主人公が侵略者を退治に行くまでのはなし

第5話 主人公の日々

女の子の名前で最後に「子」が付いている場合がある。これは「子どもの子」という訳ではなく「一と了が合わさった字」らしく「初めから最後まで」という意味があるらしい。たとえば「優子」ならば「優しい人であってほしい。」という強い思いが込められているに違いない。まあ、これは聞いた話だし、誰から聞いたかすら忘れたから本当かどうかは怪しいが、嘘でも本当でも何か強い思いが両親から込められて名付けられている。それがハッキリわかるというのはしあわせなことなんだなあとぼんやり考えていた。自分はどうだろう。一回聞いてみたけれどうまくごまかされた。両親は真面目だしふざけたり洒落を言ったりしているところをあまり見たことがないから、恐らく自分の名前にもきっと深い意味が込められているのだろう。でも、どうしても自分にはわからない。

 両親は若い夫婦で僕を産んだ。というのは見てわかる。たぶん二十代の前半だろう。両親はあまり過去の話をしない。しかし、僕の生まれ時は今の侵略者に支配されてから十年ほどたったころらしいから今より更に混乱した時代だっただろう。おそらく両親が生まれてまだ間もない頃に異星人からの侵略が始まったにちがいないが、時々侵略前の地球の話をした。人口は十億人を超え娯楽や文化が栄えていたらしい。大きな画面で演劇を映し、大勢で鑑賞したり、球を使って得点を競うゲームは特に人々を熱中させ感動させたらしい。父親はとくに映画というものに傾倒しジュードロウという俳優が一番好きらしかった。むかしは好きなのに名前が思い出せなかったけど若返ってよかったと父親らしからぬ冗談をよく言っていた。両親の年齢からするとその時代は全く生まれていないにも拘らず、まるで見てきたように話すのは僕にはわからなかった。今なら両親に単刀直入に年齢の事やなぜ昔の事に詳しいのか聞けるのだが、物理的に聞けない。なぜなら両親は昨年暴漢に襲われてなくなってしまったからだ。侵略され隔離された直後は、自暴自棄になる人が多く略奪や暴力が頻発したが、そのような人は問答無用に侵略者によって強制的に排除され数年たつうちに人類は落ち着きを取り戻した。むしろ、今の状況を素直に受け入れどうせならこの状況でもよりよく生きていきたいと適応し始めた。さすがと言うべきか、やはり人類は環境変化にうまく対応して進化していく生き物なのである。こうしてしばらくは落ち着いていたのだが、振り子の針が戻るように、最近は少しずつ空気が荒れ始めているような気がする。両親は農業をいそしんでいる時、襲われた。短い人生だったが両親は五十年も寄り添っているかのような仲のよさであったし二人は口々にいつ死んでもいいくらい人生が充実していると言っていた。どちらかを残してという訳ではなく二人同時に亡くなったので僕はそれはそれで幸せな最期だったのではないかと思い始めている。もちろん両親を殺した犯人は許せないし一生恨み続けると思うが最近はこのような考え方ができるようになってきた。でなきゃこれから生きていけない。誰かを恨み続ける人生なんてまったく無駄なものだ。




 「高校生」という年代らしい。よく青春時代なんて言われて、集団で勉強をしたという。同じ年代の人たちが同じ洋服に身をまとい毎日同じ場所に通うなんてとても新鮮に思う。きっと、そこには独自のルールなんかあったりして独特な世界が広がっているに違いない。きっと個性が違う者同士が集まり、それを認め合い過干渉せず、でも支えあっていくような素晴らしい制度だったんだろう。異星人からの侵略が始まってからの人類の団結を見たり聞いたりするとそんな妄想が簡単にできた。そこで僕はふと気が付いた。このままここで暮らしていくのは簡単だ。一人で食べる分には困らないし、この地域はもともと人気がないので特別寂しいとも思ったことはない。現に両親がこの世を去ってから寂しい時期はあったが徐々にこの生活に慣れてしまっている自分もいた。しかし、しかしだ。急に友達と呼べる存在をなくして死んでいくのは嫌だと思った。もちろん両親のように恋人や夫婦など愛する人を持てたのならこの上ないのだが、せめて友達と呼べる、無条件で信頼できる仲間というのが欲しくなったのだ。もしも両親が生きていたら今もずっとここで暮らしていたし自分からこのような衝動に駆られるにはもう少し時間がかかったかもしれない。幸いにこの家には僕の帰りを待っている人がいない。しばらくこの家を空けて街に出てみようか。そんなことを考えるといてもたってもいられなくなりすぐに荷造りを始めた。


しばらく山道を抜けると街がある。街というか人家が集まったり商業が出来る建物がちらほらある程度だ。そこで僕はカバンの中からカメラを取り出す。街の風景をカメラに収めるためだ。家を出る時になんとなく押し入れを整理していたらフィルムカメラというものが出てきた。すごく古かったしファインダーを覗いてみるとゴミが中に入っているようだった。でも、フィルムをまいてシャッターを押すことが出来たし、未使用なのか分からないがケースに入ってるフィルムがあったので、それを入れて家を出た。記録に残すとかそんなたいそうなことではなく、ちょっとした思い出を振り返るのに便利な道具という感覚で持っていた。

ドキドキしながら初めて写真を撮り、街の様子を詳しく観察する。小さい頃にわずかだが街に出たことがあったがこれほど多くの人を一度に見たのは初めてである。まるで僕のことなんか見えていないかのように行き交う人たちは歩いたり話したりしている。これが街の暮らしなんだと目を輝かせてカメラを向けているとある女の子に話しかけられた。年齢は同じくらいか少し年上だ。僕は初めて同世代の異性と話す。なんとも言えない緊張感がこめかみから垂れてきた。

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