達し、やがて深い闇に沈んでいった。

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